EP07 決着

 政治家事務所の前には、既に警察の青いバスやパトカーが集まっていた。うおっ、ドラマで見るみたいな特殊部隊の人までいんじゃん……やばー。

 私たち魔法少女が到着して着陸すると、警官の人たちは私たちに道を開けるような配置について敬礼した。いやー、なんかとてつもなく偉い人になった気分だぜ。

「突入しますか」

 その特殊部隊のいかにもリーダーっぽい人がそう話しかけてきた。え、突入許可私らが出すのか……。まあここで尻込みしてても時間の無駄だからな……さっさと決着つけに行こうぜ。

「私たちは準備できてます。行きましょう」

「了解しました。……総員、突入!」

 その人が無線でそう命令すると、最前列の人たちが玄関の扉を蹴破って中へ乗り込み始めた。すっげー迫力……流石の私もちょっととんでもないことに関わってんだと思うと緊張してくるぜ……。

 その時だった。突然中から爆発音がしたかと思うと、今は言ったばかりの隊員たちが吐き出されるようにして外に弾き飛ばされてきた。かと思えば中から太い木の根のようなものが触手のように這い出てきて、玄関前で暴れ始めた。なんだなんだぁあ???

「大丈夫ですか!?」

 すぐに吹っ飛ばされた人のもとへ駆け寄る。幸い重傷者はいないらしい。……だとしても、だ。

 これが意味するのはつまり、私たち魔法少女しかこの中に入ることはできないってことなんだな。

「警察の人たちはこの変なのが消えてから入ってきてください。先に私たちが中に入ります」

 当然警察の人が一般人、しかも中学生に遅れを取るというのは喜ばしいことではないだろうし、実際リーダー的な人は少しだけ顔をしかめた。それでも現状警察の力じゃ突破できないことは本人も分かっているようで、特に反論はしてこなかった。メンツ潰しちゃって申し訳ねえ。

「よし、じゃあ私隊で行こう。せいらさん、お願い」

 私が言うとせいらさんは力強く頷いた。そして手を前に突き出していつもの赤い布をパンツから出現させ、暴れまわる根っこを押さえつけた。これで押さえておけば私たちが入る隙くらいあんだろ。

 あ、ちなみに関係ないんだけど今日のせいらさんの格好はかなり深くスリットが入ってる極薄の浴衣。でかい乳は薄い生地の中で暴れ放題だしなんなら先っぽがうっすら透けている気さえする。腕を動かすたびにぐわんぐわん動くから思わず触りたくなるわ……。

 一方の水香ちゃんは王道のチャイナドレスで、裾が短いのが普通にかわいい。完全にフラットではない膨らみかけって感じの胸からおなかにかけてのラインが密着性の高いチャイナドレスのおかげで際立っててこれ以上なくえっち……。もうこのままお部屋に飾っときたい……。

 ……ってだめだめそうじゃない。とにかく今は打倒魔法使い。こんな大事な時まで何を考えてるんだまったく。考えるにしても魔法使いを倒してからだ……!!

 赤い布で押さえてるとはいえ、一応敵の追撃を気にしつつ瓦礫をまたいで中に入る。木の根は全部同じ方向から伸びてきていて、せいらさんの布で暴れないよう固定しつつその根を追っていく。そしてとうとう、木の根の発生源と思われる一番奥の部屋に辿り着いた。もうなんか巨大な根っこのせいで壁からドアからばっきばきになっていて部屋と廊下との境目がわっかんねえな……。

 とりあえずはヌタウナギみたいに絡まってる木の根をせいらさんにどかしてもらってこじ開けた隙間から中に入る。

「これは……」

 地獄のような光景を数回見ているとはいえ、この部屋の状態はちょっとやべえって……冷や汗が出てくる。人が死んでるとかそういうことではないけど、とにかく反射的に気持ち悪さを感じる。いわゆる生理的に無理ってやつか……。

