第25話 元ヒロイン
元カノはヒロインたり得るか。
登場人物一人増やすだけで何千文字使うつもりだよ、とそんなツッコミが脳内で響き渡るこの頃。
他の作品であればもう4、5人くらいは女の子が居て、主人公が扱いに右往左往している話数だろうか。それに引き換え僕ときたら、たった一人を攻略するのに20話以上も掛かっている、文字数にして凡そ6万文字だ。敢えて言い訳をするのならば、そもそも千頭流は僕にとって攻略対象と呼べない──人間だった、という点が挙げられるけれど。
さてそんな中、今から出会うであろう狼少女で元カノの──
千頭流には絶対に言えないが、僕自身善人でもないので独白させてもらうと、
狼に変身出来るという、まさしく人間ではない怪物の少女──つまりは僕にとって、攻略対象である女の子。問題は元カノという点である。1年前、決定的に決別してしまった僕達は、連絡どころか学校が違う為、会う機会すら無い。そんな彼女をヒロインと呼べるのだろうか。
ヒロインは『女性の英雄』という意味を持つが、一般的な感覚ではやっぱり恋愛対象の方がしっくりくる。
またコイツやってるよ、とそんな声が聞こえた。ああ、そうだよ。やってるよ。現実逃避だよこれは。前置きが長くなりそうなので切り上げたいけど、僕だって緊張しているんだ。考えてもみて欲しいが、今から元カノに会うのだ──それも今カノを連れて。緊張するなという方が無理難題。
閑話休題が出来ないのは僕の悪い癖の一つ──それで思い出したけど、閑話休題という言葉の誤用が最近多いらしい。
逸れた話を本筋に戻す、それはさておきという意味で使われるこの言葉。閑話──つまり『無駄話』なので、休題しようと事なのだけど。最近、本題を閑話に変える時、そう言っているのを耳にした事がある。つまりは場面転換に使われる言葉として、意味が逸れている証拠なのだけど、しかしながら、僕はこれを一切咎めるつもりは無い。何故ならどうでも良いから。伝われば良いし。
確信犯、一本締めなどもその典型。ちなみに言うと、『浮き足立つ』という言葉を、嬉しくて舞い上がっている的に、僕は慣用に則って誤用していたりする。本来は不安で落ち着かない様子を指すのだが、充分伝わるだろうと、
「憩、何をさっきからぶつぶつ言っているの? 熱中症かしら」
「君が腕を離さないからじゃないかな」
「熱々で良いじゃない」
「……」
「何よ。文句ある?」
「ありません。熱々です」
前置きが長くなり過ぎた。閑話休題。
さて、ヒロインを探す旅も終点──電車を乗り継ぎ、本日2度目の景色に微睡ながら僕達は辿り着く。
千頭流が何を言いたいのか、何故そんな事を聞いたのか、僕は理解というか納得出来ぬまま、言われた通りに行きそうも無い場所をピックアップした。
正式名称を出すとアレなので略称で言うところの──マックとラウワンの二つ。前者については既に昼時を過ぎているという事もあり保留。僕達が向かったのは後者だ。
向かったと言っても、今日巡った内の一つに戻ったわけなのだが。
僕が一番最初に思い当たった場所であり、あの子が品揃えを褒めていた本屋──の道を挟んで向かい側。都内に無数の店舗があるラウワンだけど、しかし彼女が行きそうで絶対に行かないとなれば、その店舗はここだと検討を付ける。
時間的には夕方に近付いた、15時手前。夏期講習終わりか制服姿の学生が散見され、昨晩夜通し遊んでようやく起きて来たであろう、そんな若者の姿も増えて来た。流石は夏休み、鬱陶しい程人が多いし車も多いし、もう帰りたい。
「ここって、ボウリングとかゲーセンとかあるとこだよね」
「ええ。来た事ないの?」
「人混みは苦手でさ」
僕達はそういう部分でも、気が合って、意気投合して、噛み合っていた。もっともそれが原因で“噛み付かれた“という事でもあるけれど。
日差しに目を細めながら、巨大な箱を見上げる。
いつの日だったか、彼女はあの建物を見る度に『怖そうな人が多そう』と想像と偏見に満ちた苦言を呈していた。君の方が人間にとっては恐ろしいだろうとは言わなかったけれど、性質はさておき、とにかく臆病な女の子だった。さながらあの娯楽施設は、彼女にとって──お化け屋敷にでも見えていたのかもしれない。
「何をニヤニヤしているの殺すわよ」
僕が過去の思い出に浸っているのを感知したのか、千頭流の鋭い視線と言葉が突き刺さる。
