第34話 間接的な接触によって生じる負荷

 時刻は朝10時。夏休みらしく茹だる室内で無気力にだらける僕達は、如何にも高校生らしい夏休みを過ごしていた。


 と言っても、満喫している訳では無い。



『──都内のマンションで男性の遺体が発見されました。死因は全身に鋭利な刃物が突き刺さった事による失血死とみられ、警察は、先日発生した同様の手口による殺人との関係性を現在捜査中であると発表しました』


 キッチンの近く、テーブルの上、横向きに置かれた彼女のスマートフォンから報道が流れている。


 僕はソファーに深く腰掛けて天井を見つめて、呆然と耳を傾け、千頭流は少し離れた椅子に体育座りをしていた。少し距離の離れた僕達はお互いに言葉を交わす事なく、ただ流れる音声に身を委ねる。


『被害者の3人には男性であるという共通点以外は未だに見つかっておらず──」


 それはそうだろう、現段階で誰が『マッチングアプリのマキちゃん』との関連を疑えるだろうか。いや──厳密に言えば僕達はその可能性を知っている。だけど、それがどうしたと、そういうこと。


 これで3件目。確実に『マキちゃん』の仕業であると確信は無いけど、恐らくそうなのだろう。


『連続殺人とも見られている本事件、本日は専門家の方を招いて解説して頂きます。よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』


 専門家とは一体何の専門家だ。盤外から語らう事に何の意味がある。そこに何もありはしない。視聴者の興味を惹く為の雑談に──真相の究明ではなく、好奇心を満たす為だけのトークに何の意味も無い──とも思ったけど、報道陣の懸命な取材がこうして僕達に情報をもたらしているのだから、一概に無意味だとは結論付けられない。ありがとうメディアさん。


『警察は同様の手口と睨んでいますが、やはり本件は連続殺人という事になるのでしょうか』

『はい。その可能性が高いと思われます、というのも──』


 昔からこうした『不特定多数が標的』の現象は苦手だった。被害者と面識が無い、情報が無い、現場を見られない、遺体を見られない──本当にこの事件が超常現象によるものかさえ確信が持てない。国家権力が捜査をしている以上、専門分野とはいえ素人の僕には何も出来ない。情報を与えようとも信頼される訳が無く、下手をすれば取り調べと称して延々拘束される時間の無駄。


 こうして手をこまねているしかない現状は、何とも歯痒い。


 僕達のような一介の高校生が出来る事は少ない。あれからツイッターの情報を元に該当者を捜索してみたものの、最初の一件は運が良かっただけらしく、有力な手掛かりも、投稿した人物の発見も出来てはいなかった。


 経験があっても知識があっても──未だ現象の姿形、その概要ですら僕達には何も見えていない。


「……はぁ」


 ポケットから一枚の名刺を取り出して、溜息を吐き出す。


 僕では、僕達だけでは不可能。子供だけでは土台無理な話。大人の力、権力が必要なのは明白なのに気が進まない。どうせ信じてもらえないのだから。


 事実、切羽詰まった僕は一度連絡を取っている。とりあえずの予防策として『マキちゃん』と被害者の関係を伝えたのだ。


 すると、


『は? 何それ。それで俺にどうしろって?』


 ごもっともな意見と共に、具体的に何も出来ない根拠を並べられた。『それじゃあ公権力は動かせない』とか『これから被害者になる可能性があるので保護しますって説明すれば良いの? 誰が信じるのそれ?』とか『都市伝説と現実をごちゃ混ぜにするなよクソガキ』とか『大体最近のガキはゲームとかやり過ぎで頭おかしくなってんだよなー、もっと夏休みはカブトムシを山に取り行ったり海に行ったり──』とか、


