EP06 変態は誰よりも一途なんだよ!!!!

「おはよ」

 普段と変わらない通学路。いつもの交差点で今日もスミレと挨拶を交わし、並んで歩く。……とは言っても若干距離は開いているけども。

「なあ、今日ってなんか小テストあったっけ」

「知らない」

「もしあったら教えてよ」

「生徒会長に聞けばいいでしょ」

「つれないなあ」

 まあスミレがつれないのはいつものことではあるけど。

「……にしても、相変わらず警察やらマスコミやらいっぱいいるねえ」

 昨日の大量殺人の件もあって報道陣の数は激増し、警察も警察で別の署から相当数警官を派遣してきていると純さんも言っていた。昨日は報道ヘリに姿を撮られていたし、登校中に私のもとにも押しかけてくるかもしれない。

「あんたも有名人になったねえ」

「やめてよ。こんな目立ち方は勘弁」

 おばあちゃんを助けて称賛されるならまだしも、殺人事件を辛うじて最小限に留めている、とか言っても「でも人死んでるじゃん」と言われるのが関の山だ。実際、ネット上では「魔法少女のくせに何もできない」みたいな書き込みがされているみたいだ。本当に何もしてねえのは書き込んでるてめえだろうが。

「人気者も大変だよね」

「ほんとだよ」

 ……とかなんとか話してるうちに校門が見えてきた。学校に着くまで押しかけてくるマスコミがいなくてラッキーといえばラッキーだったな。これでちょっとほっと……できればよかったんだけど。

「今日は一段と警察の人多くない?」

 スミレはきょろきょろしながら歩いていく。でも、私はそれに並んで歩いては行かず、速度を遅めて距離をとった。

「え? ユリどうしたん?」

「……キミ」

 スミレが私の方を振り返っている間に、校門の前で待ち構えていた警官たちが取り囲むようにスミレに近付いた。もちろん、スーツ姿の刑事もその中に含まれている。

「京極スミレさんだね? キミに逮捕状が出ている」

 刑事が折りたたまれた紙切れを広げてスミレに突き付ける。その間にも警官たちは隙間をなくしてスミレが逃げられないようにした。

 ……そう、防犯カメラに映っていたのは他でもない……スミレだったんだ。

「な、なに……これ。こんなの、こんなの何かの間違いだよね! ねえ、そうでしょ!? ……ユリ!!」

 スミレが必死に私のことを呼んでいるけれど、残念ながら私には助けられない。……し、申し訳ないけど助けたいとも思えない。

「……そういうこと。図ったんだ」

 急にスミレが静かになった。観念したのだろうか。

「やっぱり……みんな私に味方してくれないんだね」

「さっきから何をぶつぶつ言っているんだ。早く署に……」

「私には……私には、やらなきゃいけないことがあるんだぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

「な、なんだ!」

 突然叫び声をあげて髪を振りしだくスミレに、警官たちは怯んで一歩下がった。その隙間から見えたスミレは、右手に謎の瓶を持っていた。

「男は許さない。性欲は許さない。絶対に許さない。私たちの、女性のためにっっ!!!!」

 そう言い放ち、瓶のフタを開け放つ。途端、瓶の中から毒々しい紫色の煙が出てきたかと、スミレの全身を包み込み宙に浮かび上がった。そして禍々しい光にその身体が包まれていく。

「ユリ! ユリ! すごい匂いロ! 鼻が曲がりそうロ!!」

 ロー太がいつにない勢いで暴れだしてバッグを壊して飛び出してきた。……てめえあとで弁償しろよ。

 数秒後、スミレを包む光と煙は晴れ、中からスミレの姿が再び浮かび上がってきた。

「あ、あれは……」

 光沢のある黒いスクール水着のようなコスチューム、黒い手袋、ブーツ。そして裏地が赤いマント。あれはどう見たって……。

「闇の魔法少女……ってことかよ」

 そんなアニメのお決まりを現実に持ち込んでんじゃねえぞ。

「ユリ、変身ロ」

「ああ、分かってる」

 スミレは小学生の時から一緒に過ごしてきた親友だ。でも、だからって許しちゃおけないこともある。いや、だからこそ許せないんだ。

 ……百合に目覚めたのは小学四年生の時だった。更衣室が分かれるようになって、女子は女子だけで着替える。逆に言えば女子の着替えがひたすら視界に入ってくる。最初はあまり気にしてはいなかったけど、近くにいる子の身体つきに何故かとても惹かれて、仲良くなりたいって思った。その時から女の子の身体に興味を持つようになって、流れで百合のカップリングにものめりこんでいったんだ。