 まず、天井から壁から床まで、全部が全部どす黒い紫と青のまだらみたいな模様になっていて、ところどころに赤や黒の塊がこびりついている。それだけでも十分きもいのに、そこにさらに青黒いスライムのような糸がクモの巣のように張り巡らされていて、赤と黒の意味の分からない物体と一緒になって変な音を立てながら蠢いていた。

 さっきの木の根みたいなやつも床から生えていて、その一番根本の部分もさっきのスライムのようなものに塗れていた。どこか腐敗臭もする。なんなんだこの生き地獄みてぇな空間は……。

 正面の壁の一番上にステンドグラスがあり、そこから落ちるカラフルな光がヌメヌメしたそれらに反射して、気持ち悪さに拍車がかかっていた。

「とうとう来たわね」

 ……突然聞こえた声に慌てて顔を上に向ける。頭上、部屋の真ん中の天井付近にスライムが密集していて、その上に一メートルくらいの赤黒い肉塊の球が乗っかっていた。

 かと思えば急に「ヌメヌメ」と鳥肌が立つような音を立てながら、その肉の塊はスライムの糸を伝って下りてきた。

 飲まれるな……相手の雰囲気にのまれたら負ける……!!

「なんだよ、化け物の女王様ってところか」

 下りてきた肉の塊はただの丸い物体ではなくて、その上に人間の上半身がくっついていた。……というか下半身がその肉の塊に変化したと言った方がいいかもしれない。とにかく、この半分肉塊と化した女こそが悪い魔法使いその人であり、スミレの母親にしてラスボスってわけだ。

「ああ、あなたたちからは酷い臭いがするわ。男に媚びる臭い。女としての誇りを捨てる臭い。性欲の臭い」

「うるせえ。あんたの方がよっぽどくせえよ。汚ぇし」

 ……こいつだ。こいつのせいでたくさんの人が死んだんだ……! こいつだけはなんとしてでも絶対に許せねぇ……!!

「今この場であんたをぶっ潰す……!!」

「奇遇ね。私もあなたたちだけは絶対に生かしちゃおけないと思っていたの」

「そうは言っても三対一でしょう。流石に分が悪いのでは?」

 せいらさんも一歩前に出て言い返す。敬語ではあるけれど、喋り方に怒りが感じられる。せいらさん、怒ったら怖そうだもんな。

「そ、そうです。絶対に勝ちますからね!」

 水香ちゃんも熱意は充分なようで、いつもよりも数倍大きい声で宣言した。頑張ったなぁ水香ちゃん、よしよししてあげたい。

 ……でも、それを見ても相手は焦るそぶりを見せない。それどころか口角を上げて花で笑ってきやがった。

「へえ。そんなに言うなら見せてください。あなたがた『魔法少女』とやらの力を」

「言われなくてもやってやらぁあああ!!!」

 煽りだろうがなんだろうが受けて立ってやる!!! 正々堂々、正面突破だ!!!

 空を蹴って一直線に敵本体に突っ込む。今回はステッキがねぇから素手での戦闘だ。さっきスミレと戦って身体はとっくに温まってんだ。舐めてんじゃねえぞ!!!

 ……もちろん、そんなもので倒せるラスボスじゃない。進行方向の床がボロボロとひび割れて、突き出してきた無数の触手が行く手を阻んできやがる。

「邪魔だあああああああ!!!!」

 根っこを順番に一つずつ蹴散らしていく……けど、次から次へと飛び出してきりがねぇ。おまけに例の変なスライムが殴るたびに拳にくっついてきやがるし……クソ! 邪魔してくんじゃねぇええ!!

「ちっくしょうが!!!!」

 このまま根っこばかり殴り続けても埒が明かないので、一旦二人のもとへ退く。すると根っこはするすると床に戻っていって、後に残ったのは魔法使いだけだった。

 用意してなくっても攻撃に対応できるってか……舐め腐りやがって……!!!

「それならば、これはどうでしょう」

 今度はせいらさんが赤い布を突っ込ませる。再び床から根っこが現れて布の行く手を阻む。……でもそれは私の攻撃の時にせいらさんも見てたはず。つまりせいらさんはそれを分かった上で突っ込ませたってことだ。

 赤い布は一瞬その場でとぐろを巻くように力をため込むと、バネのように弾けて次々に触手に絡みついた。せいらさんは触手をすべて封じて防御できないようにしようとしてるんだな!