「ごめんなさい行きましょう」
僕達のパワーバランスが、いよいよ形を帯びて来たように感じられるのは、多分気のせいではないだろう。とはいえ、僕は亭主関白でも無いし、意外とこの関係は心地良かったりもするであった。
道を渡り、近付くにつれて建物がその巨大さを増していく。高層ビルとはまた趣の違う壮大さに、僕は少しだけ胸を踊らせていた。今まで興味が無かった訳では無いけど、ボウリングのピンがトレードマークのこの施設に、足を踏み入れる機会そのものが無かったのだ。未知、自分が知らなかった領域への侵入、湧き立つフレーズか幾つも浮かんで来る。
自動ドアを潜ると冷えた空気に包まれると共に──凄まじい光景と音量に圧倒された。1階はゲームセンターらしく、無数のUFOキャッチャーが配置され、他にも様々な遊戯筐体が目に飛び込む。
「おぉー」
薄暗な店内の中、煌びやかな光の数々は、まるで未来の世界に迷い込んだみたいで──ちょっとうるさいかも。
「驚いた、本当に入った事無いのね」
僕の新鮮過ぎる反応を見て、千頭流はそんな事を言った。
「そんなに?」
「田畑しかないような田舎じゃないのよ、この街は。日本の中心なの。そこに住む高校生が、まるで『現代にタイムスリップして来た侍』みたいな反応をすれば、誰だって驚くわ」
僕の地元を軽くディスりながら、彼女は様子を事細かに説明してくれる。
「拙者、クラスで浮いた存在故、このような場所を知らず。しかし田園もまた風流なり」
「別に田舎を馬鹿にしているのではなく、貴方が世間知らずだと言っているの」
「……存じる」
「良きに計らえ」
駄目だ勝ち目が無い。閑話休題。
しかし、意気込んで来たは良いけど、この広い空間の中で一人を見つけるのは骨が折れそうだ。加えて、そもそもの問題として彼女が居るのかどうか。確証も何も無くただ千頭流に言われて来ただけで、仮にもしこれで発見出来たとしたら、もう若干どころじゃないくらい怖いのだけども。
と、そう思って見回した矢先──不自然な視線の流れを感じた。と言っても、それは僕達に向けられたものではなく、視線の先を追っていくと──その原因が知れる。
「クソ人形がッ!! どうして取れねえんだよッ!!」
可愛らしいウサギの人形が収納されたUFOキャッチャーに、一人の少女が食い入るように没頭している。筐体を破壊しかねない程の力でボタンに拳を叩き付ける少女──その特徴は、僕の記憶には存在しない。
そんな物凄い剣幕で、物騒な喧騒を大衆が見守っている。少女はスマホを向けられて、『なんかやべえ女がいる』とちょっとした騒ぎになっているようだった。あんな少女──僕は知らない。
「あれ、じゃないわよね」
千頭流が念の為に確認を挟むが、自信を持って答えられる。
「うんうん、違う違う」
僕の思い出の中の元カノは──茶髪のボブカットに、瓶底メガネを掛けた大人しい文学少女だった。
「……何だてめえら、見てんじゃねえ──殺すぞ」
視線に気が付いた少女が凄むと、大衆が蜘蛛の子を散らしたように去って行く。これでこの場に残されたのは僕達だけ。当然少女の眼光は捉える。しかし視力の悪さは相変わらずらしく、目を細めて凝視された。
僕の知る
「……お前」
前髪ぱっつんの金髪ショートヘアーが、睨みを利かせて近付いて来る。掻き上げられた髪から覗く似合わぬピアスと、同じく様になってないドスを含んだ声色に、僕の頭と眼球は真っ白になった。
「もしかして──憩くん?」
ああ、もう、目を背けられない。あの時と同じ声で、同じ仕草で、同じ表情で名前を呼ばれてしまっては──僕はもう、認めるしかなかった。
「や、やあ、詠子ちゃん、久しぶりだ──」
刹那──彼女との距離が一気に縮まる。何なら残像が見えているのではと、そう思える程の目にも止まらぬ速さは、僕でなくとも見逃してしまうだろう。それから鳩尾に、何かこう、鋭い何かがめり込んだ感触がして、地面が近付いて来る。いや違う──恐らく僕が倒れているのだろうと、考えられた。
詠子ちゃんの鋭く、体重が乗った良い感じの──左ストレートが腹に突き刺さって。
「ね……え……えぇ」
込み上げるものを堪えながら、揺れる視界の中、
「あごめん、つい殴っちった」
そんな言葉を聞きながら──僕は無事死亡したのであった。
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