 そして……その子は今でも、私の近くにいる。

「変身」

 身体に入り込んでくるパワーが普段の比ではないのを感じた。その子への想いは他の女の子や百合カップリングへの萌えとは訳が違うんだ。

「……なんだよ、今までで一番魔法少女らしいじゃんか」

 真っ白く、レースがふんだんに使われた衣装。さながらウェディングドレスみたいだ。ふっ……可笑しいな、私にはこんなもの一生縁がないと思ってたのに。

 いつも右手に収まっていたはずのステッキは、今日に限って出てこなかった。

「ユリさん!」「ユリちゃん!」

 先に登校していたせいらさんと水香ちゃんも校舎から飛び出してきた。すぐにでも変身して加勢するつもりだろう。でも……。

「まって」

 私は二人を制した。確かに普通に考えれば黒幕なんだから強いに決まってるし、みんなで戦った方がいい。それは分かってる。それでも……人間、一人で戦わなきゃいけない時があるんだ。

「ごめん、ここは私に任せてくれないかな」

「で、でも」

「私が向き合わなくちゃならないんだ。スミレと」

 一歩ずつスミレとの距離を詰めていく。さっきまで周りを取り囲んでいた警官たちは魔法相手に勝てるわけがないと理解しているのか、既に一般人へ避難を呼び掛けに散っている。さっきあたふたしてんの見た時はちょっと頼りなかったけど、ちゃんと仕事してるじゃねえか。

「あれ、今日は一人だけ? 私だからって舐めてるの?」

「舐めてるわけじゃない。『尊敬してるから』だよ」

「……偉そうに」

 不敵に笑う彼女の顔は確かにスミレだ。いつも私のことをからかって、頭をはたいて、百合話に嫌な顔をするスミレだ。……でも頭はスミレだと認識するのを拒んでる。スミレがそんなことするはずないって、未だに心のどこかでそう信じてる。

「負けて泣きごと言っても知らないよ?」

「それはこっちの台詞だよ」

 スミレはニッと笑った。……直後、とてつもない速さで突っ込んでくる。一秒と経たず私の目の前まで来ると、えげつない風切り音と共にパンチを繰り出してきた。

「ぐっっっ……」

 腕でブロックしたものの、その凄まじい力で後方に数メートル滑る。殴られたときに私が立っていた部分のコンクリートは陥没して周りにも亀裂が走っている。……はっ、なんだよその威力、反則だろ……。

「さっきの威勢はどこいったの?」

 スミレはそう言って澄ました顔をする。まだ半分の力も開放してませんよ、と言いたげだ。

「最後まで来て肉弾戦かよ。魔法少女ってなんだっけねぇ」

 ふざけてはみるものの、腕はさっきからジンジンして正直あまり余裕はない。脈打つような熱い痛みに顔を歪めないよう我慢するのが精いっぱいだ。対照的にスミレは怪我どころか息が上がってすらいない。力の差は歴然ってか……。

 でもな、ここで諦めるわけにはいかねえんだよ。

「今度はこっちから行くぜ」

「お好きにどうぞ」

 さっきのスミレと同じように、空中を蹴って相手の懐に突っ込む。そして拳を固めて後ろに引き、身体を大きくねじらせて渾身のアッパーを腹に叩きこんだ……はずだった。

「っ!?」

「遅い」

 スミレは横にステップを踏むと私の斜め上に飛び上がる。

「しまっ……」

 避けなきゃ……そう思ったときには既に遅かった。動こうとしたときにはスミレの肘打ちが後頭部にクリーンヒットしていて、そのままコンクリートに叩きつけられる。喩えとか冗談じゃなく、本当に顔が地面にめり込んだ。

 痛いと思う暇もなく、今度は髪の毛を鷲掴みにされて持ち上げられる。力なくなすがままにされる私を見て、スミレは満足そうに口角を上げた。

「無様だねぇ。やっぱり仲間呼んできた方がいいんじゃ、ないっ!!」

 言い終わりと同時に顎を蹴り上げられる。景色がスローモーションに見えた。地面がだんだん遠ざかって、校門の外に集まっている人たちを上から見下ろすような景色が視界に流れた。……何メートル打ち上げられたのかは分からないけど、校舎の壁面に叩きつけられてやっと意識が戻った。同時に顎や背中に激痛が走る。チクショー……こうもやられたまんまじゃ恰好がつかねえじゃねえか……。