「よし、これで……」

 やっと攻撃できる……そう思ったのも束の間。いつの間にか捕らえたはずの触手が復活してるじゃねぇか!?? でも確実にさっき全部布で捕らえたはず……なのになんで……。

「あ! せいらの布が溶かされてるロ!!」

 水香の腕に抱かれているロー太が叫んだ。確かに、触手に巻き付いていたはずの赤い布がちょん切れた形になってる。というか、水で濡れたトイレットペーパーみたいに千切れたところがふにゃふにゃになっていた。ロー太の言う通り溶かされたってことか……。

「触手を封じるのも無理というわけね」

 突破口が塞がれたからせいらさんも苦い顔をする。やっぱラスボス、一筋縄ではいかねぇな……。

「あ! もしかしたら心を読んだら弱点が分かるかも!!」

 水香ちゃんが大きな声で叫ぶ。確かにその手はあるな。今までは化け物の性癖を読み取ることだけに使ってたけど、能力自体は「思考を読み取る」ことなのだから相手の弱点だって見ることができるかもしれない。

 水香ちゃんがじーっと相手の顔を見つめる。……けど、すぐに頭をおさえてその場にしゃがみこんだ。

「うぅっ……」

「ど、どうした水香ちゃん!」

「あ、あの人の中、『憎い』しかない……憎い憎い憎いって、そればっかりが頭に流れ込んでくる……」

 絞り出すような声で、水香ちゃんはそう言った。

 憎い、か。あの不敵な笑みは憎いあまりもう笑うしかねぇとか、そういうことか。何がそんなに憎いんだか知らねぇが、私はあんたが一番憎いんだよ……!!!

「あら、もう尽きたのかしら」

 魔法使いは余裕、とでも言うように高らかに笑う。むかつくけど、現に私たちはあいつに手出しできない。拳を血が出るほど握りしめながら睨むしか、今の私にはできなかった。

「それじゃあ、今度はこっちからいくわよ?」

 堂々と攻撃する宣言してきやがった。宣言されれば多少はこっちも用意ができる。どこから来る? 魔法か? 根っこか?

「わっ、こいつか!!」

 とんできたのはパンチでもキックでも根っこでもなく、例の紫色のスライムだった。避けようとはしたけど床にもスライムがまき散らされていて、足が滑って初動が遅れた。

「うわっぷ!!」

 頭からかぶって全身に絡みつく。頭は普通にべとべとになって、胴体はまるで水風船みたいな形でスライムが包み込んでいて身動きが取れなくなっていた。

「気持ち悪ぃなこれ……」

「この液体に何の効果があるのかしら」

「うわぁぁ、お洋服溶けてきちゃったよぉぉおお??」

「へ!??」

 水香ちゃんの言う通り、スライムに飲み込まれた部分の服が塩か砂糖みたいにスライムの中に溶けだし、みるみる薄くなってきた。

「服を溶かすスライムって、エロ同人かよ……」

 性欲を撲滅するんじゃなかったのかこいつは。なんでわざわざこんなことをしてきやがる……ヤツの狙いはなんだ……!!

「服が溶けるくらいならばまだ問題ないけれど、動けないのが厄介ね」

 せいらさんはそれでも無理矢理動こうとする。元々薄い浴衣姿だったのがさらに溶けて薄くなってるから、もはや完全におっぱいが透けて見えてる。パイちらとかじゃなくパイモロ。動くたびにブルンブルンと大きな胸が揺れて、濡れてるのも相まってすごくえっちすぎる……。

「うぇぇ、気持ち悪いよお」

 一方の水香ちゃんも段々とチャイナドレスが溶けてきて、ところどころ穴が開いたり透けてきたりしている。典型的な幼女体形がさっきにも増して浮き出ていて、無防備なおなかは今にでも撫でまわしたくなる……。なんなら舐めたい……。

