第155話 ボク、お家帰りたい
建物に入ると、目の前に受付のようなカウンターがあった。カウンターには受付嬢がいて、一般企業の受付のような印象を受ける。
ズンズンと奥へ進んでいくドミニクについていくと、カウンターの横で見張りをしていた男が扉を開ける。
ドミニクは気軽に挨拶をすると、扉の中へと入っていた。
あれ? なんかイメージと違うな。もっとこう、ヒャッハーなモヒカンたちが大麻の紫煙をくゆらせながら目を虚ろにさせていて、奥の方からは誰かを殴る音だとか、裸で正座させられている奴の泣き声とかが聞こえている。
そんなやべぇ空間をイメージしていたけど全然違う。
気配察知でも、扉の奥にやばそうな空気は感じない。
俺は少し拍子抜けしながら、ドミニクに続いて扉を抜ける。
扉の中の部屋は事務机が並べられ、事務員とおぼしき人たちが書類仕事を行っていた。
『裏ギルドの拠点』というやばそうな言葉の響きとは裏腹に、クリーンな一般企業のような印象を受けた。
俺の訝しんだ顔に気付いたドミニクが、説明してくれる。
「組織がデカくなるとよ、どうしても書類仕事が増えちまう。ギルドの構成員は事務処理なんかできねぇからな。どうしても事務処理専門で人を雇わなきゃならねぇ」
ヤクザのフロント企業みたいなものだろうか。
スラムに巨大帝国を作り上げたエムデンらしいと言えばエムデンらしい。
事務室の更に奥を進んでいくと、階段にたどり着いた。
地下室へ向かう階段と、二階へ向かう階段がある。
気のせいかもしれないが、地下室からなんとなく嫌な雰囲気が漂っている。
あー、しっかり反社だわ。地下室は絶対ヤバい。
地下室には行きませんように! そんな俺のささやかな祈りが通じたのか、ドミニクは二階へと上がっていく。
ドミニクは二階の見張りに挨拶をすると、奥へと進んでいく。
扉の先はリビングになっており、ソファーに何人かが座って談笑していた。
ドミニクに気が付くと全員が立ち上がって挨拶をする。
「「「ドミニク兄貴、お疲れ様です」」」
ドミニクは挨拶を返すと、男たちに言った。
「カールはいるか?」
「はい、奥の部屋にいます」
構成員のひとりが、ドミニクの問いかけに答える。
その問いかけを聞いたドミニクは、奥の部屋へとあるき出した。
「おーい、カール! ちょっといいか!」
ドンドンと扉を叩きながら、ドミニクは中の人物へ話しかけている。
「はいはい、そんなに強く叩かなくても大丈夫ですよ」
部屋の中から小柄なおじいちゃんがそう言いながら出てきた。
「おう、カール元気だったか?」
「これは、ドミニク様。おかげさまでなんとかやっております」
小柄なおじいちゃん。カールさんはそう言ってドミニクに柔らかく笑う。
ほう、これはすごい。
カールさんから暴力の匂いはまったくしない。体格を見ても戦闘能力は低いはず。
その気になれば、俺どころかそこらへんのチンピラでも簡単に殺せそうな老人だ。
そのカールさんは、ドミニクに対して自然と会話できている。それがすごい。
相手はあのドミニクだ。
別世界の住人と割り切っている市井の人々とは違い、少しでも裏に関わりのある人間ならドミニクを前にああも平然といられない。
すれ違った幾人かの見張り役やさっき挨拶した構成員たちもは、ドミニクと会話するとき緊張感を含んだかたい表情をしていた。
そのドミニクを相手に、ああも柔らかく笑うことができるとは。
カールさんはいつから裏の世界に関わっているのかわからないが、老人になっても死なずにこの業界にいる人物なのだ。
直接的な戦闘能力は低くても胆力があり、生き抜く知恵を持っている。
彼の弱そうな外見とは裏腹に決して侮ることはできない人物だ。
俺の中で、カールさんの危険度評価を上げておく。
まぁそもそも、奥のお偉いさんが居るような部屋からでてきたことを考えると、この事務所でも上の人間なのだろう。
その地位の高さだけ見ても、舐めた態度は取れない。
「カール、ヤジンに報酬を払わなきゃいけねぇ。金貨を三十枚。いや、二十一枚出してくれ」
「はい、承知いたしました」
カールはそう言うと、出てきた部屋へと戻っていく。
「あの? ドミニク兄貴。報酬ってのは?」
「今日の報酬に決まってんだろ! 何いってんだ?」
「今日は組織の金を持ち逃げした野郎から回収したんですよね? だったら、その金は組織の金じゃないですか。それを取り戻しただけです。報酬なんて頂けません」
俺がそう答えると、ドミニクは奇妙なものを見るような顔をした後俺の背中をバンと叩いた。
くっそいてぇ、どんな力してやがる。普通のやつなら背骨が折れてんぞ!
