EP05 創作と現実の区別は付けろ
次の日の朝も、登校中にも何度もマスコミに出くわした。幸い協力者の顔はまだ認知されていないらしく、直接話しかけられることはなかった。にやにやしながら近付いてこようものならまじで殴りかねないわ……。
「一人ぐらい話しかけてきてくれると面白いんだけどなー」
事情を知らないスミレが横でそんなことを口にする。。まあ一般人からしてみれば「テレビに出られる」とかいうだけで嬉しいもんなぁ。かくいう私も昨日まではそう思ってたもん。
「おろ、校門とこには警察もいんじゃん。いよいよ物騒な感じだねえ」
スミレは手を頭の後ろで手を組みながらそう言って笑っている。こういう状況でよく緊張もせずにいられますねあんたってやつはよぉ。
でも確かに、学校は本当に異様なほど厳重警備だった。普通のパトカーが二台、覆面パトカーっぽい黒塗りの高級車が一台、警官の人数に関しては両手で数えきれないくらいだし。校門を通過する時もじっとこっちを見つめてきやがる。せめて挨拶くらいしなさいよあんたら……。犯人が見たら一発で「嗅ぎつけられた」って思うだろうなこりゃ。
「あ、ユリちゃぁぁん!!」
靴を履き替えている時に、廊下から聞き覚えのある声がした。この鈴が鳴るような声は……。
「水香ちゃん? こんなところで会うなんて珍s」
「用があって会いに来たんだよ! とにかく一回こっち来て!!」
「え、ちょ……スミレまたあとで!」
水香ちゃんに腕を引っ張られて、半ば引きずられながら人通りの少ない家庭科室前まで連れてこられた。一体何の騒ぎやねん……って、せいらさんもいるじゃない。
「どうしたのさ二人揃って」
「とにかく見てよこれ!」
そう言って水香ちゃんはスマホを突き出してくる。顔を近付けてみてみると、それはSNSのタイムラインだった。
『荒川の事件ってアニオタが犯人ってまじ?』
『アニメとかまじきもwww』
『だから萌えなんていうのは有害なのよ!』
「え? なんでこんな話になってんの?」
まったくもって話が見えない。
そもそも、暴れている張本人である化け物はずっと性欲を憎む気持ちを口に出していた。どう考えてもオタク側は被害者であって少なくとも叩かれる対象にならないでしょうに。
「昨日の現場がアニストだったからでしょうね。その前の中古販売店にだってアニメのDVDや漫画はいっぱいあるし、短絡的にそう考えても不思議ではないわね。一般人は叩くときに細かいことまで調べようとしないでしょうから、どこかのワイドショーや週刊誌にでも書かれてしまえば広がるのは一瞬よ」
実行犯には責任はねえって警察も発表してんのに。ほんと噂が好きなヤツだらけだなこの野郎。胸糞悪い。
「それだけじゃなくて、ほら! 秋葉原が大変なことになってるの」
またも水香が突き出してきたスマホを見てみると、ネットニュースで「秋葉原で暴動 負傷者も」という見出し。
「アニメを敵対視した人たちが秋葉原で暴れまわっているの! アニスト秋葉原店も本日の営業は中止だって」
「つまり、完全にフェミックスの思い通りになっているというわけね」
チクショー……。思うように操作が捗っていないのに加えて、こんなに順調に遊ばれたんじゃあこっちのメンツが立たない。
「どうにかして止めないと!!」
「……そこで、また一つ思ったことがあるのだけど」
せいらさんが慌てる水香ちゃんを宥めるようにして話を切り出す。
「な、なんですか?」
優等生だけあってせいらさんの推理は鋭いしな。もしかしたらすげえことに気付いてるかも。何ならもう犯人分かってるかも!! ……いや、それならさっさと言うか。
「最初、ユリさんが変身した時は、学校帰りに化け物に遭遇したのよね?」
「うん。純さんと帰ってる時に」
「次に私が化け物になり、ユリさんの前に現れた。そしてその次の水香さんの時も、ユリさんの目の前に出現した」