 ……おっと、また変態モードに入ってしまっていた。今はマジでそれどころじゃない。

「クソ!! ここから出せ!!!」

 私自身の服もどんどんと溶けだして、胸も下半身も露わになってきてしまっている。別にせいらさんたちと敵しかいない中ですっぽんぽんになることに抵抗はないんだけど、せっかくのウェディングドレス風衣装がもったいない……。

 まあそれは最悪どうでもいい。問題はここからどうするか、だ。

「ひゃぁあっっっ!??」

「え、せいらさん?」

 突然、せいらさんがいつになく甲高い声を上げた。見るといつも無表情な白い顔が赤くなっている。それだけでなく口と目が半開きで、変な声を漏らしている。

「こ、これ、どうなって、ひっ、身体が、あつくなっひうんっ」

 どうにも様子がおかしいよな。これはまさかひょっとして……。

「わ、わらひも、なんだか、んっ、なんだか、きもひよく」

 せいらさんに続き水香ちゃんも同じ状態に……というか水香ちゃんはもう皆様にお見せできないレベルの顔になってる!! お目目とろんとしちゃってるしよだれ垂らしてるしもうダメだってこれ放送できない!!

 っていうかこれはやっぱりあれだ……「感じさせられている」んだ……!!

「……うっ、私もきたっ」

 接しているスライムの感触が色んなところを刺激してくる。その刺激の波はどんどん強まって、息が荒くなる。クソ……ふざけた真似しやがって……。

「ふふふ。どう? 気持ちいいかしら」

「な、んで……こんな真似を……!」

「もちろん、ただ気持ちいい思いをさせてるわけではないわ」

 ここで耳がイカれそうな高笑い。一挙手一投足ムカつく野郎め……本来ならぶん殴ってるのに……意識はどんどん身体に持ってかれちまう……。

「読んで字のごとく、快楽に溺れてもらうのよ」

「快楽に……溺れる?」

「人間は一定以上の刺激を受けるとショックを起こすわ。驚いてショック死するのもその類。性的な刺激も例外ではない。過度に刺激を与え続ければどこかで死に至る。自分が守ろうとした『エロ』に殺されて、精々自分たちの過ちに気付いて死になさい」

 そういうことか。あえて私たちの好きなものを使って殺そうってわけだな。悪党が考えそうなこったよ!

 ……ってやべっ、視界が白くなり始めた。家で一人でシてる時の何倍の快楽なんだこれ……。まず……い、意識飛、ぶ……。

 その瞬間、走馬燈のようなものが見えた。私の好きなアニメ、漫画、カップリングから好きな人まで。はあ、私の推し事もここまでかあ。もっともっとえっちなことを妄想して、たまに本当にえっちなことと出会って一喜一憂したかったな。

 何よりも心残りなのはスミレのことだ。最後あんな形で伝えちゃったけど、まだ答え聞けてないや……お母さんを救う約束も果たせないかも……ごめんな……。

 ……っておいちょっと待てや。よくよく考えたらなんで諦めなきゃならないんだよ。

 ユリ!!! お前の百合への想いは、推しへの想いはそんなもんなのか!!!! スミレへの想いはそんなもんなのか!!!!!

「んなわけ……」

「……うん? もう既に気絶したはずでは」

「んなわけねえだろおおおおおおおお!!!!!」

 危ねぇ危ねぇ、末代までの恥になるレベルの死因で死ぬところだったぜ……。そんなふざけた「快楽」で死んでたまるかよ!!

 すぐさま身体中に張り付いたスライムを振り払う。あーあー、もう完全に全裸じゃねえかよ変態! 動きやすいといえば動きやすいけどな!!

「性的快楽はお前が求めたものだぞ? せっかく与えたのに捨ててしまうのか?」

「ばーーーか!!!!!! 何が快楽かを決めるのは誰でもない私自身なんだよ!!!! 他人に押し付けられた快楽なんかただのセクハラに決まってんだろうが!!! その境界くらい理解しとけボケ!!!!」

「……ちっ」

 私の信念が想像以上に強かったからかよく分からねぇけど、魔法使いは顔を歪めて例の根っこを突撃させてくる。さっきまでなら脅威に感じたんだろうけど、すまねえな、なんでだか今の私は負ける気がしないんだわ!!