 もう減らず口を叩こうにも声が出ない。指の先端を微かに動かすのがやっとだ。……だからってここで動かなきゃやられておしまいだ。立つしかねえんだ!! 気持ちの強さだけで身体に強く無知を打って、何度も倒れこみながらもギリギリの状態で立ち上がった。

「そんなボロボロになってまでなんで戦うの?」

 自分の身体を起こすのに必死になっていたら、いつの間にか目の前の空中にスミレが佇んでいた。余裕だということなのか、すぐにとどめをさしてくる気はないらしい。

「それは……みんなのためだ」

「みんなのため? 奇遇だね。私もみんなのために戦っているの」

「な、に、が、みんなのためだぁぁぁぁあああああ!!!!」

 叫びながら壁を蹴って、余裕ぶっこいているスミレに向かってがむしゃらに殴りかかる。……さっきより瞬発力も威力も落ちているのは自分でも分かった。足はほとんどバネの機能を果たしていないし、腕も振り切れていない。さっきよりも簡単に躱されて、背中に手刀を入れられた。息ができなくなる感覚と同時に地面に叩きつけられる。いてぇ……いてぇじゃねぇか、クソ……。

「だってよく考えてもみてよ。この国では痴漢みたいな犯罪は軽視されてる。相談したって『たかが痴漢で』『それぐらい我慢しろ』って。その場で周りの人に助けを求めても、警察に行っても誰も助けてくれやしない」

 スミレは今までのへらへらした表情とは打って変わって、真面目な口調でそう言った。

 ……確かに、それはスミレの言う通りだ。性犯罪は軽く見られがちで、挙句の果てにはセカンドレイプと呼ばれるような酷い仕打ちを受けることもあるらしい。私はそういう経験はないけど、流石にそういう話は聞いたことがある。

「でも……だからって関係ない人を巻き込むのは間違ってる」

「関係ない? 関係ない人間なんて誰もいないよ。女性差別は社会の問題。社会に生きる全ての人に責任はあるんだ」

 淀みのない目でまっすぐ私を見てそう言う。それも、一応は正しいことだった。でも……。

「確かに社会の問題かもしれない。みんなが意識しなきゃいけない問題かもしれない。でも、だからって暴力に訴えたら味方は誰もいなくなるよ。人を殺したりすればもっと。肝心の女の人まで巻き添えにしてさ。女性を守りたいんじゃないのかよ。みんなを守りたいんじゃないのかよ!!」

「味方なんか元々いないよ。誰にも理解されなくていい。自分たちで権利を勝ち取るのがフェミニズムなんだから。世の中の女性だって女性差別に妥協して生きてる。つまり男を擁護する名誉男性なんだよ。私たちが守るべき女性じゃない」

 ……なんだよ名誉男性って。守るべき対象じゃないってなんだよ……。守るべき対象じゃなければ傷付けてもいいってのかよ!!!

「お前が守ろうとしてんのは自分と同じいけんの人間だけじゃねえのか」

「いーや、私たちの言う通りにすれば必ず女性は自由になれるんだよ」

「萌えキャラをなくせとか露出をなくせとか、そんなもん自由と正反対だろうが!!」

「あんなのは女性蔑視の代表例みたいなものじゃん。あれを見た男が勘違いして女性を軽視するんだから」

 女性を軽視って……じゃあ萌えキャラを作ってる女性はどうなるんだ。百合見て楽しんでる私みたいな人間はどうなるんだ!! ……ダメだな、このまま話してても屁理屈こね回すばかりで話になりゃしねえ……。

 ……それより、さっき一瞬話に出た「味方なんかいない」という言葉は少し引っかかる。これについては女性云々というより「スミレ自身の」気持ちのような気がした。

「普通に痴漢をなくそうとか女性を自由にしようとか、そういうことを言えばわざわざ暴力に訴えずとも絶対味方も増えると思うよ? 私だってそれだったら絶対に手伝うし、そういう人はこの世にたくさんいると思う」

「だーかーらー、味方を増やす必要はないの」

「どうして?」

「自分たちの問題だから」

「でもさっき社会の問題って」

「うるさい! とにかく味方なんかいらないんだよ!!」

 ただ軽く質問しただけなのに突然激高したかと思うと、ストレートに顔面を殴ってきた。私はまた後ろに吹っ飛ばされて、地面に露出した肌をゴリゴリ削られた。ははっ、腕も足も血だらけじゃねえか……いてぇ。

 でも、「味方」という言葉に強く反応することに気付いたのはでかい。きっとそこに説得の余地があるはずだ。それが多分最後のチャンスだと、私の直感が囁いていた。過呼吸気味になっているのを無理矢理声を張り上げて会話を続行した。

「私が味方するって言ってんのに。これ以上強力な助っ人はいないよ?」

「そんなボロボロでよく『強力な助っ人』だなんて言えるね」

「そりゃあ、スミレ相手だからこんなザマだけど、一般人に対してなら普通に強いだろ?」

「うるさい。……味方なんか要らないって言ってるでしょ」

 相当頭にきているのか、スミレは軌道バレバレのパンチを飛ばしてくる。……このくらいだったら私にも避けられる!