「……あ! 昨日もユリちゃんが行ったお店で……!」
……なるほど。私の視界には当然私視点の情報しか入ってこないので、私自身については盲点だった。
「事件は私の周りで常に起きているわけか……」
「そういうことよ。理由は分からないけれど、恐らく犯人はユリさんに固執している」
「嫌だなあ、ストーカーとかそういうヤツかよ」
というか私に固執するって相当なもの好きだよな。そもそもそんなに交友関係が広いわけでもないし、強いて言えば変人としてクラスの奴らにその名を知られているくらいだ。
「まあとにかく、理由はさておきそれが分かれば犯人をおびき寄せることもできるかもしれないわ」
「え、どうやるんですか?」
さっきから水香ちゃんがいつになくアグレッシブだな。自分の好きなアニメが焼かれて心底頭に来ているのかもしれない。
「犯人がユリさんについてくるのなら、ユリさんが犯人を特定しやすい場所に行けばいいのよ」
「特定しやすい場所、ですか?」
「一番手っ取り早いのが電車の中。当然、ユリさんが電車を使うなら犯人もユリさんを追って電車に乗らざるを得なくなるし、少なくとも駅は改札の外も中も防犯カメラだらけだから犯人自身が死角だと思っていても映り込む可能性は十分にあるわ。そうは言っても私たちはまだ中学生。平日に学校が終わってから電車で出かけるこの学校の人なんて数えるほどしかいないはずよ」
さっすがユリさん。私の周りで起こっているという事実から既にそこまで作戦を展開できるなんてな。「一つ思ったのだけど」のレベルじゃねえ。
「確かにそれならいけるかもしれない」
「世論の雲行きが怪しくなってきたし、流石に悠長にしていられないもの」
「じゃあ今日は三人で電車に乗りに行くってことですね!」
方向性が決まったところで朝のHRの予鈴が鳴った。いよいよ私たちも核心に近付きつつあるのかもしれない。
「あ、宿題終わってない」
※ ※ ※
私は学校終わりに駅に直行するのが日課になっていた。中学校には近所の人間しか通っていないこともあり、駅までの道で同級生と鉢合わせることはあまりない。未だにこの日課は同級生にも先生にも、親にさえバレてはいなかった。
駅前の交差点で信号に捕まり、足踏みをして青になるのを待つ。少し前までは周りを警戒していたけど、今はすっかり慣れてしまって気が緩んでいた。……それが悪かったのかもしれない。
急に後ろからぶつかられて危うく車道に飛び出しそうになった。どうにかギリギリ踏ん張ったが危なかったことに変わりはない。
「ちょっと、危ないじゃ……」
少々頭にきて声を上げながら振り返ると、それは同じ学校の生徒だった。動揺して固まる。まずい。頭の中が真っ白になった。
でも、知人ではないことを確認してひとまず安心した。赤の他人ならあとでいくらでも言い訳はできる。この場でテンパって変なことを口走ったのでは元も子もない。
「ごめんなさい、前をよく見てなくて」
相手の少女はそれだけ言うと信号を待つことなく大きい通りを歩いて行ってしまった。深く突っ込まれなかったことに安堵しつつ、青に変わった信号を渡る。
ICカードは持っているものの、わざわざ券売機で入場券を発券してそれを使って改札内に入った。もちろん、鉄道オタクとかそういうのではないので、駅のホームに行くことが目的というわけではない。
やってきた山手線の電車に乗って、ドア横で外を向くように立つ。こうすればどこかしらで「あいつら」は寄ってくる。考えただけで胸が高鳴ってしまう。背徳感で、考えるだけで下腹部がうずく。
秋葉原を過ぎて次は神田。人も多くなってきたしそろそろだろう。
……ってあれ? なんで私こんなことしてるんだっけ。男なんか汚らわしい動物なのに。あっちにも、あっちにもあっちにもクソオス! 汚い汚い汚い!