「私はようやく分かったんだ。何のために戦っているのか、何のために性欲を守りたいのか」

 自然と右手に力が入る。いつの間にか、手の中にはいつものいかがわしい魔法のステッキが収まっていた。

 握り慣れたグリップを一層強く握りながら、勢いよく前へ突き出す。

「私は……私は愛するものを守りたいんだぁぁぁぁあああああっっっっ!」

 ステッキの先端からものすごい勢いで音波が放たれた。光も射程範囲も、これまでの戦いを凌駕するほど凄まじい。音波はすべてのスライムを吹き飛ばし、蠢く根っこさえもへし折りながら真っ直ぐにラスボスに向かって突き進んでいく。

「これが私の思いの強さ……愛の強さだぁぁああああ!!!!!」

「ぐぬぅ……!!」

 肝心の魔法使い本体は辛うじて避けたようだけど、根っこはほとんど破壊したし、クモの巣みたいに張り巡らされていたスライムも綺麗さっぱり吹き飛んだ。水香ちゃんとせいらさんもスライムから解放されて床に横になっている。……正直なところ、二人のエッチな顔をもう少し見ていたかったけど、それでイキ死んでしまっては困るからな。仕方ない。

「いいか! 性欲は少なくとも愛とセットなんだよ!! 性欲がなくなりゃ私の愛がなくなるってこった。そんな不自由なことあるかよ!! 確かにねじ曲がった愛でねじ曲がった性欲が生まれることはあるかもしれない。でもそれはそいつが悪いんであって性欲自体が悪いわけじゃないはずなんだ。……私は自由のために戦う。愛するもののために戦う。だから愛するものがある限り、私は絶対負けねえ!!!」

「黙りなさい!!! あなたには分からないでしょうね。被害者の苦しみが。被害者の孤独が!!!!!」

「被害者……?」

 確かにスミレ自身はレイプの被害者かもしれない。でも、それならば暴れるのはスミレのお母さんではなくスミレ本人だろう。まさか本人の意思を無視して暴走したとでもいうのか。そしたらますます許せねえぞ……。

「その顔、スミレから聞かなかったのかしら。スミレだけでなく、私もレイプの被害に遭っているのよ」

「なっ……!!」

「それだけじゃないわ。その時にできてしまった子供は堕ろさないで産んだの。……それがスミレよ」

 それを聞いて、倒す気満々だった私も同情した。……確かにそれは被害者だわ。親子二人とも被害に遭うなんて、それは極度の憎しみを持つのも分かる。いや、簡単に分かるとか言っちゃいけないな。私含め、他人には計り知れないほどスミレもこの人も苦しんできたんだ。

「私の時はまだ社会人になったばかりで、飲み会の帰り道に半ば誘拐されて、朝起きたらホテルにいたわ。警察に行ったけれど、当時警察署は男ばかりで下品な会話を延々聞かされただけ。両親にも言ったけれど、何故だか怒られたのは私だった。注意しない方が悪い、と」

 時代が時代とはいえ、あまりにも酷すぎる。……そして、残念なことに現代でもそういう境遇にいる女性はゼロではないのもまた事実だ。そう考えたら、同じ女として生まれた身としては胸のあたりがギュッと締め付けられる感覚になる。

「でも、おなかにいる子供には罪はない、そう思って愛情をこめて育ててみれば、その子供までもが男に汚されて……。男が憎くて憎くて憎くて!!!!!! ……そして思ったの。男なんかこの世にいらないんだ、ってね」

 魔法使いは改めて怒りを露わにする。その怒りを否定することは誰にもできないし、否定してはいけない。……でも、

「でも、だからって関係のない男の人、ましてや街にいる女性までもを襲う必要はないだろうが!!!」

「いいえ。そもそも男というだけで犯罪者と同じなの。生まれつきの犯罪者予備軍共よ。そして社会に暮らすほとんどの女性が男尊女卑に慣れた名誉男性。だったらばまとめてお灸を据えるしかないでしょう。無理にでも『男は敵だ』とすり込むしかないでしょう」

「んなふざけた理論で適当に大量殺人されてたまるか!!!!」

 もうこれ以上妄言を聞いてても埒が明かない。被害者とはいえ、それが加害をする免罪符になっていいわけがねぇ!!!