 地面を真下に蹴って空中に飛び上がる。外したスミレは驚いた顔をして真上にいる私を見上げている。

「どうしたんだ? 私なんかすぐにボコボコにできるんじゃなかったのか?」

「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!!!!」

 すぐにスミレも地面を蹴り飛ばして私のもとに突っ込んでくる。でも空中戦は大抵の場合上にいる人が有利だ。突き出されたスミレの右腕を股の間に挟み込み、後ろに一回転して遠心力で突き落とす。轟音と共にスミレの身体は地面に叩きつけられ、盛大な砂ぼこりが舞った。

「だから味方になってあげるって言ってんのに」

「……黙れ」

 私に反撃されてもなお、興奮気味でこちらを睨んでくる。怒っているというよりかは何かに固執しているような、そんな感じに見える。やっぱり何かあるみてぇだな。

「ちょっと考え直せば味方が増えるって言ってんじゃん。ね?」

「黙って……お願いだから」

「どうしてそんなに頑なに拒否するのさ」

「黙って!!!」

 ……その時、急にスミレから覇気がなくなり、攻撃してくるどころかその場にへたり込んだ。それだけではなく、肩を震わせたかと思うととうとう涙まで零し始めた。おいおい、一体どうしたってんだ。

「ユリだって……ユリだって味方してくれなかったじゃない!!!」

「え? だから味方するって……」

「今じゃない。前の……前の話」

 前の話……? スミレに助けを求められたことあったっけ。というか、スミレはいつも淡々と物事をこなしていて苦労している姿を見たことはあまりない。だから私が助けるとか以前に全部自分でどうにかしてるんだろうと勝手に思ってた。

「私ね、レイプされたんだよ。この前」

「……なっ」

 スミレはそう告げると、自嘲気味に笑ってそう言った。レイプ……ってあのレイプ、だよな……? 思考が追い付かなくて反応ができない。でも、スミレはそんな私をよそに話を続ける。

「お母さんに話したら私よりも悲しんでくれて、すぐに警察に行った。でもね、そこでなんて言われたと思う?」

 涙に濡れた瞳を向けられて、私は何も言えなかった。

「『君が誘ったんじゃないの?』、だって。そのあと別の女の警察官の人がいろいろ話は聞いてくれたけど、証拠がなくて犯人の検討すらつかないかもしれないって言われた」

「そん……な……」

「まあ、それはしょうがないことなんだけどさ。しょうがないことだけど悲しくて、最初に言われた言葉のこともあって周りの人が信じられなくなっちゃったんだよ。ユリにも話したかったけど、そもそもレイプされたことを他人に言うなんてとてもハードルが高いし、もしまた『お前が悪い』って言われたらどうしようって思ったら、いつも通りのフリをすることしかできなかった。隠すことしか、できなかった」

 スミレはゆらゆらと立ち上がって、スカートの汚れを払う。

「でもただ一人、お母さんだけは味方でいてくれたの。『私だけはあなたの味方よ』っていつも頭を撫でてくれた。常に私の味方だった。……だから私はお母さんのために勝たなきゃいけないの。お母さんが勝てって言ったら絶対に勝たなきゃいけないの!」

 スミレはそう言って涙を拭うと、再び拳を構えた。きっとすぐに豪速の拳が飛んでくる。……でも、私はもうスミレに敵意を向けることはできなくなっていた。

「……ごめん」

「は?」

「ごめんなさい」

「なんで、あんたが泣いてんの」

 ……ああ、本当だ。いつの間にか頬から顎までびちょびちょになってたわ……。拭っても拭っても溢れ出てきやがる。止まれよ、止まれってば……泣くべきは私じゃないだろ……。