 既に事件など関係無い部分で有難い講釈を垂れ流されて、僕は通話を続けたままトイレに行った。帰ったら通話が切れてた。


 と、言う訳で僕達だけではどうにもならなさそうなのに、肝心の大人は全く頼りにならないという現状である。


「以前の貴方は、こういう時どうしていたの?」


 千頭流はスマホの音声を切ると、唐突に口を開いた。


「……何も。というのも、面倒な調査なんかは全部『師匠』がやっていたからね。僕はあくまで現場でのサポートだった」

「師匠、というのは一体誰かしら?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわ」


 自分語りをしまくっていたせいか、最早身の上話をどこからどこまで伝えたのか把握し切れていない。


「僕に怪物退治の基本を叩き込んだ人だよ。父さんの妹、つまり僕の叔母さん」

「なるほどそれで家業と──それで、その師匠は今どこに?」

「さあ、この世界のどっかにいるんじゃないかな」

「連絡は──取れないのよね。今こうして無駄な時間を過ごしているのだから。では、そのお師匠さんはこういう時どうしていたのかしら?」

「賄賂、身分偽造、不法侵入、恐喝、暴行。コネがある時はその限りでは無かったけど、とにかく何でもやっていた」


 僕は思い返してちょっぴりブルーな気持ちになる。言ってないだけで、他にも色々と無茶としていたし──させられた記憶が呼び起こされて、胃がキリキリと痛んだ。


「とんでもない人ね」

「全く同感です」

「では私達もやりましょう」

「うんうん……え?」


 僕が首を傾げると、彼女もまた同じように首を傾げた。


「私達に出来る事は何でもやりましょう、という事だけど何か?」

「ああ……そういう」


 遂に気が触れたかと引き攣ったけど、どうやら思い過ごしだったらしい。


「ではまず、もう一度その刑事に連絡を取りなさい」


 彼女は僕が手にしている名刺を指差して言った。


「えー」


 と露骨に嫌そうな顔を向けたけど、正直言うと彼女が──今更そんな提案をして来たのが何故か疑問だった。普段の千頭流なら真っ先に思い付いて実行しても良さそうだけど。 


「何その露骨に嫌そうな顔。貴方も分かっているでしょう? 私達だけじゃどうにもならないって」

「いやそれはそうだけどさ。どーせ信用されないって」

「私が信用させてみせる」


 やたらと自信満々に答える彼女の、その自信はどこから来ているのだろう。いや違う──恐らく、彼女の中で現状に対する答えが出たのだろう。でなければ、こんな答弁は意味が無い。


「……どうするつもりなの?」

「その刑事が手帳ではなく名刺を渡したのは──少なくとも話を聞く気がある筈。私達に『何か』あると踏んで、連絡先の書かれたものを渡したのだから」

「まあ……そうかもしれないね」

「でもこのままじゃ、真剣に話を聞いてもらうのは無理。幾ら真剣に訴えても聞く耳すら持たないでしょう。腹立たしくも、籠鮫という刑事は、私達に具体的な証拠と根拠を提示しろと言っているのよ。『俺を信じさせてみろ』かしら。全く汚い大人らしいやり方」


 千頭流は立ち上がると、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出す。


 ごくごくと喉を鳴らして、半分程飲むと僕にペットボトルを突き出した。


「さあ、水分をしっかり補給して」


 思わず軽めの躊躇をしていると、彼女はペットボトルを僕の頬に強引に擦り付ける。


「イタタタた」

「今更何を恥ずかしがっているのかしら。既にキッスをした間柄なのに」

「いやキッスって」

「良いから飲みなさい。今から出掛けるわよ」


 僕は少し遠慮がちに、受け取った。


「どこに?」

「論より証拠。相手が望むもの──いえ、人を私達は知っているじゃない」


 穏やかな口調とは裏腹にその視線は厳しく、『早く飲め』と告げている。ここまで気が乗らない間接キスは世にも珍しい。大体こういうのは無自覚な方が胸が躍るものだし、相手にももう少し恥じらいがあっても──、


「……」


 駄目だ。彼女の瞳からレーザーが放たれている気すらする。


「……それってつまり」

「ええ。貴方の元カノに協力を依頼しましょう」


 僕は何も言い返せず、過去最大に緊迫しながらも──ペットボトルに口を付けた。



 あの問いの答えは、未だに見つけられそうにない。

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