第30話 見壁千頭流には危機感が足りない
唐突で済まないが、この街には『異変』が起きている。それも人の命に関わるレベルで。だというのに、僕達はまるで夏休みの自由研究みたいなノリで解決に乗り出しているのだ。
分かっている。
もっと真剣に取り組む必要があることも、現在進行形で困っている人が居る可能性がある事も。だけれど僕らは高校生だ。若いし、世間を知らない。例え知った気になっていたとしても、それは子供の世界の話。僕らには解決する目的はあれど、責任はあるのだろうか。歪な僕達が今、青春を謳歌出来ている僕達が、それを放棄しなければならないのだろうか。
分かっている。
知ってしまったのなら、首を突っ込んでしまったのなら──僕達は進まなければならない。『興味本位』や『成り行き』では済まされないのだ。義務は無くとも、そうなる運命にある。
つまり未成年で有ろうが無かろうが、関係無いという事だ。
キンキンに冷えてやがる麦茶で喉を潤した後、彼女が発した言葉に驚いて反芻してしまった。
「出会い系サイトの都市伝説?」
「ええ。正式には『マッチングアプリ』だけど」
千頭流は一枚の紙を僕に見せて、耳慣れない単語を口にした。
義務がある、運命にある。なのでこうした問題に首を突っ込んでしまうのも、僕達はまだ未成年だけど──仕方が無いのである。
「マッチング、アプリ?」
「その名の通り趣味嗜好の合った異性を、スマートフォンのアプリで簡単に検索出来るようにしたもの。まあ出会い系サイトという認識で間違っていないわ。アプリという形式が功を奏して、誰でも気軽に手軽に手を伸ばせる。地方のユーザーはそれほどでも無いけど、都心だけなら20代から30代の利用率は驚異的と言って良い代物よ」
「ふーん」
そういえば、クラスの女子達がそんな話をしていた気がしないでもない。しかしながら興味の欠片も無かったので、熱心に語っている彼女に対し、僕は思わず生返事をしてしまった。
そのせいで千頭流の厳しい視線を頂いてしまったので、僕は慌てて資料に目を通す。
記載されているのは、幾つかのツイッターの呟きとネットの書き込みだ。どれもこれも、ふざけ倒した内容には変わりがないが、共通している文言が一つある。
「マッチングアプリの『マキちゃん』ねぇ」
「最近噂になっているそうよ。出会った者を──あの世に連れて行くって」
まさしく都市伝説。資料に付けられた日付を見るに、とある男性の証言から火が付いた噂話のようだった。
今日、『マキちゃん』という女の子と連絡を取り合い、待ち合わせ場所に向かうも彼女は現れなかった。消沈して帰った男性は翌日、友人が同様に『マキちゃん』を名乗るアカウントと連絡を取っていた事を知る。男性は釣りだったと忠告するも、友人は聞く耳を持たず、待ち合わせ場所に向かったのだという。
そして後日──友人は行方不明となったらしい。
「見る限り、特定のアプリでは無く幾つかに点在しているみたい。実際に会ったと言う者も居れば、今交際している最中だと言う者も居る」
「うーん。よくあるっぽい話だ」
千頭流は僕の言葉を遮るように言う。
「火付け役となった書き込みが7月4日。次は12日の日曜日に『マキちゃんを見つけた』とツイッターでの投稿。18日に掲示板の書き込みとツイッター。20日、29日、それから8月1日にも幾つかの投稿があって、今尚増え続けてる」
「目撃証言が多過ぎるかもね。でも、自作自演か悪ふざけじゃないかな」
「私もそう思うわ──そこで、裏面を見て頂戴」
言われた通り紙をひっくり返して見ると、僕は彼女の意図を凡そ理解した。それは7月12日のツイッターでの投稿。内容は『マキちゃんを見つけた』というもの。なるほど、彼女が多少の違和感を覚える理由も頷ける。
「同じ日に、別々の人間が同じ内容を投稿してるって事か」
投稿時間を見ると──それはどちらも17時の範疇に収まっていた。
「12日の投稿はこの2件だけ。それも、最初の7月4日の書き込みから1週間以上経ってほぼ同時刻に。これって少し妙だと思わない? 勿論塵にも等しい程の確率ではあるけど」
千頭流は軽く握った拳を掲げると、
「1、たまたま」
最初に人差し指を立て、
「2、悪ふざけ」
次に中指を立てて、
「3──『マキちゃん』が実在している」
と、最後に人差し指を立てた。
「普通はこんな与太話、寝て起きたら忘れているでしょう? それも未成年お断りのマッチングアプリを利用しているのだから相応に大人の筈。なのにこれだけの目撃談があって、12日の17時5分と37分に投稿が2つ」
「確かに、少しだけ妙な話だね」
「ええ。考え過ぎの深読みし過ぎであればそれでも構わないけど──どう? 調べる価値はあるかしら?」
彼女の問いに、僕は少しだけ頭を悩ませる。価値がある、つまり時間を使う必要性があるかどうか。
超常現象とはそのルーツを民間伝承に由来するモノが殆どだ。成り立ちとしては都市伝説と同類ではあるけど、この2つは歴史の厚みと生まれ方が異なる。民間伝承とは、警告の意味合いと未知への無知が端を発したモノであり、対して都市伝説とは風刺と悪ふざけから発祥する。
夜に口笛を吹くと蛇が出る。これは民間伝承。
こんな怖いことがあったのだと、尾ひれを付けて語るのが都市伝説。