 がら空きになっている相手の懐に突っ込んで左手で胸倉を掴み上げる。もう、魔法使いは抵抗も攻撃もしてくるつもりはないようだ。

「もう隠し玉とかもないだろ。いい加減降参したらどうだ」

「嫌よ。降参するくらいなら早く殺してくれないかしら」

 この期に及んで余裕そうな笑み見せやがって。本当は自殺でもしたいだけなんじゃねえのか。

 ……でもな、

「私はあんたを殺さない」

「……はあ? 情けを掛けようっていうの?」

「今日あったばかりのあんたにそこまでの情が湧くわけねえだろ」

 正直、大勢の犠牲者のためにこの馬鹿を殴り倒して殺してやりたい気持ちがないわけではない。でも、それは私にはできなかった。

「あんたの娘は……スミレはあんたのことが大好きなんだよ!!!」

 私の話を嘲笑しようとしていたのが一転、驚いたような悲しいような表情になる。……やっとマトモな顔したじゃねえか。

「さっき話して分かった。スミレはあんたのことが死ぬほど好きなんだよ。だから自分が嫌なことでもあんたに頼まれればやったし、あんたのために動くんだって必死だった。それを……それをあんたは利用したんだぞ!!!」

 さっきまでひたすらこっちを馬鹿にしたり敵視していたのに、今は動揺しているのか目が泳いでいる。それだけスミレのことは自分でも気にしてたんだな。だったらなんであんなことをさせたのかっつー話だけど。

「私はあんたのことは許さねえし、許せねえよ。でもな、スミレはあんたのことが好きなんだ。だから私はあんたを殺せない」

「……スミレのために、我慢するって言うの?」

「当たり前だ。スミレは……私の初恋の相手だからな」

 おいおい、目丸くするなよ……ってまあ、そうなるのが分かってたから今まで誰にも言わず黙ってたんだけど。

「レズビアンだって自覚してから、大変だったよ。言えばからかわれるのは目に見えてたし、でも女の子が好きだって自分の気持ちに嘘は付けない。だから『百合が好き』っていう体で過ごしてきた。変人だってからかわれても、それは本当の自分の気持ちじゃないから平気だった。本当の気持ちを打ち明けて否定されるのが怖かった」

 水香ちゃんやせいらさんに対してもそうだ。「かわいい」と思っても私のそれは普通の「かわいい」じゃなくて恋愛的な、性的な意味での「かわいい」。そんなことを打ち明けたら、絶対に反応に困るし、距離をとりたくなるだろうさ。

「でも、思ったんだ。自分の本当の気持ちって何よりも大切なものだって。だからスミレにもちゃんと打ち明けた。それは私なりの覚悟でもある」

「ゆ、ユリちゃん!」

 後ろから声をかけられて振り返ると、さっきまで顔を真っ赤にして伸びていた二人が立ち上がって心配そうにこっちを見ていた。あちゃー、聞かれちゃったか……。

「……ユリちゃん、聞いて!」

 水香ちゃんが口に両手を当てていつになく声を張り上げる。いつも小動物みたいな彼女が、いつになく凛々しく見えた。

「私、ユリちゃんがレズビアンだったとしても関係ないよ! ただ好きな相手が女の子だったってだけだもん。何も悪いことじゃない。だからユリちゃん、心配しないでいいんだよ!!」

「水香ちゃん……」

 水香ちゃんの声に、せいらさんも強く頷いた。二人とも意外に分かりやすいタイプだから分かる。本当に二人は何も気にしないで、私を受け入れてくれてる。信じてないわけじゃなかったけど、改めて言われると胸のつかえが取れたような、そんな気持ちになった。

