第2話 彼女は呪われている
うっかり自己紹介を忘れていたので、文字数稼ぎも兼ねてそんなことをしようと思う。
僕の名前は
ではなく断言しよう、僕は普通の男子高校生ではない。
怪物を愛するのだからその時点で、飛び抜けた変態だ。
最初に出会ったのは、というか実感したのは7歳か8歳くらいの頃。ある日家に帰ると、両親の姿が消えていた。一緒に住んでいた祖母に『二人はどこへ行ってしまったの?』と尋ねると、返って来たのは、
『ああ……やっと、成仏したんだねぇ』
と、何言ってるのか分からないと思うけど、実際当時の僕も分からなかったけど、そんな答えだった。
諸々を端折って纏めると、
両親は死んでいて、僕は母方の祖母と両親は──いつ死んでしまったのか分からないけど──二人の幽霊に、育てられていたということである。
つまり、超常現象的な英才教育を、知らず知らずの内に施されていたのだ。当時はそれはもう悲しいというか、悲しむ暇もなく、ただただ両親の帰りを待っていたが、1年経たずに、僕は『二人は帰った』のだと納得することにした。
怒られた時とか、よくよく思い出すと家中のモノが吹っ飛んだりしていたので、もっと早くに気が付いても良かった気がするけど。
後々、両親が事故で亡くなったと耳にしたけど二度目の喪失はそれほど悲しくもなく、今思うと子供ながらに、我ながらに凄まじい適応力だと感心するが、それは多分子供だったから出来たことだったんだろう。良くも悪くも幼かったのだ。
それからというもの、実感して納得してしまったのを契機にまるで引き寄せられるように──色々な経験をしてしまった。何度か死にかけた気もするが、今となっては良い思い出である。
非常で超常で──壮絶な悲壮な生い立ちではあるけど、こうして立派に成長して、今では高校2年生。多少倫理観はゆるゆるになってしまったのかもしれないけど、一般的な常識と良識は持ち合わせているので、クラスメイトが困っているというならば、僕は進んで手助けしようと思う。
しかしというべきか、やっぱりというべきか。僕は青春を素直に謳歌出来そうもないし。
「び、びっくりした……相談か……僕はてっきり告白されるものかと」
そんなことは思ってもいないが、ようやく本題に入った彼女──
「ごめんね? でも
「あー」
「実は私……」
彼女は前置いて、するすると、首に巻かれた包帯を外す。本来の彼女なら、その中にはすらりと伸びた美しく、真っ白なうなじ、肌が露出する筈だったんだろうが、今は違う。治療する為ではなく──隠す為に巻かれた包帯の中身は、
首輪のように絡み付いて、今尚離れないような、くっきりとした──手痕。
完璧に誰かが首を絞めましたと、そう主張する傷痕。
細く伸びた5本の指と掌で締め付けられ、鬱血し、充血し、跡を残していた。日常生活ではまずお目に掛かれない、明白な事件性を持った傷跡。痛々しい、目を覆いたくなるように、覆われた包帯の下から絞め痕が覗いた。
それを一目見て、僕は理解した。もし、これが人の手によるものでないとしたら、
恐らく彼女は──というより恐ろしい事に──呪われている。
「……私は、困ってるの」
「あはは、いや見れば分かるよ」
あんまり素っ頓狂に続けるものだから、思わず笑ってしまう。
「幽霊とか、色々詳しいって言ってたでしょ? だから……」
「あー、まあ……そうだね」
僕は別に幽霊が見える事を隠していない。寧ろ公言している。吹聴している。嘯いている。
『君の後ろに、幽霊が見える』
とか、
『お前の後ろだあああ!!』
とか、
『君の背後には守護霊がいるね』
とかをクラスメイトに言いまくっている……今考えると、背後に幽霊という設定を使い過ぎていたかもしれない。反省しよう。
怪談話やスピリチュアル系の話は、女子受けが良い。趣味でタロットなんかを始めたのもそんな理由。友達は多い方が良いし、その方が青春らしい。
とはいえ、誰一人として本気にしている者など居ないが。そもそも本気にしてもらう方が困りものだし。
「でも良いの? いや別に君を助けたくないわけじゃないけど、僕は陰で『霊感商法』とか『エセ霊能者』とか『嘘つき』とか言われているけど」
しかし本気にされていないものだから、陰では散々言われてしまっているのも、また事実であった。
「……知ってたんだ」
気まずそうに見壁は目を逸らしてくれた。その優しさはとても暖かい。
反応を見るに、どうやら彼女は知っていたらしい。その陰口を使っているのか、耳にしたことがある程度なのか、そんなものはどっちでも良かったが、それを知っていて尚、彼女は僕に相談しているという点が重要。
つまり──切羽詰まっている、真剣で神妙でマジなのだ。
「3階のトイレに住んでる花子ちゃんが教えてくれたよ」