どちらも信憑性に欠けるという点では同じだけども、実際に具現化するとなれば前者に軍配が上がる。浸透している度合いが違う、積み重ねられた歴史が違う。元々存在していた天使や悪魔とは違い──怪物とは、人間の思想から誕生したモノなのだから。ネットの噂程度の話では、現実に影響を及ぼすような怪物は生まれず、また生まれたとしても力を持たない。
しかし、千頭流の『藁人形』の一件から思い浮かんでいたある一つの仮説、それが僕の背中を後押しした。
「分かった。これを調べてみよう」
「そう。それは良かったわ」
この街に起きている異変──幻想が現実になりやすい環境に変化しているという、ただの思い付き。だけど、だとすればこうした噂程度の話でも、もしかしたら実際に影響が出る可能性があるかもしれない。そしてもしこの説が立証出来てしまったのなら、それはいよいよ僕の手には負えない事を意味する。
特定の人物や現象に作用するのではなく、街全体に働きかけているという、途方も無い力場の話になるからだ。
「で? これからどうしましょうか」
「え?」
「だって、これ出会い系の話よ? そして私達は未成年なのだから登録も出来ない──つまりお手上げね」
そう言って千頭流は言葉通りに両手を上げて、そのまま床へと寝転がってしまった。ぐでーっと、灼熱の室内に身を任せるように腹を見せつけて。
「えー」
「えー、って何よ」
「やたらと用意が良いから、てっきり僕はそこら辺も解決してくれるものかと……ほら、年齢を偽って登録したりとか」
「確かに可能ではあるわ。免許証のコピーとか年齢確認の必要が無いサイトもあるけれど──嫌。規約違反だし、違法すれすれの行為よそれ。世界トップクラスの法治国家なの。私達が生きてるこの国は」
「命が掛かってる可能性もあるわけだし、やむを得ない理由がありましたって事で……」
「可能性の話で一々特段の事情なんかを持ち出していたら、社会は崩壊するわよ」
くっ、我が彼女ながらなんて女だ。とても呪いを吹っかけていたとは思えない。変な部分で強情というか真面目というか──どうにも僕が抱いている危機感が伝わっていないようである。
「そ、そうだ! ツイッターで連絡を取るとかどうかな?」
「いきなり見ず知らずの男性に連絡を取って『すいませんちょっとお話しよろしいですか?』って? 間違いなく宗教の勧誘を疑われて断られるわよ。それに身の危険を感じるし、嫌」
僕がこんなにも四苦八苦していると、千頭流は何かを思い付いたように『あっ』と声を漏らす。
「そういえば、何人かが近所の写真を載せてたわね。調べれば住所くらいなら分かるかも」
「それは違法じゃないのかい?」
「違うけど──やっぱり嫌だわ。怖いし」
超常現象をこの前体験したろうに、今更ただの人間の何が恐ろしいというのだろうか。しかし彼女は床に寝転がったままで、ぐでーっとしながら、僕を上げて落とす。だけど方法はあるらしい。であるならば、あとは彼女のやる気の問題だけ。
「大丈夫だよ。僕が絶対守るから」
普段なら絶対言わないような、こんな歯の浮くような台詞を使う事になろうとは。
「本当に?」
まだだ、あと少し、もう一押しでどうにかなる。その証拠に彼女の視線が少しだけこっちを見ている。
「うんうん。こう見えても結構強いんだよ?」
「相手は大人よ。それでも平気なの?」
「勿論。何せ中学の頃なんかは怪物相手に毎日死闘を繰り広げてたんダゼ」
僕は今──何をしているのだろう。と少し意識が遠のいていた。
「もう一度だけ、聞かせてくれないかしら。誰が誰を守ってくれるのかを」
そう言う彼女を真っ直ぐに見つめて、深く息を吸うと高らかに宣言する。
「僕──多々里憩は、見壁千頭流を絶対守るゼ」
「ずっととか、一生とか付けて、誓ってくれないと嫌」
「多々里憩は一生、見壁千頭流を守ると誓いマス……え?」
彼女はとっても穏やかな表情でスマホを取り出した。画面には録音終了の文字が表示されていて、それで僕は自分が何をしていたか、意識をはっきりと取り戻す。
再生ボタンが押されると、先程の音声が部屋に響き渡った。
『多々里憩は一生、見壁千頭流を守ると誓いマス』
あー、自分の声ってこんな感じなんだなー、と思った。
『多々里憩は一生、見壁千頭流を守ると誓いマス』
あー、やっちまったなー、と思った。
『多々里憩は一生「いやもういいよ!」守ると誓いマス』
「フフフフッ……アハハハハハハ!! いやあ、とても素晴らしいものを手に入れてしまったわ。ちょっと語尾がロボっぽいのが気に食わないけれど──そうね、今晩は良い夢を見られそう」
彼女は上半身を起こすと、スマホを見ながらニヤついて、
「住所ならある程度の予想は付いているから、早速行きましょうか」
「あ、あははは……」
いつから狙っていたのかは分からない。けれど恐らく『怖い』とか『身の危険を感じる』とか言い出した辺りから思い付いていたんじゃないかと、今になって思う。そして僕は──なんちゅう計算高え女だべ、と賛辞を送って自らの行動に赤面すると共に、今後の付き合いが少しだけ心配になってしまった。
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