『クソオス消エロォ!』
そこでぷつんと、意識が途絶えた。
※ ※ ※
「ユリ! 化け物のにおいロ!」
「え、もう? まだ電車乗る前なんだけど?」
駅の改札を通ろうとした時、カバンの中でロー太が暴れだした。おいおい、幸先いいのか悪いのか分かんねーぞ。
「どの辺りだか分かりますか?」
「方向は分かるロが具体的な場所までは」
「いつも通り役に立ってんだか立たねえんだか分かんねえなお前」
「とりあえず私は変身してくるわ。少しだけ待っていて」
人気のないところで全裸にならなきゃいけないせいらさんは一旦離脱する。せいらさんが戻ってくるまでにある程度場所を絞っておかないとな。化け物が出たのが分かっても場所が分からないんじゃ急行のしようがない。
ザザッ『お客様にお知らせいたします』
「ん、なんだ?」
急に何の前触れもなく構内放送が入る。運転見合わせか何かか? 最近多いもんな。
『ただいま、えー……秋葉原と神田の間にて車両が運行不可能になっているとの情報が入っております。このため、山手線は全線で運転を見合わせております。詳しいことが分かり次第……』
「運行不可能って……水香ちゃん聞いたことある?」
「いや……」
「臭うな」
仮に人身事故なら人身事故って言うし、故障なら故障って言うはずだ。つまり「形容しがたい何か」によって運行が止められたということだろう。形容しがたい事象なんてそうそうたくさんあるわけじゃない。
……ん? なんか駅の入口の方から歓声が……。
「二人とも待たせたわね。行くわよ」
せいらさん、今日は童貞を殺すセーター(露出最大バージョン)か。せいらさん、スタイル抜群過ぎて神々しいんだよなあ。周りの人たちも変な目というより羨望のまなざし向けてる気がするし。
……ってせいらさんに見惚れてちゃ駄目じゃん。早く私たちも変身しないと。
私、小動物系女子って結構好きなんだよなあ。色んな人に話しかけられる度におどおどしてさ。
『Aちゃん、どうしてそんなに怖がるのさ』
『だ、だだだだって、そ、粗相するわけにはいかないから、き、緊張しちゃって』
『粗相、私の前ならしてもいいんだよ』
『えっ、それはどういう、あっ』
『むしろもっと、もっとはしたない姿を見せてよ』
そうやって半ば無理矢理押し倒されてそっと唇を重ねて……
「よし! 変身!」
既にせいらさんのおかげ(せい)で注目を浴びている中、いつものように空中でド派手に変身する。ちょっとばかし恥ずかしいけど、まあせいらさんがこの姿をさらしてるよりはマシだと思っておこう。
「ちょ、ちょっと何あれ! 何かの撮影?」
「すげー! どうなってんだろあれ」
オーディエンスがざわざわしてきたな。さあそんな中で本日の衣装は何かなぁ?
「バニーガールになった!」
「隣にいる子より色々足りないけど、それでもかわいいね」
私のバニーガール姿を見て周りはちょっと沸いた。色々足りないとかいうのは余計だけど……貧乳でも勝負できなくはないんだぞ! まあせいらさんに対抗意識なんか持てないけどね。強すぎて。
「それじゃあ、ロー太さん、私もお願いします」
「任せるロ!」
水香ちゃんが呼ぶと待ってましたとばかりにロー太がカバンから飛び出してくる。そして水香のスカートに突っ込むと……あー……えーと、これはちょっと筆舌し難いというか、放送コードに引っかかるというか、とりあえず言葉にはしないでおこうか。
「何やってるのかしらあの子」
「え、もしかしてあれって」
ほらほら、ごく一部ではあるけど気付いちゃってる人いるよ! せいらさんと一緒に公衆トイレで着替えてきた方がよかったんじゃあ……。
「うぅー! 変身!」
水香ちゃんの小さい身体が宙に浮いて光ると、今日も今日とてフリフリのドレスになった。グレー多めのゴスロリチックな衣装だ。クソー、なんなんだこの目に見える格差は。いや、確かにフリフリな服は私なんかより水香ちゃんの方が似合うけどさあぁぁ。
……いや、そんなこと言ってる場合じゃねえ。
「じゃあ早速行こうか」
「化け物の居所は分かったのかしら」
「さっき神田と秋葉原の間で電車が立ち往生してるって放送があった。多分それだと思う」
