夏の告白

黒百合咲夜

告白

 私は、彼が好きだ。

 彼もまた、私が好きらしい。

 今日もまた、彼は私の気を惹こうと愛を叫び続けている。嬉しいのだが、私から応えることはない。

 恥ずかしい、というのももちろんある。でも、私は彼に私だけに好きと伝えてほしいのだ。誰もが聞こえるこんな場所で愛を叫ばれても、私はあまり嬉しくない。

 だから、私は彼を待っている。面と向かって好きと言ってくれるその時を。


 次の日も、彼は愛を叫んでいる。どうして分かってくれないのだろう?

 私は、二人きりの空間を望んでいる。それなのに、状況は変わらない。私のことが好きだというのなら、もっと私のことを理解してほしい。

 ゆえに、私は今日も応えない。こうしていると、いつかは彼も気づくだろう。

 私が告白に応えないのは、場所と雰囲気が悪いのだと。


 次の日、彼の声が聞こえなかった。

 私は、不安で不安で仕方なくなる。友だちから、子供たちが夏休みに入ったと聞いていた。何か関係しているのかと気になるが、ここで動いては私の負けだ。

 これが、彼の作戦なのかもしれない。押してダメなら引いてみろってやつだ。

 残念。私はその手に引っ掛からない。もっと別の方法を考えてから試してみなさい。


 次の日もまた、彼の声が聞こえない。

 まだ、諦めていないのか。それとも、もしかして私から興味を失くしてしまったのか?

 前者なら面白い。私とどちらが長く耐えれるかのいい勝負だ。もちろん、負けるつもりはない。時間はまだまだたっぷりとあるのだから、ゆっくり気長に待てばいい。焦らされたところで私は動じない。

 でも、後者だったら? いつまでも振り向かない私に愛想尽かせて、他の女に目移りしてしまったのなら?

 それなら、彼の想いはその程度だったということだ。私のことをその程度にしか考えていない男なんて、こっちから願い下げよ。

 ……でも、おかしいな。それならどうして、こんなに辛い気持ちになるのだろう?


 次の日、彼は再び愛を叫ぶ。

 まあ、別に? 少し心配しただけだし? 再び聞こえ始めた告白に感動して応えたりしてしまえば、それこそ私の負けになっちゃうし?

 彼の作戦には絶対に乗らない。私は、ちゃんと二人きりで好きと伝えてくれるまで辛抱強く待ってやる。

 ……それにしても、今日の彼は元気がないな。どうしたのだろう?


 次の日、彼の叫びが小さく聞こえる。時々、聞こえない時間も生まれて不安になる。

 何かの病気なのかな? だとしたら、無理せずに休んだほうがいい。そして、休んでいる間にゆっくり考えるといい。

 どうして、私が彼に振り向かないのか。どうしたら、私に振り向いてもらえるのか。

 考えて考えて、答えを見つけて実践すればいい。これ、私からの宿題ね。


 次の日、彼の声が聞こえない。

 やっぱり病気だったのかな? 今ごろ、ゆっくり休んで考えている頃だろう。この長い争いも、ようやく終わりを迎えることが出来そうだ。

 私も、ちゃんと謝ろう。彼が好きだと言ってくれたその時に。

 恥ずかしいからって返事をしないのはさすがに悪いからね。一言、ごめんなさい、と言えばいいのだ。

 早く治ってほしいな。また、声を聞かせてよ。


 次の日も、また次の日も、それから、彼の声は聞こえない。

 そんなに重い病気なのかな? 心配になる。一度、お見舞いに行ってあげたほうがいい気もする。

 いや待って。これも、彼の作戦なのかもしれない。私の心を利用するなんてひどい。もっと正々堂々とすればいいのに。


 次の日、やっぱり心配になった。今日も、彼の声は聞こえない。

 いつまでもつまらない意地を張っていても仕方ない。私から彼に会いに行こう。会って、私もこの想いを伝えるんだ。

 私は飛び出す。彼がいつもいたあの場所に。けれども、彼はそこにいなかった。そこには、別の男がいるだけだった。

 しつこく迫ってくる男を無視して私は次を探す。ずっとずっと、彼を探す。けれども彼は見つからない。

 私が知る限りの場所をしらみ潰しに探していく。時が経つほどに、焦燥感も大きくなった。何か、取り返しのつかないことになっているようで怖い。

 彼が、他の女と仲良くいる姿など想像したくない。だから、必死に探す。彼に伝えたい言葉を胸に秘めて。

 朝がきて、夜がくる。また朝がきて、夜がくる。何日も何日も彼を探す。が、見つからない。

 そして、私の体力も限界が近かった。私は、最初に彼を知ったあの場所まで戻ってくる。

 せめてもう一度、声が聞きたい。諦めをつけるため、最後に一度だけ声が聞きたい。その一心で、私は始まりの場所から辺りを探す。


 ……見つけた。彼を見つけた。

 彼は、いつも彼がいた場所のすぐ近くにいたのだ。どうして、気づいてあげられなかったのか。

 私は、フラフラと彼へと近づく。

 彼は、その場所で静かに横になっていた。私への愛を叫ぶことなく、動くこともなく。

 私は理解した。時間切れだと。私のつまらない意地のせいで、時間切れになったと。

 ごめんなさい。彼に伝えるこの言葉が、違う意味へと変わってしまった。

 私も、そろそろ時間だ。あぁ、取り返しのつかないことをしてしまった。

 伝えたい想いは、言葉は、伝えたいと思ったその瞬間に伝えるべきだったのだ。そうすれば、こんなことにはならなかったのだ。

 私も、彼の横で横たわる。

 叶うなら、もう一度だけ……。

 彼の声が……聞きたかったな……。

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