第6話 ぼくのなつやすみ、の始まり

 見壁千頭流は、確かに非難されるべきだ。しかしながら、それは命を持って償うような事でもない。思っただけ、願っただけ、それらを込めた人形を作っただけ。犯した罪などそこには無い。


 原因であって、元凶であってだからといって、死ぬ必要は無いだろう。



「それで、多々里君はどうやって私を助けてくれるのかしら。“具体的に“」


 言葉を端を強調して、彼女は言う。


「それを言葉で説明するのは難しいよ。だって、お化けには“具体性“が無いだろうに。それでも敢えて説明するなら、行き当たりばったりなんだ。対策も方法も、込められたものや事情によって異なるからね」

「対症療法しか無いって事かしら」

「そうなるかな」

「でもそれじゃあ一時しのぎじゃない。手っ取り早く──あの藁人形を燃やすのは駄目なの?」


 見壁は至って真剣な表情で、物騒な事を口にした。


「幽霊ならそれで解決しただろう。だけど今回は違う。これだけ失敗していて──成功している呪いを僕は見た事がない。何が起こるか予想が付かない以上、下手な事は避けた方が良いだろうね」

「そういうものなのね。残念」


 そう言って彼女は持って来たペットボトルの蓋を開けると、喉を鳴らして一口飲んだ。


 落ち着かせる為なのか、それとも落ち着いているのか。


 どっちにしても、それにしても彼女が持って来たのは──水だ。別に文句を付ける気はないけど、お客様が来ているこの状況で、ミネラル豊富であろうと、水を持って来るのは如何なものだろうかと。いや別に水が悪いと言っているのではなく、麦茶とかアイスティーとか、オレンジジュースとか、色々あるのではないか、そう思っただけ。


 ぷはっと、飲み口を離して彼女は言葉を続けて、


「私の事、嫌いになった?」


 唐突にそんな事を口にする。


「それはどういう意味かな?」

「言葉通りの意味よ。こんな女の子で嫌いになった? とそう聞いてるだけ」


 そして見壁はまたペットボトルを傾ける。


 飲み屋で愚痴を聞いているみたいな、そんな面倒臭い雰囲気を感じていた。


「んー、強いて言うなら、普通かな」

「普通、ね。喜んで良いものか迷う答えだわ」

「僕に好きと言われたら、君は素直に喜ぶのかい?」

「そうね。少なくとも悪い気はしないんじゃないかしら」


 いつの間に飲み干したのか、彼女は空になったペットボトルをぐしゃっと潰して、そのままゴミ箱に放り投げる。放物線を描いて飛んで行ったそれは、見事に吸い込まれた。


 見壁はグッとガッツポーズをすると、ドヤ顔にも似た無表情を僕に向ける。


「ナイスシュート」


 と反応に困ったので、とりあえずそんな事を言っておく。


「不思議ね。褒められたのに全然嬉しくない。きっと多々里君の言葉が軽いから」

「君は言葉のフットワークが軽すぎる」

「学校では抑えているの。家くらいは好き勝手にお喋りしたいじゃない」

「そもそも何故、学校で抑える必要が──いや、やっぱり言わなくて良い」


 聞くよりも早く、自分で気が付いた。


 これが見壁の本性だとするなら、何故抑えているかなど聞く必要が無い。そして何故、それを僕に隠さなくなったのか、それも聞く必要が無いだろう。


 あんなもの見られたのだから、あれ以上のものなどないのだから──隠す必要が無いのだ。


「そう。まあそんな事はどっちでも良いの。今は解決すべき問題があるでしょう?」

「……僕は段々、君のことが好きになって来た、かもしれない」

「あら、嬉しい」

「皮肉だよ」

「奇遇ね。私もよ」


 時刻は20時ちょうど。夜はまだ長そうだ。


 長い、というのは今回の騒動が藁人形に起因しているからだ。藁人形の呪いを目の当たりにするのは初めてだし、何より人形が未完成である為、伝承通りとはいかないだろう。


 何か起こる可能性が高いのは、丑の刻──つまり午前1時から3時の間くらい。


 本来なら連日連夜願い続け、7日後には満願となり、対象は死に至る──というものだったと思うが、前述の通り、あれは紛い物だ。それは即ち、最悪の場合、僕は最低でも最長でも7日間、彼女の面倒を見なくてはならないという事。加えていつ襲って来るかも定かでは無いのだから、連日連夜、僕は見壁と行動を共にする必要がある──僕の家ではキャパシティオーバーだし。


 という事を説明すると、


「100日後に死ぬ──ならぬ7日後に死ぬかもしれない女子、というわけね……そう。じゃあ明日から夏休みだし、一緒に宿題でもしましょうか」


 見壁はあっさりと了承した。


 これは僕がオカシイのだろうか。普通ならちょっとくらい嫌な顔をしそうなもんだと、文句の一つでもあるんじゃないかと、そんな事を思って、実際に口にも出してみたのだが、


「だって仕方無いじゃない。私、まだ死にたくないもん」


 こう──語尾をクイっと上げる感じで、可愛らしく目を逸らされてしまった。


 

 彼女は変わっている。多分今までとこれからを含めても10本──いや、25本くらいの指には入るくらいの変わり者だ。突発的な状況に対処しなければいけないという性質上、それは寝食を共にする──つまり同じ部屋で寝泊りをする事になるけど、死にたくないと、たったそれだけの言葉で、嫌な顔一つする事なく頷けてしまうのだから。これを変わり者と言わずして何と言おう。少なくとも僕なら一回断るのに。


 こうして僕の夏休みは奇妙な同居生活の幕開けと共にスタートした。重ねて言うけど、僕の恋愛対象は──怪物である。

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