「ふ……だからどうしたのかしら? 本当の愛だとか、そんな脆い童話じみたものを信じているほどあなたたちはお子ちゃまなのかしら?」

 未だに煽ってきてはいるけど、明らかに最初と比べて威勢が削がれている。もうこいつに、私たちを倒す力は残ってなさそうだ。

「あ、ユリちゃん!! 見えたよ!!!」

「え?」

「この人の心の中が見えた!!! ……あれ? でもこれって……」

 もしかしたら、私たちの言葉を聞いたことで少し憎しみの心が揺らいだのかもしれない。……でも水香ちゃんが戸惑っているのはなんでだろう。

「水香ちゃん、何が見えたの?」

「えっと……『私も男の人を愛したい』……だって」

「……はあ?」

「好きな人のことを好きだってちゃんと言いたい、って」

「黙れ黙れ黙れ!!!! 黙っていれば好き勝手なことを言って!!!!!」

 にわかに信じがたいけど、急に暴れだしたところを見るあたり図星だと思わざるを得ない。身体をバタバタして暴れる魔法使いの胸倉をもう一度強く掴み直して動きを封じてから問い詰める。

「男を愛したいのになんで男を憎むんだよ!!!」

「黙れ!!!!! 私は……私は!!!!」

 なおも激しく身をよじって私の手を引きはがそうとする。力なく横たわっていた根っこも一斉に動き出し、辺りは地響きに包まれた。

 んなことされても絶対にこの手は離さねえけどな!!

「なんで……なんで自分の本心をそこまで抑え込む必要があるんだ!!!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!」


「もうやめて!!!」


 ……後ろからその声が聞こえた瞬間、根っこも本体もピタリと動くのをやめた。振り返ると、そこには純さんと……スミレの姿があった。

「お母さん、もういいの。もういいから」

「ス、ミレ……」

 魔法使いは気の抜けたような顔でぼうっとスミレの方を見つめる。

「……そうか」

 やっと分かった。この人がどうして自分の本心を捨ててまで男を憎むことに徹していたか。

 胸倉を掴んでいた手を放して、真正面から顔をつき合わせる。魔法使いはもう、逃げも暴れもしなかった。

「全部スミレのためだったんだな」

 魔法使いは何も言わないけど、そのまま続ける。

「多分だけど、あんた自身がレイプされただけじゃ、あんたは男を憎むところまでいかなかった。だからこそ憎むべき男の血を受け継いでいるはずのスミレを生んで育てた。それからは子育てと仕事に追われて暇がなかったけど、子供も大きくなってきて心に余裕が出てきた時、改めて恋愛に興味が湧いた。きっと好きな人もできた。その矢先、スミレがレイプされた。愛する娘が襲われて初めて、男を憎む感情が強く生まれた」

 否定をしないあたりここまでは合っているらしい。

「娘のために男は憎みたい、でも自分には好きな人がいる。多分その矛盾で葛藤に葛藤を重ねて、遂にあんたは壊れてしまった。娘のために、自分の心を押し殺すために無理矢理男を憎む気持ちを増幅させた。そして、暴走してしまった」

「本当にそうだとしたら、そんな悲しいことって……」

 せいらさんの言う通りだ。この件に関して、彼女たちは「絶対悪」ではなかったのだ。しかし、結果として大勢の無関係な人を巻き込んでしまった。これ以上に悲しいことはない。

「お母さん!!」

「……」

「私が襲われたのはお母さんのせいじゃないから!!!」

 スミレの声に、母はハッとしたように顔を上げた。スミレは涙で顔をぐちゃぐちゃししながら、ありったけの声を母親に届ける。

「私が襲われたのはお母さんのせいじゃない。だからそんなに自分を責めないで。お母さんはお母さんの自由に生きて!!!」

「スミ、レ……」

「私、お母さんに好きな人がいるって知ってた。その人といるといつもお母さん楽しそうだったから……。私はお母さんに幸せになってほしい!!! お母さんに、いつも笑っていてほしい!!!! だからお願い。どうか……どうか自由に生きて」

