第31話 異変は幕開け、
笑いとは緊張の緩和である──と、誰かが言っていた。どうして僕がこんな話をするのかというと、僕と彼女の関係を改めて見直した時ふと思ったからだ。
僕がツッコミで、千頭流がボケという構図が形成され始めている気がすると。本来なら変態の僕が担うべき変人ポジションが、一介の高校生である彼女に奪われているのだ。
もしかして、僕は常識人なのでは?
と、そんな事を思ってみたりもしたが、よくよく考えてみると千頭流がぶっちぎりでイカれているだけだとも思える。その証拠に僕は未だに彼女の全体像を捉えるに至っていない。『凡そこんな感じなんだろうなあ』などと曖昧でボヤけた外殻を想定する事は出来ても、その言動を生み出している核を掴めないのだ。人を見て、聞いて、会話する──疑う癖を持った僕にとって、これは初めての体験である。
そして何より、本当に恐ろしい事に──彼女は僕を見透かしているんだろう。僕がどういう人間で、何を見ていて、何故そうするのかを彼女は多分理解している。だからこそ僕が悩みや思考を先回りしたような芸当が可能なのだ。それが知能の高さ故か、それとも僕というシステムを掌握出来ているからなのか、理由はどうあれ、何にせよ、どちらにせよ──僕は今後も彼女に弄ばれるのだろうと、空を見上げて思う。
さて、今の小話だけど、これは現実逃避ではなく──前置きだ。最近『緩和』が多くなっている気がする。なので、そろそろ『緊張』が来るんじゃないかなあと、そんな事を思ってしまったから。
舞台は見壁家リビングから移り変わって──住宅街。と言ってもそれは近所ではなく、それなりに移動したまた別の場所。つまりは『マキちゃん』について何か知っている可能性がある人間の近所だ。
7月12日に投稿した人物。本名は判明していないが、都内のベンチャー企業で働いているサラリーマンらしい。他の投稿内容もマッチングアプリに関してのものが多く見受けられ、それなりにお盛んな人物のようだった。顔写真を見るに、20代後半の男性と思われる。世間的には、そろそろ結婚を考えなければいけない年齢だろうか。
と、そんな場所を、まるで小学生の遠足みたいな面持ちで闊歩する彼女の後ろを、僕は日差しだけが要因ではない苦笑いを浮かべながら付いて行った。
『多々里憩は一生、見壁千頭流を守ると誓いマス』
「うひ……えへ、へへへへ」
スマホに耳を当てて、だらしなく顔を緩ませているであろう彼女の後ろを。そんな後ろ姿を見て、こんなキャラだっただろうか、よくもまあ外でそんな事が出来るなあ、と思ってみたりもする。
「楽しんでいるようで何よりでゴザイマス」
「ところで憩」
千頭流は突如振り返ると、先程までの様子が嘘だったみたいに言った。
「超常現象について、政府はどの程度認知しているのかしら」
「きゅ、急にどうしたのさ」
「ふと気になったのよ。それでどうなの?」
あまりにも突然に冷静の上に冷徹を貼り付けた顔を見せられたものだから、僕は一瞬怯む。
「う、うん……えーっと、一部の関係者は知っているよ。警察の上層部とか、防衛省とかは知ってる人が居るんじゃないかな」
「ふーん。超常現象対策本部みたいな?」
「ぷっ」
ちょっと子供っぽい発言が唐突に飛び出して来たので、思わず吹き出してしまった。しかしそうなると鬼の形相が向けられるのも当然であった為、僕は慌てて取り繕うと咳払いをして答える。
「彼らは知っているだけ。何か具体的に対策を講じたり、手を出すという事はまず無い」
「何故?」
「怪物退治の活動は法を犯す事も多い。不法侵入に窃盗──場合によっては殺人もね。それが万が一明るみに出た場合、国が関与しているとなれば責任の追及は免れないだろう。だから関与はせず、各地を転々としている専門家に任せているんだ」
「公的ではないのに、存続出来るの?」
「基本的にこうした役割は家業となっているから、子供は疑問を持ったりしない。それに、超常現象の専門家なんてやってる人間の根幹にあるのは──復讐だから、皆好き好んでやってるのさ」
家族を、友人を奪われた。僕が知る限り、個人で活動している者の殆どはそうした理由だった。
「復讐、ね」