二人で出した見解を伝えるとせいらさんは力強く頷いた。もしかして人前で露出するの、もはや慣れてきた? ……いや、慣れてたら変身できないか。我慢してるんだな。ごめんねせいらさん。
三人一緒にダッシュで駅を飛び出して、空へ跳躍する。一般人が目を丸くしてるの、面白いからスマホで撮っておきたいな。そんな余裕ないけど。
二人と妖精一匹もすぐ後ろを追いかけてきている。この速度で行けば五分か十分で現場には着くだろ。
「それにしても、まさか水香ちゃんが駅のど真ん中で公開オ(自主規制)するとは思わなかったよ」
「ち、違っ、そんなんじゃ」
「いや、ロー太をスカートの中に突っ込んで振動させてあんな顔してたら誰でも分かるでしょ」
「うーーーー!!!!! 今は緊急事態だからしょうがないよぉぉぉぉ!!!」
水香ちゃん耳までまっかっか。そんなに恥ずかしいくせによくあの人前でできたよね。かわいいからからかっちゃうわ。
「化け物のにおいが近付いてきたロ!」
「お、やっぱりビンゴだね。さてと、例の電車はどこだあ?」
秋葉原も超えたし、いよいよ線路に目を落として変なところで止まっている電車を探す。そこにいるかどうかはさておき、何かヒントくらいは見つかるはずだ。
「あ、ユリちゃんあれ!」
水香ちゃんが地上を指し示す。そこには変な風に切れて地面に垂れ、火花を散らしている架線があった。そしてその架線が切れているところの奥の方に、駅じゃないところに止まっている電車がいた。
「確かにあれっぽい。行こう」
ビルを避けるためにかなり高度を上げていたので、そこから線路のところまで一気に高度を下げていく。みるみる地上が近付いてくるけど、魔法少女の力のお蔭か落下している感覚はない。
……それにしても屋根の赤い電車だな。電車の屋根ってこんな色だったんだ。確かに特急電車とかってカラフルなヤツ走ってたりするもんなー……。
「……って、まてよ、おい……これって……」
「……これは、想像以上にまずい状態みたいね」
「え? それってどういう」
線路上に降り立ち、止まっている電車に近付いていく。この電車は、どう考えても背丈が低い。いや、低いんじゃなくて「半分から上がない」。フロントガラスの真ん中あたりから、車体前部が平行に切断されて上部が完全になくなってしまっている。
地上からだと中の様子が見えないので、ジャンプして切断面を掴んで車両に乗り込む。降りてくる時によぎった悪い予感は的中していた。
「ひっ……」
水香ちゃんはショックで掠れた悲鳴しか出せないみたいだ。見せない方がよかったかもしれない……。
最初に目に飛び込んできたのは運転士だったであろう肉の塊だった。車両もろとも切断されたようで、下腹部から下だけが床に転がっている。
その後ろの車内はもっと悲惨だった。座っていた人は首だけ綺麗に刈り取られていて、座席に横たわったり前に倒れこんだりしていた。立っていた人も腰のあたりから下だけになって、通路に折り重なって倒れていた。
空から見えた赤い色は、彼らの血だまりの色だったんだ。視界だけでなくあたりに漂う異様な鉄臭さも精神的にくるものがあった。……もう少し早く来てりゃあこんなことには……っ。
「水香さんは下で待っていて」
せいらさんは水香ちゃんの様子を見て駄目だと判断したのか、そう指示をしてから上がってきた。もちろん、私とせいらさんだってこれを見て平気でいられるわけではない。胃の中のものが出そうになる感覚と、何かを殴りつけたい衝動が同時に襲ってきて気持ちが悪い。
「とりあえず、一刻も早く化け物を探しましょう。これは本格的に急がないとまずいわ」
「うん……とりあえず、もうこの車両にはいないみたいだな」
悠長にしている暇はない。このままでは他の電車に乗っている人まで大量に殺されてしまうかもしれない。それだけは何としても防がないと……。
「今までの経験から考えて、化け物は一つの行動しかしないわ。だとすれば今回は『電車』にこだわっているはず」
「ここまで飛んできて変なところで止まっている電車はなかった。ってことは神田の方に移動した可能性が高いってことだな」
そうと決まれば行くしかない。地上で待っていた水香ちゃんのもとへ戻って、再び線路を進んでいく。水香ちゃんは顔面蒼白だから、万が一化け物を見つけたら離れたところにいてもらった方がいいだろうな。
ドォンッッ!
