第158話 スリの小僧

「待てぁごらぁ!」


 スラムの路地裏に罵声が響く。


「待てって言われて待つ馬鹿がいるかよ!」


 男の財布を盗んだガキは、小さい体を活かして大人が通れない隙間へと消えていく。


「へへへ、貧乏クセェおっさんのくせに結構持ってんじゃん」


 スリの小僧は空になった財布を適当に放り投げると、金をポケットに突っ込んで上機嫌に歩き出す。


 ガキは店で状態の悪そうなパンや果物を買うと、スラムの迷路のような道を警戒しながら移動した。


 警戒はしていても、俺の尾行には気付いていないようだ。


 暫く進むと、奥まった場所に廃材を組み合わせて作られたボロい集合住宅があった。


 集合住宅といえば聞こえはいいが、薄っぺらい板で仕切られたカプセルホテルのようなものだ。


 狭くて汚くて臭い。


 こんなところで生活するくらいなら、モンスターの蔓延はびこる森の方がまだマシな気がする。


 その中の一室にガキが入っていくと、中から声が聞こえた。


 外壁がペラペラなので、中の声がよく聞こえる。


「にいちゃん、これ食べていいの?」

「おう、遠慮せず食え」

「わぁ、くだものもある!」

「にいちゃん、ありがとう」


 声からして、弟と妹のふたりだろうか。どうやら、スリの小僧はスリをして幼い弟たちを養っているようだ。


「それじゃあ、にいちゃんちょっとでかけてくるからな」

「にいちゃんは、パン食べなくていいの?」

「わたしのはんぶんあげるよ?」

「にいちゃんはさっき食べたから大丈夫だ」

「ほんとう?」

「あぁ、本当だよ」


「それじゃ、俺が帰るまでここで大人しくしてろよ」

「うん、わかった」

「はーい! わかったー!」

「いいこだ」


 気配察知で、スリの小僧がふたりの頭を優しく撫でているのが分かった。




 ボロい集合住宅から出てきたスリの小僧は、腹に手を当てながら気だるそうに歩く。


 格好つけやがって、自分の食べる分まで渡したな。


 稼ぎ頭の小僧が死ねば、幼い兄妹たちはスラムで生きていない。


 ふたりを生かしたいなら、まず自分が元気でいる必要がある。


 そこを理解していない当たり、犯罪者とはいえまだまだ子供ってことか。


 

 空腹に耐えながら歩いてる小僧は足取りが重かった。空腹のせいかと思ったが、それだけではないらしい。


 しばらくすると、スリの小僧はボロボロの一軒家へと入っていく。


 俺は気配を消しつつ、中の様子を探れる場所を探した。





「メイソンさん。これ、今日のあがりです」

「どれどれ、おいおい今日はがっぽり稼ぎやがったな。良くやったトビー」


 スリの小僧は元締めらしき男に金を渡している。


「ほら、おめぇの取り分だ」

「え? これだけですか?」

「あん? なんか不満があんのか?」


 スリの小僧、トビーが遠慮がちに言う。


「あの、取り決めより少ないんですけど」

「ああ、今日からおめぇの取り分はそれだけだ」

「そんな、聞いてないです!」

「今言ったじゃねぇか」


 トビーの持ってきた金が思ったより多かったのか、欲を出したらしい。


 スラムで盗める金なんてタカが知れている。大したことない額で簡単に約束を破るとか、ケチクセェ野郎だ。


「今までだってギリギリだったのに、そんな額じゃ生きていけないよ!」

「あん? なら死にゃいいじゃねぇか」

「え?」

「スラムにはガキなんていくらでもいるんだ。文句があるならいつでも殺してやるよ」

「あ、あぁ」

「てめぇ、本当にこれで金は全部なんだろうな? 勝手に食い物とか買ってんじゃねぇだろうな?」

「そんなことしてない!」


 トビーが叫んだ瞬間、ドスンと重い音が響く。


「うげぇー」


 腹部に蹴りを食らったトビーが嘔吐しているようだ。ビチャビチャと嘔吐物が床に落ちる音が聞こえてくる。


「お、空っぽか。信じてやるよ。だけど、次舐めた口きいたらこんなもんじゃすまねぇぞ」

「うぅ」

「答えろや、おらぁ!」

「痛い、痛い。ごめんなさい、メイソンさん。もう逆らいません」


 ドカっと、壁に何かが叩きつけられる音がする。


「ちっ、クソガキが。少し優しくしてやったらつけあがりやがって」

「うぅ、うぅーーー!」


 トビーの痛みと悔しさが伝わってくる慟哭を聞いても、メイソンは何も感じないならしい。


 さて、そろそろ俺の出番かな。



 俺は乱暴に入り口を蹴り開けると、中へと侵入した。


「誰だてめぇ!」

グリューンのもんだ」

「そ、組織の方でしたか。へへへ」


 最初の威勢は何処へやら。メイソンは組織と聞くと態度を一変させた。


「メイソンだったか?」

「はい、そうです!」

「アンタにちょっと話があってよ」

「な、なんでしょうか?」


 メイソンは額に汗を浮かべている。


 まずいことをした自覚はあるようだ。


「最近、取り決めた地区以外でのスリが増えててな。アンタ、何か知らねぇか?」

「はて、心当たりはありません。ウチ以外の奴らじゃないですかい?」


 メイソンはそうすっとぼける。


「そうか、何も知らないか」

「もしかしたら、ナータンたちのグループかもしれません。あいつら、がめつくて有名ですからねぇ」

「別のグループの仕業……ねぇ」


 俺はメイソンを睨みつける。


「そこのガキはアンタの傘下だろ? さっきガキから金を受け取るところをみたぜ」


 俺はうずくまっているガキに目線をやる。


 そして、メイソンに目線を戻した。


「そこのガキが取り決め以外の場所で財布を盗むところをみたぜ。おい、メイソン。どういうことだ?」


 俺が頭の中でメイソンを何度も殺しながら睨みつける。いつでも、何度でもお前を殺せる。そうメッセージを飛ばしたのだ。


「え、あ、あぁ」


 返答にきゅうしたメイソンは、震えながら俺を見ていた。

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