 言い終わるころには泣きじゃくって立っていられず、純さんに支えられながら声を届けた。それに呼応するように、母親の方もその濁ってしまった目から透明な涙を一筋流した。その姿はもう、「魔法使い」ではなく「スミレのお母さん」だった。

 ……その時、急に部屋全体がまばゆく光り始めた。スライムも、触手も、そして本体も。光は丸い粒に分解されて宙を漂い、最後は粉々に弾けて散った。あとにはスミレのお母さんが一人、床にへたりこんでいた。

「お母さん!!」

 スミレがすぐさまお母さんのもとへ駆け寄り、強く抱き寄せる。

「ごめんね、スミレ。あなたのために頑張ろうと思ったのに、こんなことになっちゃって……。お母さん、スミレの気持ち何も分かってなかった」

「私こそごめんなさい。もっと早く応援してるよって伝えてあげればよかった。もっと早くお母さんが苦しんでるのに気付いてあげればよかった」

「愛してるわ、スミレ」

「元に戻ってよかった……大好きだよお母さん」

 二人はその場で抱き合ったまま、共に大声を上げて泣いた。全てが終わった。そういうことだ。

「スミレちゃん、連れてきて正解だったね」

 二人の姿を見守っていると、純さんが小声で言った。

「あ、純さんありがとう。助かったよ」

「責任は取りますから今日一日だけ逮捕は待ってくださいって進言したよ」

 確かにスミレは実行犯なのだから、普通なら署に直行のはずだ。上司や同僚を言いくるめるのは大変だっただろう。純さんにはあとでちゃんとお礼しないといけない。

「……って、やべ、私たちそういえば全裸……ってあれ?」

 さっきスライムに溶かされて全裸になっていたはずなのに、いつの間にか変身前の制服姿に戻っていた。おかしいな、まだ変身自分で解いてないのに。

「ユリ」

 自分の格好が変わったことに戸惑っていると、急にロー太が話しかけてきた。なんだよ、今オマエに構ってるほど暇じゃ……って今度はロー太が光ってる!!?

「ロー太っ?!?? どうしたの!??」

「最初にも説明したように、性欲を憎む魔法が存在しているからこそ、性欲の魔法も存在していたロ。それが消えた今、僕ももう存在が消えてしまうロ」

「そう……なのか」

「でもあまり寂しくはないわね」

「ですね」

「だな」

「なあああああ?????? 満場一致でボクのこといじめるロか????」

「……なーんて、嘘だよ」

 ロー太のもとに行き、その下に両手を皿の形にして差し出した。

「元々あんたは私のものなんだから。これからも大事に使ってやるよ」

「まあ、それが一番ユリらしいロね。約束ロ」

 ロー太はそう言って笑ったかと思うと、直後に全身が光で包まれる。光が弱まった時には、私の手の中に一つのピ〇クロ〇ターが収まっているだけだった。結局最後の最後まで使い物にはならないやつだったな、このヤローめ。


「……それじゃあ、京極優子さん。署でお話を聞かせて頂きます」

 一通り泣いて静かになった二人のもとに、純さんが声を掛ける。確かに彼女は被害者だったかもしれないけど、だからといって彼女の罪がなくなるわけではない。

「はい」

 優子さんは涙の跡を拭って立ち上がる。

「お母さん。二人でちゃんと罪を償って、幸せになろうね」

「きっと、ね」

「約束だからね」

 純さんは優子さんの腕に手錠をかけ、もう片方の手でスミレの手を引いてこの部屋を出ていく。

「あの!」

 部屋を出てすぐ呼び止めたのは、他でもない、私だ。

「絶対、絶対私はスミレを襲った犯人を見つけて捕まえるから! だから、その……安心してください」

 優子さんは振り向かなかったけど、ちゃんと立ち止まって最後まで聞いてから、ゆっくりと廊下を歩いていった。私の想い、届いただろうか。

「じゃあ、私たちも帰ろうか」

「うん」

 魔法少女だった三人は、この瞬間からただの女子中学生に戻る。全てが終わって……そしてそれぞれの未来がここから始まるんだ。









20XX年6月7日 被告人 京極優子 死刑確定

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