***


ベロニカ。やっと出会えた。


夢に描いた通りの、それ以上の女の子が、ひとりぼっちでそこにいて、僕は心臓が止まるかと思った。

ひどくさみしそうで、すぐにわかった。僕を待っていたんだって。

僕らが出会うのは運命だったんだって。

ちいさな手はあたたかくて、涙が出そうになった。


ベロニカが急に泣き出したのには困ってしまった。車の中でも泣いていて、でも家に着く少し前に眠ってくれた。抱きかかえて部屋に運ぼうとしたらまた泣いて、泣き疲れたら眠って、起きたらまた泣いて。

何がつらいのか、僕にはわからない。かわいそうなベロニカ。また起き出してボロボロと涙をこぼすから、歌をうたってあげた。古い歌。曲名は忘れてしまった。


さっき、やっとまた寝ついてくれた。寝顔はまさに天使だ。それを見れば、すこし手を焼かされるくらいなんでもない。


***


結局、昨夜は夜通し泣いていたけど、今朝からはベロニカも落ち着いたみたいだ。

朝ごはんはトーストと牛乳、昼はインスタントラーメン、夜はコンビニ弁当を出したけど、どれもあまり食べなかった。ちいさいからだではそれくらいしか食べなくても平気なのかもしれない。


***


一日中、ベロニカをながめている。

やわらかそうなこぶりの耳、産毛の生えた丸い頬。ずっと見ていても飽きない。やっぱり、この子は天使なんだ。

でも、ベロニカは汗をかくし、においもしてきた。ヒトの姿を借りた天使だからしょうがない。今日はお風呂に入れてあげた。

服の替えがないから、明日ベロニカの服を買いに行く。


***


ベロニカにすごく似合いそうな、水色のワンピースを買った。真っ白の丸襟がついていてとてもかわいい。

初めて知ったけど、子供服は思っていたよりも何倍も高かった。でもどうしてもこのワンピースを着せたかったから、他の服は安物のティーシャツやスカートになってしまった。

家に帰ってすぐにベロニカにワンピースを着せた。やっぱりすごく似合っていた。

ベロニカのために貯金をする。


***


ベロニカはとてもいい子だ。

僕が仕事に行っている間はひとりでお留守番をしていてくれる。だから、家に帰ったらまず最初にそのやわらかい髪をなでる。さらさらの髪はあまりにも細いから、指を通すとまるで液体のようにも感じる。その手触りが僕は大好きだ。

ベロニカは、髪を撫でられている間、じっと動かずに僕を見上げる。


僕にはベロニカだけ。ベロニカには僕だけ。


***


今日は休みだった。

ベロニカのことを今日もじっと見つめていると、ベロニカがとてもかなしそうな目をしていることに気付いた。

それは、ベロニカがひとりぼっちだったからだろう。

ベロニカと僕は似ている。僕もずっとひとりぼっちで、みじめだった。

でも今は、ベロニカがいる。僕らが一緒にいるのはとても正しいことだと感じる。

馴れ合ったり慰めあったり、付き合ったり別れたり、そういうバカなやつらとは僕らはちがう。

かなしみを抱えたひとりぼっち同士で、一緒にいるから僕らは美しいんだ。


***


嫌なテレビを見てしまった。

なぜ世間は歳の差があるとすぐに犯罪と言いたがるんだろう。

そりゃあ、無理やりとか、嫌がってるのにとかはダメだけど、僕とベロニカは運命の相手で、ベロニカは僕のことを嫌っていない。僕のいうことを聞いてくれるし、それに僕はベロニカに変なことはしてない。

だから僕はそういうのとは絶対にちがう。そういうのとは根本的にちがう、僕らみたいに美しい関係もあるのに、全部一緒くたにして悪く言うような風潮にはうんざりだ。

ベロニカの寝顔を見てせっかくいい気分だったのに台無しになった。最悪だ。


***


交番にベロニカの写真が貼られていた。

ここにはもういられない。別のところへ行く。


***


海の近い町へと越してきた。

僕にもベロニカにも、縁もゆかりもない土地だ。だから選んだ。ベロニカがいれば、他には何もいらない。


ローカル線の車窓から海が見えてきた時はワクワクした。日差しを受けて水面はきらきらして、遠くで空と混じりあっていた。

ベロニカにも見せてあげようと膝に乗せてあげた。僕が買ってあげたワンピースが、ちょうど空と海と同じ色だった。


ここで僕らの本当の人生が始まる。


***


日雇いの仕事についた。急に引っ越すことになってしまってお金がないから、週六で働かなければならない。

仕事に出ている間はベロニカに会えないし、ずっとこのボロアパートに閉じ込めておくのもかわいそうだ。


ごめんね、ベロニカ。でも僕はベロニカのために頑張って働くよ。


***


日曜はやっとベロニカと一緒にいられる。

ああ、ベロニカ、ベロニカ、ベロニカ。僕の天使!

髪が伸びてきたのでふたつに結んであげた。とっても可愛かった。


最近、また夜になるとベロニカがぐずるようになった。そんな時は、僕はどうしてあげればいいかわからない。


肌寒くなってきたから、またベロニカの服を買わなくちゃ。少しだけ貯金している。前にあのワンピースを買ったのと同じ店がこの町にもあるだろうか?


***


今日は雨だった。一段と寒い。

海に雨が降り注ぐさあさあという音は、妙に物悲しい。そのことを、海辺に住み始めて初めて知った。


近頃、ふとしたときに得体の知れない不安に襲われる。

ベロニカがいてくれれば他に何もいらないはずなのに。


***


あたたかくなってきたので、明日は休みだし、衣替えをしようと思う。

久々にベロニカに僕が最初に買ってあげた、あのワンピースを着せよう。


***


ダメだ、ダメだダメだダメだ!

ベロニカは天使なのに。ずっとそのままでいなきゃダメなのに。


お願い、大きくならないで。


神様、なんでもします。他にはなにもいらない。僕のベロニカを奪わないで。


***


本当は全部わかってた。ごめんなさい。

でも僕にはベロニカが必要なんです。

ごめんなさい。


***


死ぬことにした。

だって、僕はベロニカを殺せないから。それに、死んだベロニカが腐っていくなんて、考えたくもない。

今のベロニカと永遠に一緒にいるには、そうするしかないんだ。

本当は怖いけど、僕には天使がついているんだから。天国に連れて行ってくれるよね。


ベロニカ、ずっと僕の天使。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みずいろ ナツメ @frogfrogfrosch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