冗談半分だけど真実。物知り花子ちゃんは僕に色々と教えてくれる、とても優しい女の子だ。去り際にトイレの水を真っ赤に染め上げる点以外は、半透明である事以外は、全くもって普通の女子である。一度告白をした事もあるが──いや、その話は止めておこう。『生きている人はちょっと……』とフラれてしまった話など、その後もしつこく付き纏って、いよいよ殺されかけた話など、それこそ墓まで持って行きたい。
「そ、そうなんだ……どうしよう……もうあそこ使えない……」
言葉を鵜呑みにして、見壁は声を床に落とす。
どうやら彼女は、霊能を本気で信じているらしい。それは、そういう状況に身を置いているという事に他ならない。
「まあ、こんな僕で良ければ相談に乗るからさ──それ、どうしたの?」
思わず身を乗り出してしまう。目の前で怯える少女が、一体どんなパラノーマルなアクティビティを体験しているのか、いよいよ興味が湧き出て来た。
見壁は胸の辺りで手を組んで、語り出す。
「昨日、寝る前にスマホを弄ってた時……」
恐らく、当時の情景を思い浮かべているであろう彼女は、その指先を微かに震わせていた。
「ふと画面が暗くなって、真っ暗になって、誰かに──首を絞められた」
なるほど。
「それが一瞬だったのか、それとも長い時間だったのか……思い出せないけど、私は確かに首を誰かに絞められたの。声も出せなくて、息も出来なかったけど、人の手だってすぐに分かった……冷たくて、骨張った、人の指だって。それで気が付いたら朝になってた。多分、気を失っちゃったんだと思う」
感触がまだ残っているのだろう。その冷たさは、言葉の震えで感じ取れた。
「両親は家に居なかったし、確かに私は部屋で1人だった筈なのに……信じられないよねこんなこと、私もそう。でも、今は違う──朝、洗面台で鏡を見た瞬間、これが現実だって、本当にあったんだって」
その首元の傷さえ無ければ、きっと彼女は夢だと、幻だと、それで片付けただろう。しかしそうはならなかった。致命的に決定的に残った痕跡が、それを許さなかった。
「まあ、その首を見ればそう思うだろうね」
「多々里君……私、どうしたら良いの?」
潤んだ瞳を下から持ち上げるようにして、彼女はそう締め括る。
「うーん。何か思い当たることはない?」
「思い当たること?」
「例えば──誰かに恨まれてるとか、動物や虫を殺したとか」
こういう場合、大体はそんな感じの理由だ。何も無ければ何も起こらない。
「そんなこと……ない、と思うけど」
ない、ときましたか。
人間、生きてれば恨みを買う事もある。幼少期に遡れば、無意味に小さな命を摘み取った経験もあるだろう。それを無いと答えるとは、余程清廉潔白らしい。まあ人間らしい答えとも言える。
「原因が分からないと、解決しようがないなあ」
だが往々にしていつの時代も、呪われて来たのはこういう人間だ。
「原因が分かれば……解決出来るの?」
「勿論」
「その証拠は?」
「悪魔の証明じゃないけど、超常現象に証拠を求めるとは」
「それじゃ困るの。私は──だって──死ぬかもしれない」
魅力的な提案だ、とは口に出さないけど。
「お金なら用意する……他のことでも……なんでも、望むならするから」
では死んでもらって幽霊になってもらって僕と交際を──いや、辞めておこう。
「お願いします……私を、どうか助けて下さいっ……」
見壁は深々と頭を下げてそう言った。頭頂部を通り越して、後頭部を見せるくらい深々と。これでは告白というより脅迫しているみたいだなと、しみじみ考えてしまう。
「分かった分かった。別に見返りとかいらないから」
なので、ここまで懇願されてしまっては──命くらいなら掛けても良いと、そう思った。例え死んだとしても──別に問題無いだろうと。
「クラスメイトだしね。助けるのは当然だよ」
きっと彼女は恐ろしい体験をしたのだろう。それは文字通り、首が絞まった状況に陥っている。しかし、僕が何よりも恐ろしかったのは──
彼女が語った体験は昨晩の事だ。
昨晩、首を絞められて。今朝、登校している。
昨日と変わらず、今日も変わらず。彼女は何一つ異常を訴える事なく、放課後を迎えた。包帯については色々詮索されていたが、それでも彼女はその全てを誤魔化して、日常を送り終えたのだ。
確かに内容は誰にも相談出来ない事だろうが、それでも欠片程も感情を滲ませる事なく、彼女は彼女のままで今日も在り続けていた。事を荒立てたくないという聖人めいた考えによるものか、それとも──見壁が異常なのか。怯えて震えている──今見えている彼女が、偽物なのか。
どちらにせよ僕は彼女に、恐ろしくも、少し興味を持ち始めていた。
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