第5話 女子高生の危ないお人形遊び

 藁人形が呪いのアイテムということは、殆どの人が知っていると思う。しかしその実態について、詳しく知ろうとする人はあまり居ないのでは無いだろうか。厄除としても使われている事を、知っている人は少ないのでは無いだろうか。


 呪いを込めて、御神木に打ち付ける。


 厄災を込めて、放り投げる。


 思いを込めて、その身代わりとする。まあ簡単に言えばストレス発散なので、彼女が藁人形を選んだ理由も、動機も、それほど的外れなものでは無い。寧ろ的を得ていると言える。要領が良すぎる程に。


 だから間違えても、そもそも間違え自体は気付いている筈なのに、それに対しては何ら興味が無いのだ。効果など期待していない、ただ思いを晴らせれば、それで良かったのだから。




 僕は彼女を──可愛いだけ、と言っていたが、あれは誤解だったようだ。可愛さ余って、憎さが反転して、そのまま呪いを受けてしまったような少女、に訂正させて頂きたい。


「ねえ──私、死ぬのかしら?」


 教室で怯えていた彼女はどこへやら。首を傾げて表情も無くそんな事を聞く。


「うーん、大丈夫なんじゃないかな」


 見壁は首の包帯を撫でると、短く息を吐いた。少なくとも命が惜しいという部分は、普通の女子高生のようだった。しかし安堵したのも束の間、彼女はすぐに切り替えると、


「どうしてそんなことが言えるの?」


 と、責め立てるように追及する。何でそんなに軽々しく言えるのかと、そんな風に。


「藁人形を作っている時、どんな事を思っていたんだい? まさか『クラスメイト全員が死ねば良いのに』とか、そんな事を考えたりはしていないよ……ね?」


 口に出しながら、徐々に自信を失っていった。まさか、いや、そんなことはないだろうと、99%確信があったけど、もし万が一にでも、そんな感じだと少し困ってしまうけど。

 

「していたわよ。当然でしょ?」


 そんな不安を余所に、彼女はキッパリと言い捨てた。見限ったのだ。


「ムシャクシャしてたから、出来るだけ効き目がありそうな感じで、何となく頑張って真剣に作ったんだもの。その為に髪だって切ったんだから」


 頑張る方向を完全に間違えている。もし彼女が正しく制作していたならば、もしかしたら効力を持ったのかもしれないと思うと、やっぱり失敗作でも良かったと、胸を撫で下ろした。


 包み隠さない、これが本来の彼女なのだろうが、僕はその事を何度か心中で非難もしたが、彼女場合は包み隠して正解だ。やはり円滑な人間関係とは、妥協と折り合いの上で成り立っているものだと、強く思う。


「あ、ごめん。君はやっぱり死ぬかもしれない」

「言っている事が違うじゃない。そういう男は嫌われるわよ」

「苦しめば良いとか、何か不幸とか訪れればとか、そんな可愛い感じの思いならまだ良かったんだけど、死んで欲しいとなると話しは変わってくるよね」

「考えるだけなら別に良いと思ったの。バチが当たる訳でもないし。いえ──罰が当たったのね」

「そうそう。君は言うなれば──自らの首を締めた、という事になるかな」

「上手くないし面白くもない。笑えない、不謹慎なジョークね。人の命が掛かってるのよ? もっと真剣になってくれないと困るわ」


 人の命は掛けたくせに、自分の命が掛かっていると僕を責める。なるほど、これは本当に救いようがないな。


 しかしながら、彼女が言っている事は正しい。いや僕のジョークが面白くないという部分は別にして──命が掛かっている、という状況になってしまった。


 あの紛い物の藁人形に込められた想いは──死。


 髪の毛は彼女のもの。釘のサイズは間違えている。そして極め付けに、逆さで吊るされてしまっていた。


 呪いは返り、彼女の命を脅かす存在へと反転したのだ。彼女のクラスメイトに対する思いが、そっくりそのまま彼女を襲っているという事になる。総勢32体分の──呪いが彼女に降り注ぐ。


「それにしても、どうしてこんな事になってしまったのかしら」

「いやーまあ、うん」


 お前のせいだよ、とは言わない。


「たかがおまじないをしたくらいで、そもそも存在さえ疑わしいお化けが現れるなんて」


 そこは確かに疑問点ではある。呪いの具現化というものは、それこそ、そうそう起きるものではない。強い恨みとか正しい手順とか、そんなものだけでは出現するものではないのだ。


 状況、道具、経緯、そして偶然。全てが重なって尚、発現する事は稀だ。


「悪いものってのは、気紛れだから、そこは何とも言えないな」


 敢えて理由をこじ付けるのなら、それはやはりたまたまだったと、運が悪かったのだとそんな風にも片付けられるが、彼女の場合、それ相応の理由があるように思えてならない。


 たかがおまじない、されどおまじない。


 クラスメイトを『死んで欲しい』と呪うだけの理由、呪われてしまった理由。


「まあ別にそんな事はどうでも良いさ。現れたらその都度対処すれば良い」


 とはいえ、これは確かに専門分野ではあるけど、僕は別にお祓いが得意な訳じゃない。やって出来無い事はないだろうけど、どちらかと言えば僕は祓うより、超常の現象については──口説き落としたい派なのだ。そんな観点から見れば、呪いなどの実態があやふやなものに関しては本当に骨折り損のくたびれ儲け。一銭の得にもなりはしないし出来ればやりたくない。


 しかしクラスメイトが困っているので仕方が無い。


「私はそれも疑わしいけど。貴方にそんな事が──本当に出来るのか」

「出来なければ、僕はこうして生きていないよ」


 見壁は小さくも、確かに鼻で笑った。


「私は多々里君の、そういうところ──嫌い──飄々としてて──のらりくらりとしてて──そんなとこが一々癪に触るの。だからやめてくれないかしら?」


 他人からはっきりと、嫌いと言われたのは生まれて初めてかもしれない。


「君は本当に助けてもらう立場かい?」

「私は死ぬような事をした覚えはないの。身に降りかかる身に覚えのない災難に苛ついて──だからちょっとした八つ当たりしちゃった。ごめんね?」


 謝罪の言葉を口にするが、表情は皆無だった。


「そんなんだから呪われるんじゃないかなー」

「そう……じゃあ、助けては貰えないのね……」


 俯いて彼女言う。最早完全に自分は被害者だと、そんな感じで。


 まあ実際そうなんだけど。


 適当に作った藁人形が本当に効くなんて、まともな人生を送っているなら、まさか夢にも思わないだろう。つまり彼女は完全に被害者であり、本当に身に覚えない災厄に憑かれている、という事になるけど、


「いやいや、クラスメイトが死んじゃうんだから、勿論助けるよ」


 原因は彼女にあるけど、それでも、流石に放置する訳にもいかないので。


 パッと、彼女は顔を上げて微笑んだ。


「そうよね。困ってるクラスメイトを助けるのは当然の事よね」

「うん」


 何だろう。このモヤモヤとした気持ち。


 それこそ藁人形があったら──打ち込みたいような、そんな気持ちでした。

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