第157話 アットホームな職場です
カールの説明はとても分かりやすかった。
俺のやることは単純。
下っ端たちの手に負えない案件のときに出張る、それだけだ。
事務所の運営や細かい金銭のやり取りなんかはカールに丸投げでいいそうな。
ものすごくオブラートに包んでいはいたが、素人が手を出して混乱するのは避けたいってことみたい。
暴力だけが取り柄のアホに経理を触らせたくないのはよく分かる。
事務所の金を自分の金だと思いこんで派手に使ったり、組織の取り決め以上の金を集めたり。
俺の前任者たちは、そういったトラブルを起こしてドミニクに処されたらしい。
それならカールを責任者にして、腕っぷし担当を用意すればいいのでは? そう質問したが、それも難しいみたいだ。
スラムに帝国を築き上げたエムデンですら、組織の武闘派幹部から『金貸し』と
エムデンによる高度に形成された組織。新しい組織の形が広まった今でも『力がすべて』といった風潮は根強いのだ。
俺は金や人脈もその人の力だと思っているが、少国家群だとその考え方は珍しいのだろう。
この世界はレベルが存在する。そのため、個の力が強い。単純な力に対する信奉が強固なのだ。
暴力はすべてを解決する! を地で行くこの世界では、力のない人間が力のある人間を従わせることは難しい。
そのため、どうしても組織のトップは力のある人間。武力に優れた人間が選ばれる。
そして、そうした人間は得てして頭があまりよろしくない。
ゴンズもそうだったが、頭を使う必要がないからだ。
ぶん殴って言うことを聞かせる。
昭和の暴力親父みたいな方法だが、この世界ではそれがもっとも手っ取り早く、そして有効なのだ。
殴るか殺せば解決なのに、わざわざ思考を巡らせて細々としたことを考えるのは億劫だ。
そんな面倒くさいことをしなくても、ぶん殴れば即解決。力の強い人間は、そうやって生きてきた。
急に今まで生きてきた価値観を変えることは難しい。ましてや、周りもそういった風潮なのだ。組織に逆らったヤバいってのは理解していても、つい力のまま傲慢に振る舞ってしまうのは容易に想像ができる。
裏ギルドという組織に集まる人間の性質上、そういった暴力至上主義者が集まるのは避けられない。
そして、暴力至上主義者とエムデンの作った組織の形は相性が悪いのだ。
その結果、組織の中間管理職不足が深刻な状態になった。そのため、見込みがありそうな俺が抜擢されたってことだ。
なるほど、話の筋は通っている。
カールの話では、ドミニクはこの事務所以外にも数か所縄張りの維持をしていてパンク寸前の忙しさだったようだ。
妥協して適当な人物を責任者にしても、そいつがやらかすたびドミニクが始末をつけて余計に労力が掛かる。
現場も混乱するし、結局自分で全部やった方が楽といったありさまだったそうな。
これだけ聞くと、急速に膨張して失敗したフライチャイズ企業っぽさを感じる。
ただ、決定的な崩壊に繋がっていないのは、エムデンの能力と右腕であるドミニクが優秀だからなのだろう。
ドミニク、何気に完璧超人なのでは?
暴力装置としての性能は文句なし。誰もが恐れる『本物中の本物』。
そして、何気にインテリなのだ。
見た目はイギリスのラグビー選手みたいで、いかにも体育会系! といった
俺に報酬を支払うときも、スムーズに四則演算をこなしていた。
そこらへんの小さな店なら、商人ですらコインを数える謎の木枠を使ったり、指を折りながら金勘定をしている。
ドミニクは暗算でパッと金額を出していた。
これは、それなりにでかい商店の番頭とか、そのレベルの教育水準だ。
もしかしたら、元はいいとこの坊っちゃんなのだろうか? それとも、商人出身? 外見からはまったく想像できない。
どちらにせよ、ドミニクは俺の想像以上に組織の中で重要な人物のようだ。絶対に逆らわないようにしよう……。
失敗したら俺もドミニクに処されるんだろうなぁ……そんなことを考えるとテンションがめちゃめちゃ下がる。
だが、嫌なことだけではない。
立場には責任が伴うが、重い責任には高額な報酬が伴うのだ。
まず、事務所のトップとして毎月金貨十枚が支給される。しょぼい金額に感じるかもしれないが、感覚が麻痺しているだけでとんでもない大金だ。
しかも、何もしなくても支払われる基本給なのである。
一度も事務所に顔を出さなくても貰える金だ、夢の不労所得である。
もっとも、そんなおサボりをして縄張りを荒らされでもしたら、ドミニクに処されてしまうが……。
後はまぁ、今まで通り回収した金の一割が貰える。
この案件はしょっちゅうある訳じゃないが、下っ端たちが手に負えない案件が回ってくる事が多い。
そういった案件は厄介ではあるが、金額がでかい案件がほとんどだ。
つまり、成功報酬も大きいのである。
下っ端のチンピラたちが銀貨数枚で命懸けの仕事をしていることを思えば、かなり好待遇なのは間違いない。
そんな大金もらっても、いまのところ使い道がないので個人的には微妙だが。
ベンが俺を受け入れてくれて今まで通り接してくれるなら、武器を新調するのもいいかもしれない。
もしかしたら、異世界でお馴染みのミスリルやアダマンタイトなんかのファンタジー金属でナイフを作れるかもしれないのだ。
そう考えると、テンションが上ってくる。
それに、俺の名前が売れれば絡んでくるやつも減って安全になるはず。いい事ずくめじゃないか。
なんてホワイトな職場なんだ。
『アットホームな職場です』なんて、なんの福利厚生もない会社が苦し紛れに宣伝している言葉とは違うのだ。
裏ギルドのお仕事はしっかり『実』がある。
いやー、俺は運がいいなぁ。
え? なに、カール。
しばらく忙しくなる? 繁忙期なの? あぁ違うの。
なるほど、ドミニクと違って俺はまだ名が売れていない。そのため、トップが変わったことに気付いた奴らが色々ちょっかいを掛けてくる可能性が高いと。
ふむふむ、なるほどね。
やっぱ、全部なしにして帰っていい? あ、駄目ですか。
そうですか……。
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