「くだらねぇ心配してんじゃねぇ。組織のために働いたヤツがタダ働きなんてありえねぇだろ。心配すんな、おめぇに払う報酬を含めた組織の損失は、あの馬鹿に金を引っ張られたやつからキッチリ回収するからよ」
ドミニクはそういうとニカっと笑った。
そういうことなら、遠慮なく受け取ろう。俺は心のなかで、下手を打った貸付担当の冥福を祈った。
それにしても金貨二十一枚か……一日の稼ぎとしては破格だな。
物価の高いトゥロンでもそれなりの暮らしを一年は続けられるほどだ。
物価の安い地方都市なら、数年は慎ましく暮らせる金額である。
こんなに儲かるなら、真面目に汗水垂らして働くのが馬鹿らしくなるのもわかる。
リスクを犯してでも、裏ギルドに加入するやつの気持ちが少しわかったわ。
俺は冒険者としてもそれなりに稼げるから金よりリスクを回避したいけど、スラムなんかで貧しい暮らしをしている奴らは飛びつくだろうな。
そして、そういった奴らは大抵使い捨てとして『消費』され消えていく。
さっきリビングにいたやつらは来年の今頃生きているのだろうか? そんなことを考えて少しセンチメンタルな気分になっていると、カールさんが金を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました、ドミニク様。こちら、金貨二十一枚になります」
「おう、ありがとな。回収した金は金貨三百枚。おめぇの取り分が一割で金貨三十枚。そこから上納金を引いて金貨二十一枚だ」
ドミニクはそう言うと、金貨の入った革袋を俺に差し出す。
「ありがたく頂戴します」
俺は差し出された革袋をうやうやしく受け取ると、下品にならないよう気をつけながら懐へ仕舞った。
「それにしても、組織の金を取り戻してその報酬で組織に上納金を払う。なんだか奇妙な話だな」
「ええ、たしかに」
ドミニクがそう独りごつと、カールが完璧なタイミングで合いの手を入れる。
この爺さん、コミュ力半端ねぇ! コミュ症の俺が密かに戦慄していると、ドミニクは俺の方に視線を向ける。
強い視線だった。
「誠意や忠誠心ってのは目に見えねぇ。だから、金という分かりやすい形を組織は求める。おめぇから受け取った金はタダの金じゃねぇ。おめぇが差し出した組織への忠誠心だ。そのことを、俺もエムデンさんも忘れねぇ」
熱の籠もった熱い言葉だった。
搾取されているはずなのに、何故か嬉しかった。どこか誇らしかった。
自分の頑張りを褒めてくれているようで、こっちの気持ちをしっかり受け止めてくれているようで。
人生経験の浅いやつなら、これだけで組織やドミニクに心酔したかのかもしれない。
そして、タチの悪いことにドミニクはこれを素でやっている。
感動させようとか、俺の感情をコントロールして都合の良い駒にしてやろう。そんな意図はまったく感じられなかった。
前世で派遣社員として色々な企業を渡り歩いてきたが、ここまでストレートに褒められたことはあっただろうか……。
あれ? ドミニクってもしかして理想の上司なのでは? まさか、反社の殺人鬼だぞ。
「ヤジン、おめぇは今日結果をだした。これなら安心して任せられる。カール、今日から
「かしこまりました、ドミニク様」
俺が混乱していると、ドミニクがとんでもないことを言い出した。
「エムデンさんから許可は取ってある。ヤジン、この拠点は今日からおめぇがトップだ。しっかり面倒みてくれや」
「はぁ?」
予想外過ぎる展開に、思わず間抜けな声がでてしまった。
急にとんでもない出世しちゃって怖いんですけど。まだ、お仕事ふたつしかこなしてないよ? なんかやべぇ裏でもあんのか? 駄目だ、考えても全然わからねぇ。
まさか、出世しすぎて怖いなんて経験をするとは思わなかった。
俺、これからどうなっちゃうの?
多くの恐怖と少しの高揚感。
他にも様々な感情がブレンドされた感情が湧き上がってくる。
ボク、お家帰りたい。お家帰って、パピーモフりたい。
あまりの衝撃に精神が耐えられず、ボクは幼児退行して精神の安定を保っていた。
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