そう言って彼女は僕を横目で見る。『貴方もそうなの?』と言っているように。だけどすぐに鼻を鳴らして目を逸らした。それは当然、僕が怪物を愛する変態だと知っているから、復讐心など無いと気が付いたのだろう。
「ちなみに僕は家業だから仕方無く」
「ええそうでしょう」
一通り満足したのか彼女は再び歩き出して、僕が追いかけて隣に並ぶと口を開いた。
「それにしても復讐とは報われないわね。公共の機関や企業として行っていないのなら収入も無いでしょうし」
「資産運用とか、副業で稼いで活動している人も居る。勿論それ以外にも──」
「窃盗や強盗で日銭を稼いででしょ? 褒められた行為では無いのは確かだわ」
「……だね」
「ねえ、憩」
ふと、左手が包まれる。
「この異変が解決出来たら、私と一緒にキッパリ辞めましょう」
彼女は僕の手を握って、そんな死亡フラグみたいな事を言った。
「……」
僕は何も言えず、返せず、握り返す事も出来ずにただ俯いてしまう。
もし辞めるとするなら、きっと僕は未練など残さないのだろう。でもそれは──辞められたらの話。この世界は泥沼、一度でも足を踏み入れれば飲まれてしまう。抜け出す事も留まる事も出来ない。足を洗おうとした人間を何人も見て来た結果、僕はこの結論に至っている。幽霊を祓えば取り憑かれやすくなり、吸血鬼を殺せば一生狙われるのだ。
それは、呪いに魅入られた彼女もまた──例外では無い。
「……まあ、ゆっくり答えを出して。夏休みはまだまだこれからなんだから」
パッと手が離れて、篭るように滞っていた熱が消え失せて、涼しくなった左手が当ても無く彷徨う。
「分かったよ」
それから僕達の間の会話は途切れて、暫く無言のまま歩いていた。何と返せば良かったのだろうかと、僕が思い悩んだのは恐らく想像してしまったから──彼女と共に、普通の日常を送れるのではと、そんな妄想を。
呆然と歩く僕の隣で、彼女がスマホと睨めっこしながら辺りを見回した。
「ふむふむ。この辺りね」
「どれどれ」
「ほら、この写真」
そう言って画面を僕に突き出すと、見せたのは一枚の画像。住宅街の中にポツンとあるオールドタイプの公園の写真だ。そして僕達の右手には画像と──多分同じような公園が存在している。滑り台、ジャングルジム、シーソーに、砂場。正直言って、僕にはこの手の公園の見分けが付かなかった。
「どうしてこの場所だと?」
「ここにスカイツリーが見えるでしょう? 詳細な位置を示すものは無いけれど、方角さえ分かれば充分。虱潰しに辺りを付けてストリートビューで見比べれば──特定可能で証明終了よ。詳しい手順はもう少し踏み込んだ解説が必要になるけど、聞きたい?」
「君はちょっとアブない人だね」
「お礼は結構よ」
情報化社会におけるプライバシーの危険性と、彼女の行動力に危機感を覚えた。とは言えそれに助けられている部分もある為、一概に否定は出来ないのだけど、問題はここからだ。
「さて、聞き込みしますか」
「ふふ、男子が好きそうなフレーズね。探偵みたい」
「どちらかと言えば刑事に近いかな。1に文献の調査、2に聞き込み、文献、聞き込み、文献、聞き込み。そんでもって結局外れ──なんて事が殆どなんだよ。それでもインターネットの普及で随分楽になったらしくてさ。師匠によれば昔はそれはもう大変な作業で」
「はいはい。もう分かったらから行きましょう?」
「あ、うん……そうだね」
どうやら、得意げに知識を披露する僕の方が危機感が足りていなかったのかもしれない。いやいや、ちょっとくらい語ってもバチは当たらないと思う。だってここ最近活躍しているのは千頭流ばかりだし、少しは僕も脚光を浴びたいような……、
と、内心ぼやいている僕の袖が引っ張られた。
「憩、車が通るわよ」
「ああ。ありがとう」
彼女に引かれ、後ろを確認するとシルバーで大きめの車が通過しようとしていた。幸いまだ遠かったので余裕を持って道を譲り、そうして横を通り過ぎた時──車体に刻まれた文字が目に付く。
テレビ局のロゴとアンテナの付いた──中継車に、少し嫌な予感がした。
「行ってみよう」
「……ええ。そうね」
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