第27話 昔の僕はどういう人間だった?
僕の恋愛対象は怪物である事を、詠子は知っている。だからこそ信じられないのは当然だ。
しかし人は変わる。彼女は体現していながらも──それを知らない。現状に対して客観的に感想を述べるのならば──確かに疎いと、千頭流が思うのも無理の無い話だったと、僕は改めて実感させられていた。
「本当よ。私と憩は付き合っているの」
「いやいやないない」
懸命に事実を述べる千頭流に対し、詠子は半笑いで受け流す。
「変な匂いが混じってっけどアンタただの人間でしょ? コイツが付き合う訳ないじゃん」
「……本当なのに」
全く信じて貰えず──しゅん、と項垂れて肩を落とす千頭流は可哀想で、ちょっと可愛く見えてしまった。だからまあ、多分自然に手が伸びたのだと思う。僕より少し低くて丁度良い高さに下がった頭を、気が付くと軽く撫でていた。
しかし、流石は狼人間というべきか──どうにも鼻が効くらしい。千頭流の状態にある程度の検討が付いているのだろうと思えた。
「変な匂い、ね。それはどんな種類のものか分かるかい?」
「魔女とか呪いとかそっち系の──ヤな感じだ」
そんな僕の行動を見てか、匂いに反応してか、詠子の視線が鋭く尖らせ言う。
「その女なに? まさか本当に付き合ってる訳じゃーないよね?」
彼女の言葉を耳にして、触れていた千頭流の体が強張るのを感じた。
どう答えるべきか正直悩む。元カノ今カノがどうこうの話──ではなく、僕と彼女の関係について、未だ明確な答えが出ていないから。好きか嫌いか、単純な二者択一で選べるような成り立ちでもないし。
だからこそ僕が答えるべきは素直な気持ちだろうと、そう考える。
「付き合ってるんだなこれが」
「アハハッ……じゃあなんだ、人間に恋しちゃってんの? アンタが?」
詠子は嘲笑う。
「好きかとどうかと聞かれれば、今は違うと答えるだろう」
僕はパッと、千頭流の頭から手を離す。その表情は前髪に隠れて窺えない。
「でも好きになりたいと、そう思っているのも事実だよ」
彼女の切れ長の瞳が大きく見開かれて、僕を見つめた。もう少し嬉しそうな顔をして欲しかったけど、呆気に取られたような顔が可笑しくて、何となく満足していた。
しかし詠子は嘲笑う。
「お前みたいな異常者が、本気で人間と付き合えると思ってんの? 勿論怪物とだって無理無理。半端者でどっちつかずなお前が、誰かと付き合える訳無い。どーせすぐ別れる」
「僕は今まで信じられないようなものを沢山見てきたんだ。今更何が起きても驚かないし不思議でも無い」
例え僕が人間を好きになったとしても。きっとそこには何の驚愕も無いのだろう。何故なら僕は今、既に千頭流と付き合うという超常現象に見舞われているのだから。
幼少の頃からあった疎外感。周囲の人間と接していても、誰にも理解されない──コイツらと僕は違うのだと、住んでいる世界が違うのだと、そんな感情は劣等感に近いものだったかもしれない。
それでももしかしたら、『同じ方向を向いていたい、隣を歩いていたい』と、そう言ってくれた彼女なら──僕が感じていた孤独を、救おうとしてくれている彼女であるならば愛せるのかもしれないと──あれ、なんか僕の方がヒロインっぽくね?
詠子は嘲笑う──代わりに、多分笑っていた。
「……変わったね憩くん。昔は『人間なんて滅んでも良い』って言ってたのにさ」
その表情は出会い頭に『ぶん殴る』というスキンシップをしていた彼女とは思えぬ程、毒気が抜けていたと思う。
「え? そんな事言ってた?」
「言ってたよ。『怪物達の食料分だけ居れば良い』とか『早く死なねーかなあいつら』とか」
……どうやら昔、魂を失う前の僕は随分荒れていたらしい。ちょっと遅めの厨二病のようなものだろうか。そう考えると既に僕はかなりの成長を見せていると言えるだろう。
「ちょっと、人の彼氏と思い出話に花を咲かせるのはそこまでにして頂戴」
僕達の語りが気に食わなかったのか、千頭流が唐突に割って入る。その顔に先程の呆気はどこにも感じられない。
今度はヤキモチだろうか。しかしながら話をブった切ってくれた事に感謝しなくてはならない。これ以上過去の『くっ、俺の右腕の闇の力が』的な発言を蒸し返されては恥ずかしさで顔から発火するところだったし。
「それで? 『元カノ』に会いに来たのは一体なんの用?」
詠子も興が削がれたのか、息を吐いて切り替える。
閑話休題を提案する彼女は、まるで憑物が落ちたように、というか棘が抜けたような──穏やかな口調に変化していた。いや、正確に言えば口調ではなく、声色だけが以前の彼女に戻ったような。
「この街に異変が起こっているらしいの。狼人間の貴方なら何か知っているんじゃないかと思って、わざわざこんな場所まで来てやったのだから感謝しなさい」
「アンタ……カノジョに怪物狩りの手伝いさせてんの? 呆れた……それに……千頭流、だっけ? アンタは何でそんな喧嘩腰なわけ?」
それは訂正させて頂こう。
「まあ、成り行きでね。あと喧嘩腰じゃないよ。これが素なんだ」
詠子は呆れたように首を傾げたけど、やがて色々と納得したようだ。
「なるほど、憩くんと付き合ってるってのも分かるわこれは」
僕にも彼女にも若干失礼な気がしないでもないが、まあ分かってくれたなら何も言うまい。
「ようやく信じてくれて嬉しいわ。私、貴方の事が好きになれそう。そうだ、今度パジャマパーティーしましょう」
「……やめとく」
「あらどうして? きっと楽しいからやりましょうよ──3人で」
「いやコイツも入れんのかよ。どんな拷問それ」
「2人の方が良かった?」
「そりゃ勿論──いやいや、これは別に2人でならパジャマパーティーするとかそういうわけじゃなくて、あくまで3人は嫌だって話だから。勘違いすんなよ?」
「アタフタしちゃって、狼人間のくせに案外可愛いわね貴方」
最初も感じたけど、多分この2人は仲良くなれると思う。いや、今カノと元カノだから仲良くされても僕としては困りものだけど、そんな不利益を被っても良いと感じる程には微笑ましい。千頭流は人間で──詠子は狼人間。お互いの素性を知っても尚、本題を忘れて語らっている。
僕はその光景に可能性を見た気がしていた。いつの日か思い描いた人間と怪物が手を取り合う世界。本当の意味で共存出来る社会の欠片を見出せたような、淡い期待を。
「って、パジャマパーティーの話はもういい!! 街の異変について聞きたいんでしょアンタら!?」
しかし、まだ詠子には刺激が強過ぎたらしくポキッと折れてしまった。正直僕としてはもう少しの間この安寧に身を委ねていたかったけれど、その為にも──話を聞く必要があるだろう。
「何か知っているのかい?」
僕が聞くと、彼女は頭を掻く。
「残念だけど詳しくは知らない。だけど妙な匂いはしてる──硫黄の香り、アンタも知ってるでしょ」
それから一呼吸置いて、こう続けた。
「悪魔が居るんだ。この街に」
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