第7話 イチジク
それからまた2週間が経った。
1ヶ月記念日に僕専用のTシャツを染めたから来て? とオリベに言われてその部屋に向かった……はずなんだけど。
「あら、わたくしのお部屋においでになるとは嬉しいでございます」
黄色の作務衣を着たコハクさんがシンクに立っていた。
「ごめん、間違えたね」
確かに言って、慌ててドアを閉めたのに……バタンと音がした途端にいたのはコハクさんの部屋の真ん中。
「えっ、どうして?」
動揺する僕を尻目に、コハクさんは穏やかに微笑んでいた。
「オリちゃんなら、さっき染め足りないってイチジクの茹で汁持ってたばかりでございますから……少しここでゆっくりして行けばよろしいかと」
おひとついかがですか? と赤い雫のような形をした果実を僕に渡してくれた。
「生のイチジクって初めて見た」
「甘露煮も美味しいですが、生はまた一味違うのでございます」
ミニキッチンのコンロに火を付けるコハクを見ながらイチジクを齧る僕。
甘い、酸っぱい。
でも、あっさりしていて物足りない。
また齧ると、口の中に甘さと酸っぱさが広がる。
それはまるで……オリベみたいだ。
「イチジクはあなた、シノちゃんでございますよ」
コハクさんいつの間にか僕を抱き、首の後ろに吸い付く。
コハクさんからほんのりと甘い香りがして、変な気持ちになる。
「イチジクの甘露煮が出来るまでに、あなたはわたくしのものにいたします」
オリベより温かく、柔らかい身体に包まれている違和感を感じるのに逃れられない。
「悪魔の本領発揮、ってやつ……?」
何もされていないのに、荒くなる息を抑えながら言う僕を嘲笑うようにふふふと声を上げるコハクさん。
スオウさんは純粋な吸血鬼だけど、あとはみんなハーフだと紹介してくれたんだ。
ラシャさんは人間と、アサギさんはインキュバスと、オリベはメデューサと、そしてコハクさんは……悪魔と。
「わたくしは優しい方でございます……どちらかが純粋であったなら、もうあなたはわたくしのものへと完璧になっております」
いつの間に解いたのかわからないけど、下ろしたこげ茶の髪が僕の首をくすぐる。
そして、僕の身体を手だけでなく、クジャクのような羽で覆うコハクさん。
「イチジクの花は中にございます。赤く熟れてくると咲きますので下の方が膨らみ、白い液を出すのでございます」
このようにと、右の羽が僕の下半身の膨らみを撫でると、ジワリと黒い染みが出来る。
「んあッ、イ、アアッ……だアッ」
ツンツンと刺激されて快楽が頭の中を占めそうになるけど、オリベを裏切りたくなかった僕は身をよじる。
「本当に嫌だと思っておりますか?」
これこそ悪魔の囁きだというように耳元で言うコハクさん。
「こんなに気持ち良さそうにして……いけない子でございます」
襟足から首の付け根まで縦に何度も舐めるコハクさんに少しずつ洗脳されていく。
ペチャペチャという水音。
歌が上手いとわかる鼻歌。
「わたくしには……シノちゃんだけでございます」
後頭部にキスを落とした瞬間、カチッと頭の中で何かが切り替わった。
「僕も……コハクだけだよ」
コンロの上にある鍋がぼこぼこと言って、甘く誘う香りが部屋に充満した。
「いい子でございますね……ご褒美を差し上げましょう」
黒い矢印のような尻尾がモゾモゾと動き、僕のお尻の中へ入っていく。
「ア、ハッ、ンハッ……アアアッ」
ビリビリと感じたことのない気持ちよさに、腰が自然と揺れる。
「前立腺でございます。シノちゃんの中のイチジクでございますよ」
「アッ、アッ、アアッ……アッ」
「もう聞こえてはおりませんね」
では、仕上げをと、僕から離れたコハク。
「シノブゥ? どこいった〜ん?」
高い声で間延びした関西弁がドアの向こうから聞こえて、ハッと自分を取り戻した。
「シノブ〜来いって言うたで! はよ来んと……」
たぶん屋敷中に響くくらいの大声で言ってるし、この後言う言葉は口にしてはならないものだから、なんとかしなきゃと僕は思った。
「僕はここだよ!」
僕は目を閉じて、叫んだんだ。
「あっ、おったわ」
オリベが落ち着いた声色で言うのを聞いて目を開けると、目の前にオリベがいた。
「ごめんね、待たせたね」
変な気持ちは残っているけど、平然を装う僕。
「ほんまやで、すぐ見せたかったんやから」
口を尖らせながら、オリベは淡いピンク色のTシャツを渡してくれた。
「かわいい! ありがとうね、オリベ」
好きな人からプレゼントされたことはないから、本当に嬉しくて微笑んだ。
でも、オリベは僕を鋭い瞳で睨む。
「オリベ……?」
戸惑うように名前を呼んだ口は閉じなかった。
なぜなら、その口に伸びてきた白蛇が入り込んだから。
もう一匹はお尻の穴へ突っ込んでいく。
「アッ、アッ……アアッ」
喉の奥と肛門もウネウネと進むのが苦しい。
ギャアア!とけたたましい叫び声が聞こえ、それを齧る音が2回すると、解放された僕はオリベの胸の中へと納められる。
「ごめん、俺のせいやわ」
強く、苦しいくらい抱きしめてくれるオリベにやっぱりこの人だと確信したんだ。
「僕には……オリベだけだよ」
自分が言った言葉に初めて自信を持った。
オリベと見つめ合うと、白くなっていた髪がなぜか黒く変わっていた。
「僕の血、吸っていいよ」
心配して言ったのに、オリベは苦笑いをする。
「…俺、今お前に殺されかけたわ……」
胸を右手で押さえるから、ごめんと謝るると、ええのと口角を上げる。
「その前に片付けたい案件があんねん。その後でええか?」
優しく頭を撫でるオリベにうんと言うと、軽く唇にキスをくれた。
「でも、まずは……あいつやな」
ボソッとつぶやいた瞬間に、目の前からオリベが消える。
「ああああ、ゆるしておくんなまし~~!」
その代わりに聞こえてきたのはコハクさんの叫び声だった。
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