「気付いてあげられなくて、ごめん」

「それって、どういう……」

「そんなにスミレが傷付いてんのに、抱え込んでんのに、そばにいる私が気付かなくてごめん。ごめんなさい」

 口にすればするほど自分が情けなくなる。何が「苦労してる姿を見たことはない」だよ馬鹿が。人間なんだからいつだって何かに苦労してるに決まってんじゃんか馬鹿。周り見えてなさすぎだろ馬鹿。私なんか、私なんか友達失格だ。

 私の無責任な言動が余計に言いづらい空気を作っていたのかもしれない。もっと私にしてあげられたことがあったかもしれない。そう思えば思うほど、煩わしいくらい涙がぼたぼたと目から零れ落ちた。

「……違う、違うんだよ。そうじゃない。違うの」

 気付いた時にはスミレもまた、構えた拳を解いて涙を流していた。

「本当は分かってるの、ユリが悪いわけじゃないって。私が言わなきゃ知らないのは当然だし。きっと素直に言っていれば絶対にユリは味方になってくれた。そんなのは分かってた、分かってたけど……。勝手に怖がって、勝手に隠して、勝手に恨んでたのは私。私なんだよ」

「スミレ……」

 スミレはもう、私と戦おうとはしなかった。ただただ、立ったまま口を押さえて嗚咽した。その涙に触れ、纏っていた真っ黒い衣装は煙になったかと思うとそのまま空に漂って消滅した。

 私の中にはレイプ魔を恨む気持ちと対応した警察官を恨む気持ち、そして自分を許せない気持ちがせめぎあっている。けど、その前に目の前のスミレのことを考えてあげなきゃいけない。……もう、絶対に一人にしちゃいけない。

 ゆっくりそばに歩み寄って、そっと抱き寄せた。わざとらしいって思われるかもしれないけど、多分人間って人の温かみが一番安心すると思うから。スミレは一瞬ビクッと肩を震わせたけど、すぐに体を預けてきた。私はそれを受け入れて、より一層、背中に回した腕を強く引き寄せた。

「私はずっと……ずーーーーーっと、スミレの味方だからね」

「ユ、リ……ぅ、ぅぅ……」

「今までよく一人で頑張ってきたね」

 頭を撫でると、泣き声は一段と大きくなった。普段は落ち着いてて、私より全然大人びて見えていたけれど、本当はこんなにちいさい身体だったんだな。

 スミレとの決着がついて安堵する一方、私の心の炎は変わらず……いや、それ以上に燃え盛っていた。スミレは黒幕どころか被害者だった。本当の黒幕は……。

「……つまり、スミレはお母さんの指示に従ってたってことなんだよね?」

「うん……だけどお母さんを責めないであげて。お母さんも私を守ろうとしていただけなの。その気持ちだけは本当だと、そう、思うから」

 スミレはそうは言うものの、その目には自信がないように見えた。原因は何であれ、一連の事件のけじめをつけてもらわなければいけない。犠牲者のためにも、被害者のためにも、何よりスミレのためにも。

 スミレをなだめている間に、周りには純さん含む警察の人とせいらさんたちが駆けつけていた。今のやりとりで警察にも真犯人のことが伝わっただろう。刑事たちは恐らく母親確保のためか、既にこの場にはいなかった。

「純さん、スミレのお母さんが今どこにいるかは分かる?」

「ええ、もともと家宅捜索はする予定だったから。今は本人の政治家事務所の方にいると連絡が入ってるよ」

「せ、政治家事務所?」

「あれ、知らなかったの? スミレさんのお母様は現職の衆議院議員でしかも女性活躍推進担当大臣だよ」

 ま、まじか……。そんなお偉いさんの娘だったのかこの子。

「既に機動隊も事務所に向かっているって」

「分かった。私たちもすぐ行く」

 せいらさんと水香ちゃんの方を向くと、力強く頷いた。心の用意は二人とも出来ているみたいだ。さて、決着をつけに行きますか……。

「あ」

 そのまま飛び立ってその事務所とやらに行こうと思ったけど、一つやろうと思ってたことを忘れてた。これだけはやっとかなきゃ。

「スミレ、さっきスミレが大切なこと話してくれたから、私も一つ話すよ」

「ユリの大切なこと?」

「そ。耳貸して」

 周りにいる人たちに聞こえないように、こしょっと私のヒミツを打ち明ける。

「えっっっ!?」

 やだなあ、そんなに顔赤くされると私の方が照れちゃうじゃないか。

「じゃ、行ってくる」

 呪縛から解放されたスミレと、地元の警察の皆さんに見送られて、我々魔法少女三人は決着をつけに飛び立つ。

 ……さいよいよ始まるんだ。最後の、負けられない戦いが。

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