第35話 いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ

 僕は多々里憩16歳、都内の飼添高校に通う男子高校生です。


 彼女が優秀過ぎて、最近めっきり活躍の場が無くなって困って──いえ、これは喜ぶべき事なのでしょう。僕が活躍するという事は、それ即ち超常現象と相対する意味合いを持ちますので。


 しかしながら現状、喜ぶ事など出来る訳が無い。事は連続殺人事件にまで発展しているのだから。早急な対応が求められている今、僕がこうして燻っているのは問題であり力不足が原因だ。異変を解決すると息巻いていながらのこのザマ、きっと師匠が見たら嘆き、嘲笑うだろう。




 ビル群は、今日も高く聳え立っている。街は、相変わらず機能を続けている。


 この殺伐とした世間であっても、連続殺人など受け入れ難い筈なのに。話のネタくらいにしかなっていないのだろう。所詮その程度の事。僕が幾ら苦悩していようとも関係無く街は流れて行く。


 その光景はまさに──住んでいる世界が違うのだと、思い知らされた。


 長期休暇中の、目が眩む人混み。そこは陽炎が揺らぐ隙間さえ無いように見えた。日に当てられたアスファルトは、埋め尽くされた雑踏でどれほどの熱を保てるのだろう。行き交う人々は、そんなに笑顔を浮かべて何処へ向かうのだろう。


 僕? 僕は今から、


「絶縁宣言された元カノに会いに行きます」

「唐突にどうしたのかしら。この馬鹿は」

「というか行くなら君一人の方が良いんじゃないかな。僕が行ったらまたややこしいことに」

「文句を垂れている暇も、貴方の個人的な感情を優先している状況でも無いわ」

「あ、はい……そうですね」


 時刻は12時手前。


 千頭流は『絶対そこにいる』と、最早予知能力のように語り出したので、僕達は現在──例のラウワン──の近くのファーストフード店を目指していた。補足すると例のラウワンとは、詠子がUFOキャッチャーで暴れていた場所である。


 あの時ですら半信半疑で実際見つけた瞬間は──まあ、色々と驚愕したものだけど。


「そもそもどうして居場所が分かるんだい?」

「簡単よ」


 そう言って歩きながら、彼女は僕にスマホを見せる。


 画面に表示されたのはツイッターの『“UFOキャッチャーを全身全霊で楽しむJK“がモスに居て草』という投稿だった。どうやら千頭流はすっかりSNSにハマっているらしい、とか思わなくも無かったが、それ以上の事に僕は頬が引き攣っている。


「え、これ詠子ちゃんの事?」

「あの日の彼女の行動が撮影されてたみたいで、ネットでちょっとしたお祭りになっているの。有名人は大変ね、居場所が簡単に分かっちゃうんだから」

「僕としては複雑過ぎる……」

「良い面と悪い面、その二面性がこうも如実に現れるのだから、インターネットとは興味深い場所だわ」

「良い面はどこですか?」

「居場所が知れるのよ? 便利でしょ」

「これは悪用だと思うけどね」


 毒にもなるが薬にもなる。そんな情報化社会についての熱い議論を交わしながら、僕達は目的地へと向かった。


 詠子は『もう二度と会いに来ないで』と言っていた。その彼女に対し、僕自身なんら具体的な対応が思い付いていないのだけど、千頭流には何か対策があるのだろう。どうやって説得するつもりか聞いても答えては貰えず、脳裏に一抹の不安を過らせているけど、彼女が何の考えも無しにここまで来るとは考え辛い。


 昨今目覚しい活躍をしている──というか僕が何も出来ていないだけなのだが、とにかく、もう千頭流さえいればなんとかなるんじゃないかなくらいには思っている自分が居た。


 そんな特殊な緊張感と虚無感に苛まれていると、いよいよ目的地が見えて来る。


 ビル群の隙間に聳え立つトレードマーク、ボウリングのピン。商社系のそれと一線を画す風貌は、やはり少し浮いていた。貼り付けられた広告と、それぞれの階層の遊戯を示すカラーリングは、街に彩りをもたらしている。


 そんなラウワンの2軒隣に位置するモスバ──もとい『モス』という名前の4階建てファーストフード店。この辺りは娯楽施設が多く、ここからでも野外に設置されたスペースは埋まっていて、その盛況ぶりが窺えた。


 店内もかなりの混雑が予想される場所。騒がしい場所が嫌いでグルメな詠子が本当に居るのか、疑わしい。


「……でも、居るんだろうなあ」

「はいはい。さっさと行きましょうね」


 彼女はぶつくさとボヤく僕を置いて先に行ってしまう。慌てて追い掛けて、全く気が進まないまま入店し、体温を急激に冷やす室温に身を震わせながら周囲を捜索した。想像はしていたが、思ったよりも人が多い。人口密度の限界を感じると共に、相応に並んでいるレジを見て店員の苦労に頭が下がる思いであった。


「さて、どこにいるかな」

「何を言ってるの? あそこよあそこ」

「え、どこ」


 そうして、千頭流が真っ直ぐ指差したのは注文客の──その先、つまりレジだ。というかレジ打ちをしている女の子。


 ニコニコと営業スマイルを浮かべるその顔は、完璧に完全に見覚えがあった。


 くりくりと可愛い大きな瞳も、少し低めの鼻も、キュートな八重歯も──僕が良く知る人物のものだったけど、


「いや、居るって、そういう事……」

「そうね。じゃあ並びましょうか」


 僕が未だ全然切り替えられていないのに、千頭流はそう言ってさっさと最後尾に並んでしまう。


 理解が追い付かない。そりゃ高校生だしバイトくらいするだろうけど、これはない。ハンバーガーを頬張っている姿を見て驚く準備をしていたのに、まさかの注文受ける側とは。いやこれはない。


 どれくらいないかと言うと、もう正直言葉では言い表せない程の衝撃を感じている。


「さて、何を食べようかしら」


 そう隣で頭を捻る彼女の脳天気さを少し分けて貰いたい。今の今までありとあらゆる超常な現象を目撃した僕だけど、ただいま目にしている光景はそこら辺の怪物よりもよっぽど恐ろしい。


 いやしかし、よくよく考えてみるとこれは普通の事なのかもしれない。これは想像だが、詠子はそれなりに遊び歩いている様子だった。また彼女の家は特別裕福という訳でもない一般的な家庭。小遣いにも限界があるだろう。そうなればアルバイトをするのは自明の理、特別驚愕する事でも首を傾げる必要も無いように思える。


「ほら、次私達の番よ」

「いややっぱりまだちょっと心の準備が──」


 現実から目を背けていると、前の客が端にズレて、僕は千頭流に腕を引かれるままレジ前へ。詠子は現在ドリンクを製作中でまだこちらに気が付いていない様子。今なら逃げられる……


 と、そう思ったが時すでに遅く、


「いらっしゃいま──」


 駄目だった。目が合った。


「こ、こんにちはー……」


 振り返った詠子の笑顔が凍り付き、僕もまた表情を痙攣らせて、


「チーズバーガーセット1つ」


 千頭流は注文をした。

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