第6話 祖母の隠し味

 いとこのたっちゃんには父親がいなかった。たっちゃんが生まれて間もなく、両親が離婚したからだ。

私の父は、父の妹のひとり息子で私よりふたつ年下のたっちゃんをいつも気にかけ、よく私を連れて電車でふた駅離れたたっちゃんの家へ遊びに行った。

 母親は水商売に出ていた。祖母が同居しており、たっちゃんの面倒を見るのはもっぱら祖母だった。

 私もたっちゃんも子供だったからあまり感じることはなかったが、たっちゃんの家は狭く、六畳の部屋にキッチンがついているだけで、そこで祖母と、母親と、たっちゃんの三人が暮らしていた。

 昭和四十年代のことである。

 私はたっちゃんととても仲が良かったから、たっちゃんの家へ行くのはとても楽しみだった。たっちゃんとは気が合って、色々なことをして一緒に遊んだ。何しろ物心つく前からの付き合いである。だからまるで兄弟のように、かくれんぼや鬼ごっこに始まって、互いに成長するに従い、野球や、虫捕りや釣りなど、遊びの内容も変化していった。そしてその私たちのそばには、いつも私たちを見守る優しい祖母がいた。

夏の夜は、私とたっちゃんが寝付くまで、うちわでふたりを扇いでくれていたのを覚えている。

また、たっちゃんの家には、うちにはない、特別なものがあった。

 それは、祖母の作る料理だ。

 私の母も料理はへたではない。むしろうまいほうかもしれない。

 しかし祖母の作る、素朴だが手の込んだ料理の味には、母もまったくかなわなかった。

 どんな料理だったかを書こうとしても、もう遠い昔のこと、殆どその内容を覚えていないのだが、たとえば味噌汁ひとつとっても、祖母の味噌汁には、何か子供が好む不思議な味わいがあった。

 私が小学校高学年くらいの頃だろうか。ある日、何気なく祖母に尋ねたことがある。

「おばあちゃんの作るごはんは、なんでこんなにおいしいの?」

 すると祖母は、

「おいしい? よかったね。それはね、隠し味があるとよ」

「かくしあじ?」

「そうよ、隠し味」

 私は分かったような、分からないような感覚だったが、横で一緒に味噌汁をすすっていたたっちゃんが、

「ぼくもおばあちゃんのごはん大好き」

 と言ったので、それ以上のことは訊かずに終わった。

 やがて私が小学校を卒業する頃、たっちゃんには新しい父親が来て、たっちゃんは一家四人で大阪へ引っ越して行った。

 それ以降は、それまでよりはるかに、たっちゃんに会う機会が少なくなってしまった。

 やがてたっちゃんは、高校も卒業せずに温泉地のホテルで板前の修業を始めた。

 長い年月が過ぎる中、たっちゃんの料理はじわじわと認められるようになり、ついに有名ホテルの料理長を務めるようになって、ふたりの子供を社会に送り出し、今はそのホテルで社長として経営に手腕を振るっている。

 たっちゃんには、その育ちからくるハングリー精神があったのだと思う。しかしそれ以上に、たっちゃんを出世させた陰には、たっちゃんの中に脈々と息づく祖母の料理の味があったに違いない。

 そして、今にして思うと、あの時祖母は、「愛情」という隠し味があると言いたかったのではないかと、私は秘かに推測している。

 祖母は遥か三十数年前に他界しているが、多分、たっちゃんは、あの祖母の料理の、素朴で深い味わいを、一生忘れることはないだろう。

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