第156話 さらば長い友よ
「ぶっちゃけるとよ、人手が足りねぇ」
俺の疑問に答えるように、ドミニクが結論を話してくれる。
「エムデンさんの力で組織は急速に拡大した。その拡大に、人が追いついていない状況なんだよ」
なるほど、人材ってのは急に育たない。時間を掛けてじっくり教育するか、どこか別の場所から優秀な人材を引っ張ってくる必要がある。
この世界は若返りのポーションなどがあるため外見から断定はできないが、エムデンはおそらく四十代の中盤あたり。
若いときに組織に入ったとしても、三十年ほどしか在籍していないことになる。
組織内で出世して勢力を拡大した期間となると、もっと短いはず。
人手が足りないってのは納得できる理由だ。それでも、昨日今日加入した俺にポンと事務所をひとつ任せるのはおかしいだろ……。
「人手が足りないのは分かったのですが、最近入ったばかりの俺がトップになるのは大丈夫なのでしょうか? 俺より先に入った人の反感なども予想できますし……」
話がうますぎておっかない。なんとか思いとどまってくれないだろうか? 俺はドミニクの機嫌を損ねないよう気をつけながら、ネガティブな情報を出して反応を見る。
「あん? 俺やエムデンさんが決めたことにイチャモンつけるやつなんかいねぇよ。もしそんな奴がいたら……ヤジン、おめぇがぶっ殺せ」
ドミニクは少し顔をしかめながら答えた。
やべぇ、ちょっと怒らせたかもしれん。
俺は神妙な顔をして、コクンと頷いておく。
さすが裏ギルド、一般企業とは違う。人事に不満を口にするやつがいたらぶっ殺せ! ってことね。
なるほど、最速の解決方法である。
ぽっとでのやつが急に自分たちの上司になる。それを面白く思わないのは当然の反応だ。
ただ、それを態度に出すと『上に逆らうのかてめぇ、死ねやごらぁ!』となるのか。
裏ギルド、めちゃくちゃホワイト企業やんけ! そう思ったが、やっぱり真っ黒だったわ。
そんなところで管理職とかやりたくねぇなぁ……。
そんな風に黄昏れていると、ドミニクは続けていった。
「俺たちの業界は舐められたら終わりだ。でもよ、他人を震え上がらせる奴ってのは大抵狂ってやがる。好きに暴れて『気持ちよくなる』ことしか考えてねぇ」
ドミニクは疲れを滲ませた声で嫌そうに言った。
「組織が首輪をつけて、暴れさせるときだけ首輪を外す。そんな使い方しかできねぇ連中なんだよ。そんな奴らに
確かに、快楽殺人鬼に事務所の所長なんて務まるはずがない。
「かと言って、中途半端な奴にまかせてみろ。舐められて
そりゃ、養殖物のサイコ野郎ですから……。
天然物のドミニク兄貴は、なんで天然物なのに自分をコントロールできているんでしょうねぇ。
俺は、それが一番怖いよ……。
「最初からうまくやれなんておもっちゃいねぇ。事務所の運営なんかはカールに任せて、下っ端どもの手が負えない揉め事があればおめぇがでばりゃいいだけだからよ。とにかくまぁ頼んだぜ!」
ドミニクはそう言うと、階段の方へと歩き出す。
「細かいことはカールに聞いてくれ。それじゃーな!」
ちょ、ドミニク兄貴! もう行っちゃうの!
「「「お疲れ様でした!」」」
リビングの下っ端たちがドミニクに挨拶をする。慌てて俺も挨拶をした。
「ドミニク兄貴、お疲れ様でした!」
ドミニクは手をひらひら振ると、部屋から出て行ってしまった。
マジで行っちゃったよ。
うーん、気まずい。リビングにはどうしていいか分からず戸惑っている下っ端と、柔らかく笑っているカールさんが残された。
とりあえず、自己紹介からするか。
「ドミニク兄貴に
「ヤジンさん、よろしくお願いいいたします」
「「「よろしくお願いします!」」」
挨拶は済んだが、微妙な空気のままだ。下っ端たちの名前を尋ねればいいのか、それともカールさんから詳しい話を聞けばいいのか? 俺が迷っていると、カールさんが話を進めてくれた。
「ヤジンさん、あちらの部屋で詳細を詰めさせて頂ければと……」
「そうですね。よろしくお願いします、カールさん」
「ヤジンさん、私のことはカールと呼び捨てに」
「いや、それは」
「カールと呼び捨てにしてください」
「わかったよ、カール」
優しくではあるが、有無を言わせない圧を感じた。上限関係はキッチリしておかないと色々やばいのだろう。
裏ギルドの性質上、俺が望んでカールさんに敬語を話していても、周りの奴らが生意気だ! と感じればカールさんがヤバいことになる。
初対面の年長者を呼び捨てにするのは気が引けるが、郷に入っては郷に従えとも言う。
俺も今日から立派な裏ギルドの幹部。裏ギルドの価値観にアジャストしていく必要がある。
はぁ……嫌だなぁ。
でも、俺に断るなんて選択肢は存在しない。
断れば、俺がドミニクに『上に逆らうのかてめぇ、死ねやごらぁ!』されてしまうからだ……。
俺も散々人を殺してきた。ろくな死に方はしないと思うが、さすがに生きたまま首から下を損壊させられるのは御免被る。
死にたくなければ、与えられた仕事を精一杯こなすしかないのだ。
ブラック社畜ここに極まれり! こうなったら、トゥロンの社畜王と呼ばれる存在に成り上がってやるぜ! そう意気込んでは見たものの、この展開は流石に予想外だ。
色々と襲いかかってくる重圧に胃が悲鳴を上げる。メリメリと音を立て、頭皮が前進する幻覚まで感じる始末。
いや、これ気の所為だよね? マジで前進していないよね? そっと生え際を触った俺の手には、無常にも皮膚の感覚が伝わってくる。
あの、自分泣いていいッスか?
こうして俺は、事務所と引き換えに友を失うことになってしまったのだ……。
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