怪物しか愛せない彼とそんな彼に愛されたい彼女
咲井ひろ
第一部 多々里憩
第一章 呪いの藁人形──見壁千頭流
第1話 クラスのマドンナ
僕の恋愛対象は──怪物である。
これは、タイトルやあらすじで明言している通りであり、しかしながら何故そうなったのか、これといった理由は正直僕にも分からないので、そういう人間なのだと納得してもらう他ない。そうは言っても、触手などがウニョウニョしている人外ではなく、あくまでやっぱり人型のものに限るけど。加えて言うと、以前──狼少女と交際経験があるけど、満月の日にどえらい事になったので、狼人間もこの対象から省く事にする。
プロローグも無しに理解して貰おうとは無理な話だと思うけど、これらを念頭に置いた上で、僕の話を聞いて頂ければ幸いである。
7月末日。終業式を終えて、明日からは待ちに待った夏休み。そんな日の放課後、誰も居なくなった教室に僕達は居た──というのは建前で、
特に用事も無いのに、早く帰りたいのに、呼び出されてしまったので仕方無く、こんな時間まで僕は教室で立ち往生している。
呼び出しなど無視して、愛しの我が家に帰還するというのも考えなかった訳では無いけど、それは出来なかった。
夕暮れ差し込む窓を背負って立つ彼女と、その後光に目を細める。
清掃後、規則正しく整頓され、並べられた机の合間を縫って、向かい合って立ち尽くす。
「あのね……その……」
いや本当に──もうかれこれ数分程言い淀む彼女のせいで、僕はずっと立ち尽くしていた。
皆さんの学校に、マドンナと呼ばれる存在は居るだろうか。いや、現実的に考えてそんなものは存在しないだろう。あったとして『あのクラスのあの子が可愛い』とか『あの綺麗な先輩』とかその程度。
言うなれば、彼女はその一人。
放課後に呼び出したくせに、未だ決心を鈍らせる彼女──
緩い校則の中、綺麗でさっぱり過ぎる程揃えられた、長く煌びやかで艶のある黒髪と、着崩しの無い制服。
ほんわかとした印象と雰囲気──とは少し似合わぬ切れ長の瞳、すっと通る鼻筋とか白い肌とかモデルを思わせる小顔とかとかとか、まあ──ウチのクラスの可愛い美少女、ウチの学校の何人かいるそんな少女の一人だ。
そんな少女から『放課後、教室に誰も居なくなったら来てください!』などという甘酸っぱい一言を、それもクラスメイトの視線を集めるように、割と大声で言い放ってくれた。本当に良い迷惑でござる。
僕は大衆の期待と羨望と嫉妬の視線を一身に背負わされ、断り辛くなってしまったのだ。
もっとも──僕がここへ素直に来てやった理由は、彼女が可愛いからでも何でもない。いや本当に。
「んーっと……え、えーっと、ね?」
少女はもじもじ、もぞもぞと、指先を組んで身を捩っている。
「
「う、うん……あの……えっと……」
堂々巡り、あのえとんとその、そんな言葉を何度も繰り返すレコーダーと化していた。
告白をするならさっさとして欲しい。録画したドラマが家でお待ちかねだし、読みたい本も沢山あるし、何よりもう足が痺れているし、いい加減、僕も痺れを切らしそうだった。
「そんなに言いにくいなら明日でも」
「駄目。今日じゃなきゃ駄目。先延ばしにしたくないから」
伏せられがちだった視線が、切れ長の瞳が突き刺さる。オドオドした態度から一転、見壁は強く、食い気味に提案を拒絶して来た。その気概があるのならば、思いを口にする程度など簡単に思えるのだが。
しかしだとすれば恐らく──別の理由なのだろう。そしてそれは、恐らく僕が素直にのこのこやって来た理由でもある。
見壁は深く息を吸うと、吐き出した空気と一緒に、理由を吐いた。
「相談したいことがあるの……貴方だけにしか、話せそうにない相談」
そう言って見壁は、自分の首を撫でる。痛々しく、致命的な場所に巻かれた──白い包帯を。
「なるほど」
やっぱり告白ではなかったらしい。料理中に包丁で切っちゃったとか、体育で擦り剥いたとか、転んだとかでもなく。
日常生活ではまず怪我をしないような急所。血管が集約し、絞めれば酸素が枯渇する。命に関わる──というより殆ど命にしか関わらないような、そんな場所に巻かれた包帯。治療の跡、隠し。
そんな箇所にそんなものを巻き付けて、登校して来た少女。これから語られるであろう相談に、僕は──不謹慎にも、少し胸が躍っていた。
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