第4話 千頭流
もう4話か……。
数字の4、というのは不吉の象徴とは有名な話である。『死』を連想させるから、というだけで忌み嫌われているのだから可哀想に思えるのだけど、こういうものは案外ばかにならない事も、僕は知っていた。
対して、7という数字は幸運である。ラッキーセブンだし、日本では七福神、虹を七色と表したりと、とにかく4とは正反対の数字だ。しかし、七つの大罪という言葉もあるので一概に幸運ばかりと言うことは出来ない。
他にも、9は『苦』『四十九日』であるし、13は『13日の金曜日』『13番目の裏切り者』とか、666は『悪魔の数字』とか、そもそも6は『無』を連想させるとか、世界各国津々浦々を見渡せば、忌数というものは数多い。
つまり僕が言いたい事、それは──何でもかんでも気の持ちようでどうにでもなるという事である。
見壁千頭流という少女は、確かに可愛い。しかし──それだけだ。
「沢山話して喉が渇いたな。悪いけど、何か飲み物を貰えるかい?」
好きな食べ物や好きな芸能人や誕生日やら血液型やら、色々聞いた気がするが、もう覚えていない上に、話のネタももう尽きた。なのでさっさとこの騒動を解決して、彼女との関係を断ち切るべく、僕は飲み物を要求した。
この家に、少なくとも今は何も居ない。それならば探す必要があるのだろう。
先程一つだけ気になったあの──クローゼット。中には何が入っているのか。しかしそれはあまりにもデリカシーが無いので、彼女が居ない隙にさっさと調べてみようという魂胆である。決して下着を拝借してやろうとか、そんな気持ちは無いよ。
「あ、ごめんね。気が利かなくて」
「いやいや、全然大丈夫」
見壁は膝に手を付くと立ち上がり、居た堪れないという感じで言った。
「……一応、言っておきたいんだけど、クローゼットとか、勝手に開けちゃダメだよ?」
そうして部屋を出ていく際、彼女は一言付け加える。
「──絶対に」
「うん。分かってるよ」
バタンと、扉が閉まった。足音が遠のいて行った──ので僕も同じように立ち上がる。
よし、調べよう。
最早『勝手に開けて下さい』という気持ちの裏返しとも取れる捨て台詞を残してくれたので、気兼ねなく調査出来る。それどころか許可を貰ったような気さえしていた。
免罪符を得て無敵の人となった僕は立ち上がると、一直線にクローゼットへ向かい、勢い良く戸を開ける。
「……おー」
開けてから、少し硬直してしまった。これは──まずい。多分見てはいけないものを見てしまったと、やってしまったと、少しの後悔があったかもしれない。しかしながら、僕の直感は正しかった。正しかったのだけど、これならばまだお化けがひょっこり顔を出していた方が遥かにマシだったかもしれない。
これは駄目だ。少なくとも、女子高生がやっていけない。
誰でも駄目だ。少なくとも、まとも神経では無いだろう。
そこにあったのは私服とか、下着とか、隠された趣味とかでは無かった。そうあって欲しいという期待もあったけど、これで良かったのだとも思えたけど──これは、あまりに。
「さて、どうするか」
凡そ2、30体程の──
首、手足を括っているのは黒い糸──手に取って見てみると──それは髪の毛、艶のある長い黒髪だった。
1、2、3、4──いや──正確な数は32体だ、一々数えなくとも見れば分かるじゃないか。
全てに、写真が貼り付けられていたから。人の写真、顔写真──額の部分には釘が打ち付けられている。
そしてそれは、どれもが見覚えのある顔ぶれ──クラスメイトの写真だった。恐らくいつだったか撮影した集合写真だろう。無理矢理拡大したのか、ぼやけてはいるが、個人の顔が判別出来ない程では無い。
勿論僕の写真が貼り付いた人形もそこにはあった。しかしそれは恐らく、多分、僕だろうと言えるもので、何故だか他の人形には釘が一本しか刺さっていないというのに、僕の顔だけはメタメタに貫かれていて、4、5本の釘がささっていたので──そっと目を逸らしておいた。
それが全て逆さに吊るされて、揺らいでいる。
総勢33人のクラスから彼女──見壁千頭流を抜いた32体の藁人形が。
「あー、見つかっちゃった──開けないでって──言ったのにね」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、見壁が扉を少し開けた隙間から、黒い切れ長の瞳が覗いていた。
