第四話 向こう側に在る、少女

 私は跳ね起きて、端末を耳に強く押し当てた。


「はい、祥子です」

「おねえちゃんでよかった、のかな? 私、アトウ」

「もしかして、さっきの……」

「そう。番号教えてもらったから。迷惑だったらごめんなさい」


 電話の向こうで、申し訳なさそうにする雰囲気が伝わり、私は全力で首を横に振る。


「そんな、大丈夫だよ! ごめんね、ありがとう」

 

 電話の向こうはやはり、あの観覧車の前で出会った少女だった。

 あの時は茫然自失ぼうぜんじしつとしか言いようがない酷い有様だったから記憶がほとんどないのだけど。そうか、番号を伝えていたのか。


「アプリとかインストール出来ればよかったんだけど」

「大丈夫大丈夫。こうしてお話しすることが大事。昔から私、そっちのほうが好きな人間だから。それに……」


 アトウちゃんの声が聴けて嬉しいから。

 感情がたかぶるままに、そんな歯も心もうわついたセリフを言う。

 全くもって、「普段の私」らしくない。そして、「本当の私」そのものだ。

 気持ちが伝わったのだろうか。少女からえへへ、と嬉しそうな笑い声が零れる。

 鈴を転がすような透明感のあるその調べは、未練がましく記憶にすがりつく私を解きほぐす、不思議な力があるように感じられた。


 ——随分長い時間話していたように思える。気が付くと通話は終わっていた。

 途中、急激にまぶたが重くなってきたせいか、何を話したか随分と曖昧あいまいだ。

 ただ、一つ無茶なお願いを彼女にしたのは覚えている。

 それは、今週の土曜日、またあの遊園地で一緒に遊びたい、というものであった。

 答えは保留。年上のお姉さんの急すぎるお願いに戸惑ってはいたが、どうだろうか。

 不思議と上手く行くような気がした私は、ようやく長い一日から解放され、穏やかな眠りへと落ちていく。


 エアコンの羽が打ち鳴らすキィキィという、普段であれば耳障りな音ですら、今の私にとってはいとしさを感じるものだった。

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