前方から突然爆発音が響く。反射的に足を動かして、音の方へ全力疾走した。
そこにいたのは多分さっきのとは反対方向の山手線。神田駅に半分差し掛かったところで止まっている。……案の定さっきの電車と同様に半分から上がなかった。遅かったか……クソッッ……。
「あ、あれ!」
焼け焦げたように煙を上げる、屋根も壁もない車両の上。ただ一人だけ、死体を見下ろすように立っていた。それは明らかにただの人間ではなかった。……ヤツだ。
「見つけたぞおらぁあああああ!!!!!!」
電車の壊れ具合を見てもあいつが強いのは明白だ。だったら奇襲でもなんでもして無理矢理倒すしかねぇ!!!
『痴漢、撲滅ゥ』
「音波攻撃ぃぃいいっっ!!!!!! おらぁぁああああ!!!」
相手にロックオンされないよう、スピードを落とさずすれ違いざまに音波を打ち込む。これくらいで勝てる相手じゃねえんだろうが、一回ぐらい殴らせやがれぇぇえええ!!!
『グゥウ!!』
化け物は唸りながら重たい音を立てて血だまりの中に転ぶ。なんだ、意外に効いてるみてぇじゃんか。
「にしても、なんだよあれは……」
今はこっちの動きに反応できてなかったみたいだけど、すれ違うその瞬間に背筋が寒くなった。あいつの腹に滅茶苦茶でかいランチャーがついてんだからな……。十中八九、電車と乗客を吹っ飛ばしたのはあれだ。
「せいらさん気を付けて! あいつ腹にランチャーがついてる!!」
「ええ。私も確認したわ。一刻も早く捕まえなければね!!」
そう言いながらせいらさんは赤い布を全速力で化け物に伸ばす。化け物はどでかいランチャーのせいで動きが鈍いらしく、布は思ったより簡単に化け物の手足を捉えた。
「いっけぇえええ!!」
『女性専用車ヲ増ヤセェ! 男ハ電車ニ乗ルナァァア!!!』
しかし、そうは簡単に捕まってはくれないらしい。なんとあのしなやかで強靭な赤い布を引きちぎったかと思えば、足の力だけで無理矢理身体を起こした。……これ状況は振り出しだ。
とにかくランチャーにだけは当たらないようにしないとな……。大怪我どころじゃ済まないのは目に見えてる。ここで死んじまったんじゃ志半ば、まだまだ百合を見足りてねえんだよ!!!
「ちきしょー!! 痴漢撲滅ってことは痴漢してほしいんだろ? それが分かったってあんな物騒なもん抱えてるヤツにどう痴漢しろっていうんだよ!!」
せいらさんの布が無意味なんじゃ、こっちに使える武器は私のステッキくらいしかない。囮がひきつけるにしても失敗した時に確実に命を持ってかれる。……ここにきて無茶言い過ぎだろうがっ!!
とにかく起き上がられた今、こっちにランチャーを向けられる可能性があるし……もう一度すれ違いざまに転ばしに行くか、あるいは周りのものを使って応戦するか……。
『痴漢ゥゥウ!!!』
やば、こっち向いt……
ごぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!!!!
とてつもない光と音で一瞬直撃したかと思った。後ろを見ると神田駅の駅の一部が完全に消し飛んでいた。おいおいおい……拳銃持ってる強盗と対峙するのとは訳が違ぇぞこりゃ……。
「くっそ!!! こいつまじでどうすりゃいいんだ」
一度上空に飛び上がってヤツの射程圏内から逃れる。こんなんじゃうかうか近付くこともできやしねぇ。
「難しい問題ね」
武器を持たない水香は物陰に隠れさせて、私とせいらさんは少なくともランチャーを当てられないように空中を飛び回って攪乱する。けどこれじゃあ根本的解決になってねぇんだよ……。
『男ハ電車ニ乗ルナァ!!!』
あの調子でずっとぶつぶつ言ってやがる。確かに痴漢は犯罪だし女性専用車はもっとあっていいと思うけど、男は乗るなってのは流石に極端だろ。
『男ガ電車ニ乗ルナラ電車ヲ壊ス!! ソウスレバ女性ハ安全!!!』
何言ってんだこいつ。壊せば安全? 安全とか言う前に乗ってた女性はどうすんだよ! 全員死んじまったんだぞ!! 女性も子供も、何も関係ない人たちまで!!!
