第2話 きっと、どこかに…
真っ青だった夏空が真っ赤な夕焼けに染められた夕方、健太郎とみゆきの2人は、マンションのベランダに、スーパーで買ってきたプラスチックの皿を置き、その上に迎え火用の焚き木である「おがら」を並べた。
その隣には、田舎のお盆でも飾っていた、きゅうりで作った馬と、茄子で作った牛を置いた。
「こうして色々用意すると、お盆だなあって気分になるな」
「そうでしょ?さ、健太郎さん、そろそろ暗くなってきたし、おがらに火を付けてくれる?」
みゆきに促されると、健太郎は、神妙な顔つきで、並べられたおがらにそっと火を灯した。
火はあっという間に燃え広がり、小さな炎がパチパチと音を立てながら上方へと広がっていった。
「さすがに実家でやるように派手にはできないけど、こうして迎え火が出来るだけでも、奈緒は喜んでくれるかな?」
「うん、奈緒ちゃん、きっと喜んでるよ。自分を迎えてくれる場所があるんだなあってね」
燃え盛る炎を見届けながら、みゆきは頬杖をついてうっとりとした表情を浮かべた。
「中川では、きっとコンビニ店長の金子さんが迎え火、焚いてるんだろうな」
「そうね。中川では金子さんのお店ぐらいだもんね。奈緒ちゃんの居場所は」
「かわいそうだよな……せめて彼女の実家が残っていれば、彼女にも帰れる場所があったのに」
健太郎は、炎に手をかざし、迎え火に照らされたみゆきの横顔を覗きながら話すと、そこには、いつものクールでつけ入る隙のない表情ではなく、どことなく穏やかな笑みを浮かべたみゆきがいた。
健太郎は、二人で身体を重ねている時に突然奈緒について聞いてきたり、突然、迎え火を焚こうと言いだしたり、さんざん振り回されているように感じていたが、何がみゆきをそうさせるのか、その理由を知りたかった。
「みゆき、何で急に、奈緒のために送り火を焚こうと思ったんだい?」
「何と言えば良いのかな?奈緒ちゃん、まだすぐ近くにいるような気がするんだよね。時々、彼女が私に向かって『ねえみゆきちゃん、遊びに行こうよ♪』って言ってるのが聞こえてるような気がするんだ」
「みゆき、何だかお前らしくないな。妄想だなんて」
「確かに妄想かもしれないし、空耳かもしれない。でも、遠い世界、いや、ひょっとしたらこの世のどこかに彼女がいて、私たちをそっと陰から見守ってるのかもしれないってね」
健太郎は、みゆきの肩に手を回すと、みゆきは何も言わず、身を預けるように健太郎にもたれかかった。
「それに、俺が奈緒に対する気持ちが残ってるって、どうして分かったの?」
「だって、今でも奈緒ちゃんからもらったハンカチ、大事に使ってるんだもの。私がプレゼントしたハンカチは、全然使ってないじゃん」
「ま、まあ……な」
健太郎は、奈緒と最後の別れの時、キスマークだらけになった顔を拭くためにと奈緒からハンカチを手渡された。
そのハンカチが、奈緒からのたった一つの形見であり、健太郎は結婚後もずっと愛着を持って使い続けていた。
「でも、いいんだよ。奈緒ちゃんは私の大親友だから。その奈緒ちゃんを誰よりも想っい、あのお母さんにも臆せず奈緒ちゃんの気持ちを代弁して、そして奈緒ちゃんが生前に出来なかったことを全て叶えてくれたのが健太郎さんだから。そんな姿に、私も惚れこんだわけだし」
そういうと、みゆきは健太郎の手を握った。
「でもさ、みゆきも奈緒のお母さんによく直談判できたよな。あれだけ自分の考えを曲げない相手に、よくやったよ」
すると、みゆきは大笑いしながら、「まあね」と一言だけ言った。
「あの時、俺はお母さんに色々言ったけど、俺が言っただけじゃ、気持ちが変わらなかったと思う」
健太郎は、下を向きながら呟いた。
すると、みゆきは健太郎の手を強く握りしめ、寄り添いながら話した。
