第177話 ベンの技量
エマさんの至極まっとうなお怒りをベンが受けている間、ベンが『裏切り者』と目で訴え掛けているのを横目に俺は存在感を消していた。
エマさんの怒りが俺に向かないよう、『我は虚無なり』と自分に暗示をかけていたのだ。
しかし、俺の努力も虚しくエマさんに捕捉され、ベンと同じく耳を引っ張り上げられることになった。
『ベンと違って俺は客だぞ!』という考えが一瞬頭をよぎったが、身内であるベンと同じ扱いを受けたことの方が俺には嬉しく、叱られていながら少し嬉しいという複雑な感情を抱いていた。
我ながら『チョロイン』である。
まぁ、アラフォーのおっさんが一回りも年齢が下の女性に叱られて喜んでいる図は、客観的に見て気持ち悪すぎるのでソコには目を向けないようにしよう……。
そんな感じで仲良くベンと叱られた俺は、エマさんにペコペコと二人で頭を下げ許しを請うことになった。
なんとかエマさんの怒りが収まり、防具の使用感など真面目な話に移行する。
改善点や新しいアイディアなど色々話し合い、意見が出尽くした頃、休憩を兼ねたお茶に誘われた。
結構な時間しゃべっていて喉が渇いていたこともあり、ありがたく申し出を受ける。
兄妹の交流を邪魔せずお暇いとまさせてもらう選択もあったが、ここは図々しくお茶会に混ぜて頂こう。
ベンに聞きたいこともあったので丁度いい。
短い時間の攻防ではあったが、ベンの技量が尋常ではないことは身を以って理解していた。
ただ、ベンの技量がどのレベルなのか? これはとてつもなく大きな問題だ。
剣術スキルを所持していると思おぼしき冒険者と戦ったことはある。おそらく、剣術スキル持ちのアルが戦うのも身近で見てきた。
しかし、彼らは『モンスター・ハント』専門の冒険者だ。揉め事で人を殺すことはあっても、人を殺す技術を重点的に磨いてはいない。
護衛担当の冒険者や対人戦闘を生業としている兵士や領軍の騎士とは違い、彼らの剣術はシンプルだ。
モンスター・ハント専門の冒険者たちは、ゴンズパーティのように連携をとって戦うのは稀で、最低限の役割分担とお互いの隙をカバーするといった意識しかない。
そのため、相手を少しずつ削るといった戦い方を使わない。いや、使えないと言った方が正確だと思う。
手負いのモンスターは恐ろしいこともあり、彼らは基本的に一撃で相手を仕留めようとする。
雑にイメージすれば、薩摩示現流といったところだろうか。必殺の間合いに入り、渾身の一撃を持って相手を打ち倒す。
言葉にすれば簡単だが、実際に行うのはとても難しいことである。相手の命に届く距離というのは、自分の命に届く距離である可能性が高い。
そのため、ビビって踏み込みが浅くなったり、中途半端な攻撃になることも多いからだ。
命の軽い世界でも特に命の軽い冒険者。幸か不幸か、彼らの現状がその躊躇ためらいをなくさせる。
自分の命すら軽く見ているのだ。そんな人間が、なんのためらいもなくお互いの命の届く距離に踏み込み、渾身の一撃を打ってくる。
これは、想像以上に恐ろしい。
しかし、シンプルが
俺が今まで冒険者たちと戦って勝てたのは、単純な実力差だけではなく相性の良さがあったからだと思っている。
ベンと戦ったとき、対人技術を持つ相手に対する俺の優位性は感じられなかった。
もしベンの技量が対人技術を修めた人間の『平均的な技量』だと仮定した場合、対人技術を修めた相手の危険度は跳ね上がる。
ベンの技量は、あのレベルが平均なら俺など簡単に殺されてしまう。そう感じるほどの技量だった。
ベンの技術が卓越しててくれ。鍛冶の片手間に習った程度ではないと言ってくれ。
そんな願いを込めながら、ベンに
君の技量はこの世界でどのぐらいの位置にいるのか、と。
この世界でも、世界で比べられなくても、せめてこの国で上位であってくれと願いながら……。
俺の問に答えてくれたのは、ベンではなくエマさんだった。
エマさんは誇らしげに言った。兄さんは剣聖の弟子であると。
その技量から、おそらくかなりの上位者であろうことは想像できた。
しかし、剣聖の弟子などというパワーワードが飛び出てくるとは夢にも思わなかった……。
「剣聖って言っても、各国のトップみたいなものだからね。他国にも剣聖はいるから」
ベンが照れたように頭を描きながら言った。
「でも、純粋な技量なら兄さんはアスラート王国でも3本の指には入るでしょ?」
遠慮がちなベンとは違い、エマさんは自分のことのように胸を張る。
「命のやり取りになると変わるだろうけど、まぁ純粋な技量だけなら多分ね……」
謙遜しつつも、否定はしないベン。
国のトップレベル! マジかよ、鍛冶師じゃなくて剣士として貴族に仕えれるレベルじゃねぇか……。
ベンが鍛冶師として特別視されているのは、剣豪鍛冶師というブランドも影響しているのかもしれない。
前世で置き換えてみても、剣豪が打った刀とかロマンが過ぎるだろ。
『剣聖の弟子』であるベンが何故鍛冶師をしているのか? どうやって剣聖の弟子になれたのか? 気になる部分が非常に多い。
俺は図々しいと思いつつも、こんな話を聞ける機会はもうないだろうとグイグイ質問させてもらうことにした。
ベンは少し照れくさそうにしていたが、エマさんにせっつかれ剣聖の弟子になった経緯を語りだしてくれた。
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