閑話5(???視点)
何かの気配を感じて目を開くと、見なれない天井が映った。体を起こすと目の前には見たことのないドレスを着た女が1人、体をほのかに光らせながら立っていた。
まるでこの世の者とは思えぬ女にしばらくの間見惚れていた。
「お前は何者だ?」
誰かの声が聞こえた。低めの重みのある男の声だ。この部屋には女と俺の気配しかないのに・・・。
「ここがどこか知ったうえでの所業か?」
また声が聞こえた。男の声に僅かに殺気がこもる。
まさかこれは俺が話しているのか?
不可思議な現象に戸惑う。
「そう殺気立つでない。人の王よ。妾はそなたにお願いをしに来たのじゃ。」
「お願いだと?」
「そう。お願いじゃ。」
女は殺気立つ男にひょうひょうと言い放った。
「マルティアノは知っておるか?」
「まぁ、隣国だからな。」
「そなたにはマルティアノを滅ぼしてもらう。」
「・・・・・・・・・・は?」
女の願いは男にとって突拍子もないことだったようだ。それは俺も同じだ。女はこの男にマルティアノという国を滅ぼしてほしいらしい。だが、1国を亡ぼすことは一朝一夕にできる事ではない。それをこの女はしろという。とても簡単そうに。
「なぜ俺がその願いを叶えなくてはならない。」
「簡単じゃ。かの国を亡ぼすのに十分な力がここにあるからじゃ。」
「なぜ隣国をそんなに滅ぼしたがる。」
男は問うた。男には女が異常にマルティアノ王国を滅ぼしたがっているように見えた。
「なに、簡単なことよ。あ奴らは妾の大切なものを苦しめ、傷つけ、あまつさえ殺そうとした。妾は妾の大切なものに手を出されてとても腹が立っておる。それゆえ滅ぼすのじゃ。」
そのことを思い出したのか、女の体から息苦しいくらいの圧が放たれる。
「お前がマルティアノ王国を滅ぼしたい理由は分かった。だが戦をするには金も時間も人間もいる。1人の女のために起こせるものではない。」
男はきっぱりと女の申し出を断った。そもそも男は女の願いをかなえる気はさらさらないようだ。そんな男に女は楽しそうに笑みを浮かべた。
「そなたがそういう人間だからこその願ったのじゃ。なに、お主たちをただ戦場に追いやる気はこちらとてない。妾が少し手を貸してやろう。そして妾の願いをかなえた暁には、そなたの願いを妾の力が及ぶ限り何でも叶えてやろう。」
「願いだと?」
「そうじゃ。妾はこの世界の者ではない故制限があるが、できる限りの願いはかなえよう。」
「ふん。例えお前がどんなことを言っても戦争は起きないぞ。」
「戦はおこる。確実にな。いや、やらざるを得ないが正しいかのう。それでは人の王よ、よろしく頼むぞ。」
「おい、ちょっと待て! それはどういう意味だ。」
「いずれわかる。あ、言い忘れておったが、かの国の主だった者たちは妾の大切なものを傷つけた故すぐに殺してはならぬぞ。必ず死ぬほうがましと思わせるほどの苦痛を与えるのじゃぞ。それでは、すべてが終わった時にまた会おう。」
それだけ言うと、女はわけありげに微笑み宙に浮かび、光に包まれながら消えた。
女が去った後、部屋に沢山の人が押し掛けてきた。みんな口々に、
「枕元に女神さまが。」
「これは信託だ。」
「陛下、今こそマルティアノをたたくべきです!」
などと言っていた。
景色が変わった。今度は見知らに城の中を剣を持って走っていた。敵と思わしき者たちはなぜか戦おうとしない。よく見ると、剣を握れず魔法も使えないようだった。これがあの女の言っていた手を貸すことだろうか。そんなことを考えながらもどんどん景色は流れていく。
また景色が変わった。今度は少し時間が過ぎたような光景だった。広い部屋の1番高い椅子に座り、取り押さえられ床に沈められている者たちを見ていた。
「お前たちは奴隷に身分を落とし、こちらが指定した場所で働いてもらう。」
また男の声が聞こえた。多分この体の持ち主の声だろう。さっき聞いた時とは違い、感情のこもっていないような淡々とした話し方だ。
男の言葉を聞いた捕らわれている人たちは、悲鳴を上げたり暴れるのを強引に抑えられながら騎士たちに連れられて行った。
「無事妾の願いをかなえてくれたようじゃな。礼に、約束通り願いをかなえよう。」
男しかいない大広間に以前の女が光とともに現れた。
しばらくの沈黙の後、
「お前の言う大切なものとは何だ?」
と男は聞いた。
「なんじゃ。それを知ることが願いか?」
「いや。不本意だったが、俺はお前のその〝切なもの″を傷つけられたからこの国を滅ぼしてほしいという願いをかなえてやった。」
自分は無関係ではないのだから教えろ。男はそう言いたいらしい。
男の言葉に女は少し考えるそぶりを見せたが、
「よいだろう。妾の言う大切なものとは妾の愛し子のことじゃ。漆黒の髪と瞳を持つとても愛らしい娘じゃ。本来ならば妾の納める世界に来るはずじゃったが、手違いが起きてこの世界に来てしまったのじゃ。」
女は遠くを見ながら言った。
「それで? 教えてやったぞ。さっさと願いを言わぬか。」
女はじれたように言った。
「まぁ待て。願いと言っても俺は大抵のことは自分で叶えるからなぁ。」
男は本当に女に願うことがないようにつぶやいた。
「ならば浮かんだ時に聞こう。妾をの姿を思い浮かべば、現れよう。」
そう言って女は現れた時と同じように、光に包まれて消えた。
また景色が変わった。もうこの現象にも慣れてきた。今度は最初と同じ寝室にいた。周りには悲壮な顔をした人たちが、時々部屋に出たり入ったりしている。
「ようやく願いが決まったか、人の王よ。」
目の前に女が現れた。
「ああ。決まった。」
男の声がした。だが、その声は以前よりは弱弱しかった。
「前お前が話していたお前の大切なものに会ってみたい。」
「それが願いか?」
女は男の言葉がよほど意外だったのか、驚いた顔をした。
「ああ、そうだ。以外か?」
「そうじゃな。人間というものはある意味おのれの欲におぼれやすい傾向にあるからのう。とうに大きな力を持って居るものはそうじゃ。妾はてっきりお主は不老不死とか世界征服とかそういうものを望むと思っておったよ。」
女は愉快そうに笑う。
「ふん。俺はそんなことに興味はない。俺はお前がそこまで気に掛ける奴のことのほうに興味がある。」
「くくっ。そうか。よかろうそなたの願い、叶えよう。見たところお主はあれの――――のようだからのう。きっとあれの心を救ってくれるはずじゃ。―――――帝国の王――――よ。我が愛し子―――をよろしく頼む。」
段々視界が悪くなり女の声も途中途中途切れてうまく聴き取れなくなってきた。最後には目の前が真っ白になり、何も見えなくなってしまった。
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