もう君に詠めない

@Eishinn

第1話

汝の言の葉に、我の心は揺れ動く。

もし見すべくば、

我はいかに嬉しきか、汝はいかにわびしや。



クラスで人気の男子。

原井悠斗に届いた

その手紙の事で

朝から クラスは騒がしかった。



「君の言葉に、私の心は揺れ動く。

もし見せることが出来たなら、

私はどんなに嬉しいか、

君はどんなに悲しいか…って意味らしいよ」


「綺麗な字だね、

ソラ…って名前の女子?」


「そんな子学校にいた?」


「うちのクラスにいるじゃん!」


「いやいや、 晴空は男だし

こんなことするわけないじゃん」


「でも…」


「男同士なんて 可笑しいじゃん」



僕は そんな会話を横で聞きながら

膝の上に置いた 拳を握りしめた。



「なんかのイタズラじゃないかな

でも こんな風におもわれてるのは

嬉しいよ」



悠斗は 大切そうに手紙を

しまって 僕の隣に座った。



「朝から お互いに災難だったな」


「え? あぁ、そうだね」


「晴空には 変な噂が流れるかも

しれないし… 本当にごめんな」


「いや 悠斗のせいじゃないよ。

それより お互いに災難って…?」


「俺は このソラって子が

見つからないから…さ…」



悠斗は 顔を赤くさせて

恥ずかしそうに言った。



「悠斗は その子が好きなの?」


「ソラって子が好きなのかは

分からないけど

この詩をいいなって思ったんだ…」


「詩に恋した…ってこと?」


「あぁ、 こんな良い詩を書くんだから

この子も いい人に違いないって

思うんだ… もし違っても

会って話しがしたいな」



悠斗は もう一度 その手紙を出して

愛おしそうに 読み返していた。


僕は 息をいっぱい吸って

言おうとした。



「それ、僕が書いたんだ。

僕は 悠斗のことが好きだから」



しかし声にはならなかった。



「どうかしたか?」


「ううん、なんでもない

今日の一限目 数学だろ?

それを考えてたんだ」


「そっか!俺も準備しないと!」



悠斗は 机に手紙をおいて

ロッカーへ行くと

僕は 咄嗟に その手紙を

ポケットに隠した。


なんで 自分がそんなことを

したのかは 分からなかった。


でも その日

僕は 手紙を破いて捨てたから

きっと 何かあったんだと思う。


案の定次の日

悠斗は ソワソワしていた




「どうしたの?」



分かりきった 問いを投げかけた。




「手紙が 無くなってさ…

昨日からずっと探してるんだ…」


「そうなんだ…

でも 無くしたなら、もう諦めなよ」


「諦められないよ!」


「っ!」


「あの詩、手紙があったら

残せてたのに…手紙を無くしたら

もう 読み返せないじゃないか!」




僕は 目を点にして

しばらく動けなかった。


自分を偽って

書いた手紙を出して

その手紙を 自ら捨てた自分が

酷く 惨めで 最低な人間だと思った。


そして悠斗の真剣な顔は

僕の心を大きく動かした。




【宛先】悠斗


【件名】手紙あったよ




放課後の 屋上で

そんなメールを送ると

息を切らした 悠斗がやってきた。




「見つかったのか?」


「うん」


「それで、手紙は…?」




冷たい風が僕の背中を押すと

僕は 息を目いっぱい吸って言った。




「汝恋し

嘘をつきし 我を思はば

汝は嫌ふかもしれねど

この心地に嘘は一つも無し」




目を開けると

景色がスローモーションに見えた。

しかし 悠斗の声はどんな音よりも速く

僕の耳に入ってきた。




「あの ソラって… 晴空だったのか…?」


「ごめんね」


「いや、俺も晴空も 男だし…

な、なんかの悪い冗談だろ?」




悠斗は なんとも言えない

顔をして 嫌な汗をかいていた。


その時 僕は 初めて分かった。


僕は 可笑しいんだ

普通じゃないんだと…


悠斗の隣の席になって

胸が高鳴る あの時も

知っていたはずなのに。


僕は やっと理解したんだ。




「俺達はそんな関係じゃなくて

友達として 仲良くしないか?」




悠斗が眉を八の字にして

そう言うと


僕は 目に見えない

言葉に胸を強く押されて

空を飛んだ。


風をきる感覚と

悠斗の顔が 頭から離れなかった。




次の日の朝…といっても

昨日は寝ることが出来なかったから

昨日が続いているように感じて

君の泣き顔が 目を閉じる度鮮明に見える。

目を開けても 涙で視界が溺れる。


あの時 何も言えなくても

君の事を抱きしめていたなら

こんなことには

ならなかったのかな。


窓から入る 穏やかな風は

君に届いていますか。

こちらには 冷たい風しか

吹いていないけど

これが さだめなんだと分かっているから…


俺は 何度後悔したらいい?



いま 汝にはえ会はず。

後悔して後悔せば…

また汝に会ふべしやな。

後悔して死なまほしくならば

また汝の隣に笑ひあふやな。

汝の詩を また聞くべしやな。



「こんな下手な詩じゃ 空まで

届くはずないか…」





ふと 空を見上げると

ごく自然に その手紙を

ポストに入れに行った。


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