「ううん、お母さんなりに、健太郎さんから言われた言葉を噛みしめていたと思うよ。私は、そこに『トドメ』をさした位かな?」
「と、トドメ!?」
「あれだけ頑固なんだから、頭でわかっていても簡単には認めないだろうなとは思ってたからね」
迎え火はおがらを全て燃やし尽くし、次第に勢いを失っていった。
そして、折から吹きだした南風に煽られ、まるで線香花火のように火花を上げて小さく燃えるだけになっていた。
「終わりだね。奈緒は、迎え火を見て、この場所に来てくれたのかな?」
「どうなんだろうね?今頃、マンションの目の前に立っていたりしてね」
「見に行こうか?」
「うん」
健太郎とみゆきは、手を繋いでマンションの外へと歩き出した。
駐車場や新聞受け、近くのコンビニエンスストア……奈緒が出てきそうな場所を予想しながら歩き回ったが、結局その姿を見ることはできなかった。
「やっぱり、いないか」
すっかり諦め顔の健太郎がその時、何かを思い立ったかのようにポケットの中を探り始めた。
「どうしたの?」
「スマートフォン探してるんだ。奈緒の携帯電話の番号、まだ登録しているはずだから」
「え?それって、今も使えるの?」
「やれるだけ、やってみる。以前、奈緒がお盆にこの世に降りてきた時は、携帯電話で連絡を取っていたからさ」
健太郎の言葉に、みゆきはちょっと訝しげな表情を浮かべていたが、健太郎は構わずスマートフォンに登録した奈緒の電話番号を探し出すと、早速連絡を取った。
「……」
「どうしたの?奈緒ちゃんと繋がったの?」
「ううん、ダメだ。『この番号は、現在使われておりません』だってさ」
健太郎は、がっくりと肩を落とした。
みゆきは落ち込む健太郎を見て、やれやれ、と言いたげな表情を見せつつも、肩を軽く手で叩いて励ました。
「とりあえず、奈緒ちゃんはこの世のどこかに降りてきている、と信じて。私たちは帰ろうか」
「ああ……」
健太郎とみゆきは、手を繋いでマンションへと戻った。
近くの公園で、小さい子どもが両親と一緒に花火を楽しんでいた。
打ち上げ花火は近所から苦情が来るからなのか、花火セットの中から手持ち花火だけを取り出している様子だった。
「ママ~!青い火花!赤い火花!カッコいい!」
小さな女の子が、浴衣を着て嬉しそうに両親に花火を見せていた。
「あの子、楽しそうだね、ちょっと近くで見てみたいな」
みゆきはそう言うや否や、小さな子に近づき、話しかけていた。
「きれいな花火ね、お姉さんにも見・せ・て」
すると、女の子は得意げな表情で、手持ちの花火から噴き出すシャンパンゴールドのしぶきのような花火をみゆきに見せてくれた。
「わあ!すっごくきれいだね。見せてくれてどうもありがとう」
みゆきはにこやかに手を振ると、そそくさと健太郎の元へと駆け足で戻ってきた。
「ねえ、私たちも子どもが出来たら、あんな風に一緒に花火やりたいよね」
「いや、あんな慎ましくやっていたら子どもがつまらないと思うよ。実家に連れてって、気兼ねなく打ち上げ花火をガンガンやらせてあげたいな」
「うーん、この次の夏、果たして帰れるかしらね?早く収まってほしいけど……とりあえず、家に帰って、また子作りがんばるか!来年の夏、お互いの両親に見せられるように、ね」
そういうと、みゆきは大きく背伸びをした後、健太郎の二歩、三歩先を歩き始めた。
その時、はるか彼方の空に、明るい光を帯びた星がまっすぐと流れ落ちて行くのが、健太郎の目からも確認できた。
「あれ?流れ星かな?すごく綺麗だね」
「そうだね。この辺りは星がほとんど見えない場所なのに…ね」
流れ星は、田舎の中川に居た頃は何度も見かけたが、星がほとんど見えない都会で、こんな明るい等級の流れ星を見たのは、初めての事であった。
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