もちろん操られてるゆえの妄言だってことは分かってる。分かってるけど……。
「やっぱり……許しちゃおけねぇぇぇぇえええ!!!!!」
「ユリさん!」
ごめんせいらさん、こういう時は作戦とか戦略よりやっぱ行動だわ……。少しくらいかすってもいい。正面から音速で突っ込んでやる!!!
『グッ、私ハ正義ィ!!!』
「何が正義だ!!! 人を傷付けたらその時点で悪だボケがぁぁぁああああ!!!!」
ランチャーに光が集まり始めたが、打たれる前に懐に入ることができた。そのまま首、肩に腕を巻き付けて勢いで後ろに回り込む。ランチャーが空に放たれるがもう遅い。
「武器が腹に一つしかついてないってことは真後ろにいれば絶対に攻撃できないだろ。思う存分痴漢してやるぜ? 漢ではないけどな」
右手をわきの下から胸に伸ばし、左手は尻をまさぐった。こういう感じだろ、痴漢って。
『グ、ゥ、ゥゥア』
「足りねぇならもっと激しくしてやろうか?? エロマンガ仕込みの変な知恵はあるからなっ」
化け物は愉悦なんだか悲壮なんだかよく分からない声を上げると、そのまま私に全体重を預ける。そして固形入浴剤が解けていくように元の姿へと戻った。やはり今回もうちの学校の生徒だ。
「あとは警察の調べ次第ね」
せいらさんが奥歯を噛みしめて血まみれの床を見ている。結果として、私たちは二つの電車に乗っている乗客たちを助けることができなかった。こうなったら警察に黒幕を暴いてもらうしか被害者を生まない方法がないんだ……。
大勢の警察と救急隊員が来たのは化け物を倒してから三分後だった。
「純さん。終わった?」
警察署の対策室から出てきた純さんに駆け寄る。今、警視庁の警官が総出で防犯カメラを洗っているところ。うまくいけば、事件解決へはとても近くなるはずだ……!
「あらかたね。それで、怪しい人物の目星もついた。あなたたちと化け物にされた子以外、あの時間帯に駅にいた制服姿の人間は一人しかいなかったからね」
「で、誰なんだ、犯人は」
純さんは手元のタブレットを操作して画像を表示すると、百八十度回転させて私に渡した。それを見て、私は自分の目を本気で疑った。
「こ、れは……」
直後、味わったことのない絶望が私の脳内を支配した。
※ ※ ※
コンコン。
「はい、どうぞ?」
私は警察の救護室に来ていた。捜査状況の確認へはユリさんが行ってくれている。私はどうしても、化け物にされた子に言いたいことがあった。
「突然失礼します」
「あ、はい」
制服が血まみれになったために、彼女は警察署で借りたワイシャツを身に着けていた。以前の水香さんのように中学生が警察署にいるのを怪しんでいるらしい。
「単刀直入に聞くけど、あなた痴漢されたいんでしょう?」
「へ?」
なぜ私がそれを知っているのかという驚きとバレているという恥ずかしさで固まっているみたい。つまりは「イエス」ということ。まあそれは化け物から元の姿に戻った時に既に分かっていたことだけれど。
「別にあなたの趣味をとやかく言うつもりはないわ。隠れて何かをやるのは誰だって楽しいでしょうし、バレそうでバレない興奮もあるでしょうし」
それは露出狂である私が一番分かっている。でもだからこそ、許せないこともある。
「でもね、これだけは言わせて。本物の痴漢を待つなんてことはやめなさい。痴漢は犯罪者よ。被害者だって年間どれだけいるか知ってる? 抵抗できなくて、声を上げずにじっと我慢している人だって大勢いるの。それなのにあなたがそんなことしてたら痴漢を助長させてしまうじゃない。アニメを見たからマネするとか、そういう次元の話ではないのよ。実際の犯罪者に成功体験を与えてしまう。それは自分以外の女性をわざと犯罪者に突き出しているのと同じようなものなのよ? 痴漢プレイがしたいなら彼氏でもセフレでも連れて電車に乗りなさい。実際の犯罪者を煽るなんて、今後は絶対にやめなさい」