微笑んで、ゆっくりと、扉を開いて。こちらを見ていたのだ。
「藁人形を作るのは初めてかい?」
そう聞くと、見壁は扉を足で開き、手に持っていた二つのペットボトルをテーブルに置く。
「ええ、初めてだよ?」
こんなものを見られたにしては──随分落ち着いているように見える。やっぱり、開けて欲しかったのだろうか。
「それにしちゃ上手いな。切り口も綺麗で整っているし、大きさも丁度良い。素人が作ったとは思えない出来栄えだよ」
そう──見栄えだけは良い。が、これは失敗作だ。完璧に完全に間違えている。素人が作った、素人らしい間違えを犯した、出来の良い藁人形の──紛い物。
「でしょ? 結構頑張ったんだ」
褒められて、素直に嬉しい、見壁はそんな顔をしていた。
僕は無意識に息を吐くと、またクローゼットの中へと視線を戻す。
確かに見栄えは良いけれど、なるほど、これなら彼女が呪われているのも納得出来る、と、とりあえずもう充分見たので一旦閉めた。別に恐ろしくなったとかそういう訳ではなく。
改めて、テーブルを挟んで、向かい合って座った。
「一つ分かったよ。君は──馬鹿だね」
「えー、これでも成績良い方なんだけどな」
「いやいや、本当に、救いようが無い程マヌケだ」
僕がそう言うと、彼女の切れ長の瞳が、彼女らしくない瞳が、初めて彼女らしいと思えた。
「どうして貴方にそこまで言われなければならないのかしら」
ほんわか、快活、良い人。そんなイメージはどこへやら。今の見壁はすっと、温度が冷えている。人が変わったように口調も変わっている気さえする。
「客観的に見て、という話しだよ」
「そう……それなら仕方無い。所詮他人の評価だし、気にしない事にする」
見壁は微笑んで言った。
同じクラスになって3ヶ月程、彼女の笑顔は今日を含めて何度も見ているが、そのどれとも、今の表情は違って見えた。しかし、それは別にネガティブなイメージでは無い。
「さて、何故あんなものをとかそんな理由はどうでも良いけど、事実だけを述べるなら。君が何故──呪われてしまったのかは分かった」
「フフ、そうなんだ。やっぱり多々里君に頼んで良かったわ。それで、どうしてなのかしら」
「まず聞きたいんだけど、あの人形を括っている髪の毛は誰のだい?」
「私のよ。人形は髪の毛を使って作るのでしょう?」
「まず一つ目の失敗はそこだ。そもそも髪の毛で括る必要は無い。埋め込むだけで良いんだよ。加えて言うなら、それはあくまで対象の縁のもの使う」
「ふーん、そうなの」
興味も無さそうに、彼女は鼻を鳴らした。
「次に釘の大きさも違う」
「それは分かってる。五寸釘、でしょ? どこにも売って無かったから適当に代用しちゃった」
まあ、そうだろうけども。
「しかも君は余計な事に、逆さに吊るしちゃってるよね。御神木に打ち付けるものだってくらい分かりそうなもんだ」
「丑の刻参りね。頭に蝋燭を灯して、深夜の神社でそんな事出来る訳ないじゃない。私、普通の女子高生なのよ? それに、逆さに吊るした方が不吉な感じがするじゃない?」
「てるてる坊主か何かと勘違いしていないかい?」
チグハグな知識で行き当たりばったり。出来栄えは気にして作ったのだろうが、細かい設定は完全に無視しているところがなんとも言えない。
「それにしても、適当に作ったもんだ」
それは当然の事を言ったつもりだったが、彼女は口を尖らせてそっぽを向いた。
「だって……ただの暇潰しだったし、八つ当たりだったし、ストレス発散の為だし」
彼女は普通の女子高生だと自称したが、どこの世界にクラスメイトに呪いを掛けて、ストレスを解消する普通の女子高生が居るだろうか──いや、それはまさに今、僕の目の前に居るのだけど。
「それに本当に効くとは思わなかった、かな?」
「幽霊とか呪いとか信じてないの。いえ、正しくは──信じていなかった」
「まあ、普通に生きていれば信じる必要も無いけどね」
普通なら──32体の藁人形を作る機会などない。しかも自分の髪の毛を使って。普通なら──クローゼットに逆さに吊るしたりなどしない。藁人形にクラスメイトの顔写真を釘で打ち付けたりなどしない。
「ねえ──私、死ぬのかしら?」
「うーん」
正直言えば、多分──死ぬことは無いと思う。
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