骨
ちょっと飲みすぎたかなと言う翌朝に気が付くと私は死んでいたので、冷蔵庫からビールを出してきて飲むことしか頭にない自分のことがおかしくなった。肉体を喜ばせることはもうできないのだ。悲しくなって涙が出ていたが、すっきりした気分だった。そうだ、もうあのようなことをしなくてもいいのだ。私にとって苦痛であった性の疼きからも永遠に解放され、便秘症の苦しみもこれで終わったのだ。肉体は快楽を得る手段かもしれないが、あまりにも多くを要求しすぎるじゃないか。私はこれを脱ぎ捨てることを考え、頭を掴んで両腕でえいと、大根でも引き抜くような具合にしたら、するすると肉が取れて、鏡の前に映った時には、見事に骨だけになっていたのだった。骨になれば誰もがかわいらしい。あの憎たらしい町内会長だって骨になれば愛嬌があるだろう。私は小躍りでストリートに繰り出すと、わざとらしく重たいラジカセを抱えてライミングの練習をしていた若い男性がおっ、と声を上げた。ひょっとしてあなたも死人か、と私が言うと、いや、自分、別に死人じゃないっす、と男は妙に恐縮して言う。私は骨のままラジカセの音楽に合わせて踊る。低音のビートが聴いていたから骨に響いた。骨が喜ぶ音楽だね、と私が笑いながら言うと、いや、自分、別にそんなもんじゃないっす、と男は言って、男もこの世の身体をするすると脱ぎ捨てた。なんだ、あなたは神だったのか。神と一緒に私は踊り狂った。骨の姿になると身軽で、自分でもできなかったような動きができるし、電信柱の手すりとか、道路標識の角とかに骨をひっかけて、全身宙を舞うこともできる。骨は空中でバラバラになって降ってくるのだ。切ないようなくすぐったいような感覚が骨に走って、私は神様に歓声を上げる。遊び疲れたので家に帰ると、私の妻が鏡を見て嘆いている。肩に手をかけ、私は骨になったよ、あなたもどうだ、と声をかけてやる。「だめ、骨は美しすぎる」と妻は言った。すると目の前で妻は窶れてミイラになって、カーペットのように床に広がった。「なんだなんだ」と私は妻の抜け殻を抱き寄せながら泣く。「人生ってのは楽しむもんだ、嘆くもんじゃないよ」
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