閑話1

41 名もないモブの独り言1

 俺は、名もないモブだ。

 俺はとても運が悪くて運がいい。

 

 俺の運の悪いところは、寮の隣が中隊長補佐とその弟に決まったところから加速した気がする。

 

 ヴェイン補佐官はとてもいい人だ。

 人間として、男として見習いたいくらいだ。

 だが、その弟はヤバい。

 

 弟は、今年騎士団に入団したばかりだが、流石は槍の名門と言われるラズロ家の三男だ。

 

 すぐさま頭角を表して行き、中隊長も一目置くまでにそう時間は掛からなかった。

 

 顔良し、性格よし、礼儀正しく、先輩騎士も立てる本当に申し分ない、いい新人だった。

 だがしかし、彼にも致命的と言えるだめな部分があった。

 

 それは、ブラコンという不治の病を患っているというところだ。

 多少のブラコンなら問題なかった。

 だが、アレは駄目だ。

 

 運の悪い俺は偶然見てしまったのだ。

 

 

 あれは、とても天気のいい昼下がりのことだった。

 昼食を終えた俺は、ちょっとのつもりで昼寝を始めた。

 

 おそらく昼寝を初めて5分もしていないだろう、そんなタイミングだった。

 俺が横になっていた木陰は、普段使われていない会議室のすぐ下だった。

 

 その普段使われていない会議室から、苦しそうな声が聞こえてきたのだ。

 最初は微かなものだったが、段々と大きくなっていき俺の眠りを妨げたのだ。

 

 半分眠りながら、聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

「……、もう、……してく……。うぐっ!!くっ、はぁっ!はぁはぁ……。もう、む……」


「これくらいでもう根を上げるんですか?はぁ、貴方ならもっと出来るでしょう?さぁ、頑張ってください」


「くっ!!はぁはぁ……、あっ、くっ!!む、無理だ!!これ以上は無理だ!!こんなに沢山……、ぐぁ、ああ!!」


「ツベコベ言わないでください。頑張れは早く終わりますからね?ほら、早く解放されたいでしょう?なら、頑張ってください」


「そっ、そんなぁ……。これ以上されたら俺は……、俺は!!」


 何をしているのか分からなかったが、中隊長のこんな苦しそうな声を聞くのは初めてで俺は駄目だとは思いつつも興味が出てしまった。

 それに、あの中隊長をここまで弱わらせるのが誰なのかも気になった俺はついつい、気配を殺して会議室の中をそっと覗いていた。

 

 俺の目に飛び込んできたのは、会議室の机に突っ伏しながら震える中隊長の背中と、高く積まれた紙の山だった。

 そして、そんな中隊長を恐ろしく冷たい目で見下ろす美しい男の顔が。

 

 息を殺して会議室の中を見ていると、美しい男が綺麗な笑顔で言った。

 ただし、まったくその目は笑っていなかったため、恐ろしさしか感じなかった。

 

「ほら、これは中隊長の仕事ですよ?兄様にこれ以上押し付けて、兄様の大切な時間を削るのは許せません。兄様はとても優しいので、駄目な上司と分かっていても、駄目な上司の仕事を引き受けてしまうのです。駄目な上司は、そんな兄様の優しさにつけ込む最低最悪な害虫ですね。でも、この仕事をきちんとこなせば、社会的な駆除は見逃してあげます。さぁ、頑張って、無害な虫を目指しましょう?」


 そう言って、蔑むように中隊長をみるヤツの目は、本当にゴミ虫を見るようだった。

 そして、俺は気がついてしまった。

 最近、中隊長のタダでさえ後退し気味の前髪が更に後退していたことの原因にだ。

 

 ヤツは、過度なストレスを中隊長のタダでさえ弱っている毛根に与えて死滅させようとしているように俺には見えた。

 いや、きっと気のせいだな。

 気のせいだとそう信じたい。


 俺は、運がいいことにそんな恐ろしい光景を目にしたが、その場を無事にヤツに気が付かれずに逃げ延びることが出来たのだ。



 俺は、世界はなんて残酷なのかと心から思ったよ。

 無情なことに中隊長は、その数日後スキンヘッドになっていた。

 

 中隊長は、涙目で言っていた。

 

「イメチェンだ、イメチェン!!」


 そんなヤツが、ヴェイン補佐官の方向音痴に巻き込まれて行方になって数週間。

 俺はとても平和に過ごしていた。

 だが、ヤツは幸か不幸か、舞い戻ってきた。

 

 

 その日俺は非番だったので、自室で惰眠を貪っていた。

 夢うつつでいると、数週間ぶりに隣室に人の気配がした。

 俺は、その瞬間全力で気配を消してじっとしていた。

 

 少しすると、人の気配は無くなっていた。

 

 俺は、嫌な汗をかきながら思ったよ。

 

「とうとう……、帰ってきたのか……」


 そうしていると、人の気配は再び戻ってきた。

 

 俺は再び気配を消していると、隣室から鈴を転がしたような可愛らしい少女の声が聞こえてきた。

 しかし、その声は悲痛な叫びをはらんでいたのだ。

 

 

 

「いっ、いやーーーー!!ヴェ、ヴェインさんのエッチ!!変態!!バカバカ!!バカーーーーーーー!!!」



 何事かと俺は思ったよ。

 そして、壁に耳をピッタリと付けてついつい聞き耳を立てていた。

 

 先程の女の子の泣き声と、ヤツの声が聞こえてきた。

 小さな声だったため、聞き取るのがとても困難だったが、なんとか気になる内容を聞くことが出来た。

 

 

「―――、―――、ひくっ、ひっく」


「でも、もう限界なんじゃないですか?」


「―――、―――、絶対に無理!!」


「それじゃ、お漏らししますか?」



 おっ、お漏らしだと!!

 ヤツは一体ナニをしているんだ!!

 いや、それよりもヴェイン補佐官はどうしたんだ!!

 まさか、兄弟でいたいけな少女に変態プレイを強要しているとでも言うのか?!

 

 ちょっとだけ興奮してしまった俺は、油断していた。

 興奮して、一瞬だけ気配を消しきれなかったのだ。

 そのほんの一瞬だが、ヤツは俺に殺気を放ってきやがった。

 

 隣室の様子が気になったが、俺は一気に壁から距離をとって警戒態勢を取った。

 ヤツの気配が遠ざかるまで、全てを無にしてやり過ごす。

 目を閉じ、耳を閉じ、心閉じて。無になる。

 

 どのくらいそうしていたのだろうか、廊下からの声に我に返った。

 

「「「「イエッサー!!!!!」」」」

 

 俺が無になっている間に、ナニがあったのか気になるが、きっとこの話を掘り返せば俺の命と毛根がヤバいな。

 しかし、運が悪い俺は事の顛末を以外な経緯で知ってしまったのだ。

 

 

 その日、遅い昼飯を食べてから、寮の敷地内を腹ごなしに歩いていたときだった。

 

 ヴェイン補佐官が、何かを持って処理所に向かっているのが目に入った。

 本当に、本当にそれは気まぐれだった。

 

 なんとなく、ヴェイン補佐官の後を付いていったのだ。

 すると、ヴェイン補佐官は、手に持ったものの中を見て言ったのだ。

 

 

「この透き通るような透明度……。本当に、これは聖水かも知れない……。美少女のおしっこは聖水だとでも言うのか!?」 



 その場には、俺以外にも数人の騎士がいた。

 全員が顔を見合わせていたのは言うまでもない。

 そして、俺は理解したのだ。

 

 あの兄弟は、聖水プレイのプロだと……。

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