「え、えっと……すみませんでした」
まくしたてたから委縮しちゃったかしら。でもこれは彼女だけの問題ではないもの。実際に被害に遭っている人たちはいる。創作や「フリ」で済ませていればそれは犯罪ではないし自由。でも、意図的に本物の犯罪者の背中を押すような真似は決して許されない。
「私も、よくないことだとは思っていたんです。それでも一度体験してしまうとやめられなくて……でもやっぱり他の子たちのことを考えれば絶対にダメですよね……」
「分かってくれればいいの。……本当に、突然押しかけて悪かったわね」
「いえ……あ、ありがとうございました」
……悪い人ではなさそうね。これに懲りて周りの人のことを考えられる立派な人間になってくれるといいけど。
最後はドアのところで深く礼だけして、私は部屋を後にした。
※ ※ ※
応接室に入ると、珍しくお母さんが先に来て待っていた。ドアが開く音でこちらを振り返る。
「今日は早かったね」
「……ねぇ」
私の問いかけにことなく、いつになく冷たい視線を向けてくる。いつも優しいはずなのになのに、今日はなんだか怖いよ……。
お母さんは私の方を見たまま立ち上がると、コツコツとヒールの音を響かせながら近付いてきた。そこにいつもの柔和な笑みはない。
「あなた、魔法少女の周りでしかあの子たちを生み出さなかったわね」
その一言で私は凍り付いた。冷や汗すら出ない。本当にお母さんの鋭い視線だけで死ぬのではないかと思った。
……確かに私はいつも意図的にユリたちの前で魔法を使った。目的のためとはいえ、私が原因で誰かが大勢亡くなったりするのは嫌だから。ユリたちがいればすぐに鎮静化してもらえるから。
でも、なぜお母さんがそのことを知っているの。……いや、もうそんなことはどうでもいい。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう……。私はお母さんを裏切ってしまった!! たった一人、私だけがお母さんの味方だったはずのに!!!!
「ごめんなさい、お母さん」
震える声で辛うじて謝る。でもお母さんの目は笑っていない。
……自分は死んでしまったのではないかとさえ思えるくらい長い沈黙のあと、お母さんは踵を返してもう一度ソファに座った。
「もちろん、人間が失敗するのは当然のことだし、許してあげる」
「ほ、本当に?」
「ただし」
お母さんは向こうを向いて座ったまま、右手だけを突き出して瓶を差し出してきた。それはいつもの瓶とは形が違った。
「もう警察にはあなたのことはバレているわ」
「えっ」
「だから、もし追い詰められたらこれで魔法少女たちと自ら戦いなさい。今回ばかりは扇動ではなく『勝つ』ことが目的よ」
私が魔法少女の近くに撒いたせいで警察にバレるなんて。本当に、私は取り返しのつかない失敗をしたんだ……。
「私は……私は……」
お母さんのために絶対に勝たなきゃいけない。仮に相手がユリだろうが、絶対に勝たなきゃいけない。私はお母さんを手伝いたいの。私にはお母さんしかいないの!!!!!
警察とかを敵に回すなんて怖いけど、ユリを敵に回すなんて怖いけど。怖いけど!! やるしかないんだ!!!!
震える右手を左手で抑えて、恐らく最後になるであろう小瓶を受け取った。
「期待してるわよ」
「……はい」
喉の奥から湧き上がってくるものを必死で押し殺して、応接室のドアを閉めた。もう、緊張で深呼吸もできなかった。
私にはもう、あとがない。
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