第24話 ラブコメのくせに全然ヒロイン増えない問題

 様々な媒体で目にする機会もあると思われるので──『狼人間』という美しい生き物の存在を、皆さんはご存知だと思う。


 日中は人間であるが、満月の夜、もしくは自分の意思によって狼、または半獣に変身出来る彼ら。赤ずきんや三匹の子豚などの童話にも登場するし、映画などでは主に悪役だったりするので、良いイメージを持っている人は少ないかもしれない。


 しかしそれは、起源からして彼らが『悪』である事を押し付けられたからに他ならないのである。


 1500年頃のキリスト教圏、つまり魔女裁判が横行していた頃、罪人を『狼』と呼んで追放刑に処し、毛皮を着せて、狼のように吠えさせながら野原を駆け回らせるという掟があったそうだ。当時フランスではこうした光景を見て「狼人間」と呼んだらしい。他にも元々天使だった存在が追放されて、悪魔になった姿とも言われている。要するに、罪人を狼に例える為の理由付けみたいなもの。


 反対に、彼らを『聖なる存在』として讃えている地域もある。日本などはその典型で、狼の語源は『大神』であり、実際に祭神として祀っている神社も多く存在する為、一概に括れないややこしい生き物なのだ。


 つまり僕が何を言いたいかと聞かれれば──良い奴も居るし悪い奴らも居るので、決め付けは良くないという事である。


 あと僕の元カノは狼人間である。




 再び舞台は市街地、初デート当日。


 前回、小難しい話を延々語りはしたが、結局のところ──超常現象に困っているので何とかしようというだけの話。魂やら何やらは飾り付けのようなもので、大局的にはそんなところだ。


 街に異変が起きている、であれば街から出れば良くね? と思う方もいらっしゃるだろう。しかしそれは軽率だ。具体的な正体がしれない、得体が知れない、何が起こるか何が引き金となるか分からない以上、迂闊に逃げれば──そんな怖れは狙い撃たれるのが関の山。そういう部分を──見逃さないから、彼らは恐れられているのである。


 ならばいっその事、夏休みの大型イベントだと思って楽しもうではないか。


 一組の男女が街を闊歩するのだから、一応デートという形式を意識して彼女の歩調に合わせて歩く。やたらと遅い足運びに注意しながら、車道に出れば僕が左側を歩き、電車に乗れば席を譲り──タピオカも買った。


 適当なベンチに腰掛けて、僕達はその感触に暫く無言のままで嗜む。


「……ぅ」


 思わず声が漏れた理由は、黒くて、大きくて、もちもちしてて──腹が膨れたから。初めて飲んだ、というか食べたけどこれは凄い。何故爆発的に流行したのか理由は分からないし、多分僕は今後飲むことは無いだろうけど──とにかく凄いモノだという事は理解出来た。今日は晩飯を抜いても問題ないかもしれないくらいに。


 横へと目をやると、千頭流は何とも涼しい顔──というか全くの無表情で、口元だけをもぐもぐと動かしている。


「美味しいかい?」


 僕が声を掛けると、彼女は何とも満足げな顔──という感じではなく、瞳を細めて微笑みを返しただけに留めた。


「だよね」


 どうやら彼女も僕とほぼ同意見らしい。『今年はもういいかな』みたいな感情が、その瞳からは感じ取れた。


 失った水分と過剰なカロリーを摂取した僕達は、空のカップ片手にゴミ箱と元カノの居場所を求め、再び街を彷徨い歩き始める事とした。既に何軒かの心当たりを当たっているのだが、未だに発見には至らず。


「次はどこへ行くの?」

「んー……」


 理由は簡単で、LINEをブロックされているからである。連絡が取れていれば、ここまで無駄足を踏む必要など無い。行き当たりばったりの虱潰し、総当たり作戦なので、そもそも成功率もかなり低いのであった。


 そんな中、かれこれ2時間と3000文字程探し回っているのに、千頭流は文句の一つも言わず──度々僕を罵倒しながらだけど付いて来てくれている。感謝の念に堪えない、というか、最早ちょっと後ろめたさすら感じ始めていた。


「もしかして今日は家に居るんじゃない?」

「いや、それはないと思うよ」


 彼女は当然首を傾げる。


「道すがら説明したと思うけど彼女は狼人間なんだ。夜間に気軽に外出出来ない分、昼間は殆ど出掛けている」


 満月だろうとスーパームーンだろうと、変身は自分の意思で行えるらしい。けれどやっぱり刺激はされるようで──僕も、それでどえらい事になったのは良い思い出である──いや、本当に。


「健全ね」

「確実じゃないけど、今日も街のどこかには居ると思う。でも行動パターンがちょっと変わってるみたい」


 僕の言葉に唸ると彼女は一拍置いて、


「どんな子なのかしら」


 と質問をした。


「騒がしい場所が嫌いで、本を読むのが好きな大人しい子」

「他には?」

「休日は映画館に足を運んで、学校帰りなんかは毎日本屋に通っていたよ。あと結構グルメでさ、『食べログよりも私の舌』が口癖の女の子だった」

「口癖のクセが強いわね」

「僕もそう言った事があるよ」


 しかし、その記憶を頼りに、行きつけの本屋や食事処、映画館を巡ったけど──彼女の姿はどこにもなかった。ここまで来ると、やはり今日は家に居るのではないかとも思えた。勿論何度か行った事があるので家は知っているけど──直接訪ねるのは気が引ける。親御さんが出て来ても、顔見知りなので……大分気不味い。


 『良く知ってるし、まあ余裕っしょ!!』くらいの軽い気持ちで街へと出て来たけど、そもそもこの中から、特定の人物を見つけ出すなど不可能だったのかも知れない。居場所の検討が付くくらいは思い出があるにしたって、付き合っていたのは1年以上前だ。思春期の成長は早く、過去の記憶など頼りにならないのかも。


 そんな訳でやっぱり今日は帰ろうかな──なんて思っていると、


「どうして別れたの?」


 千頭流は表情を変える事なく、流れるように口を開く。


 あまりに唐突だったので、僕は膝から崩れ落ちそうになってしまった。千頭流はすんなりと、凄い事を聞ける。友達同士とかならそんな議題もなくはないだろうけど、付き合って初週の相手に良くもまあ言えたたものだと感心する程に。


「どこにでもあるような、方向性の違いってやつさ」


 とはいえ別に隠すような話でも無いけど、内容は公道で語るに相応しくないと判断した為、僕は曖昧に答える。


「なるほど」


 そうして彼女は再び考える。今のやり取りの中で察するものがあったらしい。それとも、女子同士でしか理解し得ない何かがあるのだろうか。


「大体分かったわ──憩、その子が絶対に居ないだろうと思う場所はどこ?」


 次回──ラウワンで今カノとデート中、元カノに出会い無事死亡編。

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