第6話 歌謡曲バー『神田川』

僕が目を覚ました場所にカウンターがあったのは、そこが歌謡曲バー『神田川』だったから。


夜になると、椅子とテーブルが並べられ、種族を問わないお客さんで埋まる。


コハクさんは和食、アサギさんは洋食担当で料理を提供し、オーナーのスオウさんとラシャさんがボーイをする。


オリベはステージで歌うミュージシャンのハモリをしたり、ギタリストの1人になる。



急に現れた僕は……その日の晩からボーイを任された。


「ごめん、また失敗しちゃった」


「大丈夫や、完璧なやつなんかおらんねんで?」


皿を割ったり、料理を出し間違えたりと失敗ばかりする僕を怒ることなく、見守ってくれるからありがたい。


「おめのすきなうたっこおしえてけろじゃ」


それに、トリケラトプスのぬいぐるみなのにミュージシャンのレオさん。


「お前のこと、きらいやないで」


ユニコーンのユルシさんも優しいんだ。



 今日はここに来て2週間。


「アマトリチャーナとだし巻きたまごでございます」 


色んなお客さんがいるけど、臨機応変の対応が出来るようになってきた。


感情労働が苦じゃないのは、看護学校にいたことの唯一のメリットかな、なんて思えるくらいには前向きにもなったんだ。


「ぼんず、おらぁのどごさこじゃ!」


ズーズー弁の言葉がどこか懐かしくて癒される。


これはレオさんだ。


「今日もステキな歌声をありがとうね」


ステージに言って素直に褒めると、レオさんはたてがみをポリポリと掻く。


「なーにも、おめが聞いてぐれるならなんぼでもうだうがらな」


ニヤッと笑う姿はワイルドに感じる。


言っても、お酒は一滴もやらないからね」


「なんだや、つまらねな」


言葉の割には楽しそうだよ。


「ユルシさんは野菜スティックのおかわりは?」


「いらん」


ユルシさんはあまり話をしてくれないんだ。


「マヨネーズは足らんし」


ボソボソと言って、ため息を吐くユルシさん。


でも、金色の角を擦っている。


これは素直になれない時のクセだと、オリベに教えてもらってるから、かわいいなと思う僕。


「じゃあ、野菜スティックもマヨネーズももってくるね?」


僕が平然と言うと、ユルシさんは目を見開く。


「バナナジュースも?」


僕が微笑んで言うと、顔を真っ赤にして小さくうなずいてくれたんだ。



  ‘‘あなたに会えて 本当に良かった’’


僕が一番好きな歌を今日も歌ってくれた。


必ずと言っていいほど僕の伝えていた好きな歌を歌ってくれるから、今日はなんだろうと楽しみにしているんだよね。


『いつもありがとう』


みんなに伝わりますようにと願って、僕はカウンターへと急いだんだ。

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