第5話 物事の価値

『等価交換』とは、とても便利な言葉だ。

とても便利なのだが、使い方を誤るととんでもないことになる。


時価や相場で貨幣価値に換算できるものは分かり易い。

では、貨幣価値に換算できないものはどうしたらよいだろうか。

信頼関係を構築するのにかかった労力であったり、ヒトの感情であったり。

ヒトが絡むと途端に難しくなり、何かの単位で計算することができなくなる。


例えばプレゼント。

贈り物をされた時にお返しするのは、そのものの価値(価格)と同等の品を贈るのが通例で、そこに関しては等価交換になる。

だが、贈り物に乗せられた『贈り主の気持ち』は加算されていない。

加算しようがないからだ。

加算できるとしたら、その場限りの取って付けた感謝の言葉ではなく、その後の『誠意』に尽きると思っている。


例えば値引き交渉。

価格は理由があってプライス表示されている。(ぼったくりは除外)

その価格を安易に値引かせるということは、そのモノやそこに行き着くまでの価値を過小評価しているということではないだろうか。


最近よく見かける光景で、上部だけでモノの価値を推し量ろうする傾向が、あまりにも強い気がしてならない。

見えない部分にある真価を視る力が衰えると、無用に他人を攻撃したり、自己中心的な言動に気付けなくなる。



コロナ禍でマスクがどの店頭からも姿を消した頃。

別件でたまたま立ち寄ったドラッグストアで、たまたま入荷直後のマスクを店員さんが棚へ陳列している最中だったことがあった。

マスクが底をつきる寸前だったので、早足に売り場へ行ったが、箱入りマスクはなく、袋に4枚入りのマスクだけになっていた。

後方にいた女性の団体が人数分の箱マスクを持っていて、それを「私たちは残りで分け合えるので」と言って二箱譲ってくれたのだ。

次はいつマスクが手に入るか分からない状況下で、見ず知らずの他人に譲れる気持ちの大きさ。

緊急事態宣言解除を目前に、子供の通学時にさせるマスクの目処がたっていなかった私には、大袈裟ではなく天から降りてきた糸に見えた。


私の住む地域では、店頭にマスクが並んでいないことはなくなった。

寧ろ山積みになって売られているのを目にするくらいだ。


少し前に、店頭から消えた色々な商品が、今は買いにいけば直ぐに手に入るようになった。

どうせいずれ使う消耗品ばかりなので、普段のストック分を2倍にしている。

もしまた店頭から品物が消えた時。

見ず知らずの人から受けた優しさを、相手に直接お返しすることは難しい。

なので、いつか身近な誰かに返したいと思っている。


例えそれが見ず知らずの人であっても、人は何処で繋がっているか分からないのだから。

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