第154話 首切り
金は確保した。俺の出番はここまでらしい。後は金銭に関わる部署のお仕事のようだ。
男の処分は、下っ端が終わらせる。
これで俺もお役御免かと思ったが、ドミニクに案内したい場所があるそうだ。
俺へのコンタクトはホテルに伝言を残せばいいのだが、俺からドミニクにコンタクトを取る方法が今のところない。
そのため、伝言を頼める拠点の場所を教えてくれるそうだ。
事務所の人間にも俺を紹介しないと、不審人物と思われ揉め事になる。
ドミニクがわざわざ案内するのは、そのためらしい。
ドミニクとコンタクトが取れる拠点を教えてくれるということは、組織の内情を教わるということだ。
今回の尋問成功で俺に対する評価が少しは上昇したのかもしれない。
ドミニクほどの大物と直接コンタクトが取れるってのは、人からしたら喉から手が出るほど欲しい権利だろう。
現時点でそれを上手く活かす方法はまったく思いつかないが、手札は多い方がいい。
ドミニクとふたりで歩いていると、相変わらず多くの人に話しかけられている。
そのたび、ドミニクは「おう!」と気さくに手を上げ答えていた。
これだけを見ると、昔ながらの任侠の人で地域の顔役。悪ではあるけど、心根はまっすぐ。
そんな誤解を生みそうだ。
「なぁ、ヤジン」
俺が思考を巡らせていると、ドミニクが話しかけてきた。ドミニクがこっちに顔を向けるので、俺も視線を合わせた。
「おめぇの本性、やべぇな」
「口を割らすために演技をしただけです!」
ドミニクがとんでもないことを言うので、少し食い気味に否定した。いやいや、さすがにアレが『
「そりゃ演技も入っているだろうけどよ、普通あんなこと思いつかねぇぜ。演技だろうがなんだろうが、あんなこと思いつく人間がマトモな訳ねぇだろ。ヤジン、おめぇ完璧にイカれてるぜ」
ドミニクはにやにやしながら、天下の往来でとんでもない風評被害が発生しそうな発言をぶっ放している。
マジで勘弁して欲しい。
映画や小説なんかの創作物でからそういった知識を得ただけなのだ。
流石に、無からアレを生み出すイカれたクリエイティビティは俺に存在しない。
でも、ドミニクにはそんなことわからない。
目の前で見たことを事実として捉えた場合、俺は間違いなくとんでもないサイコ野郎である。
相手が相手だけに強く抗議することもできない。俺はなんとも言えない微妙な顔で黙るしかなかった。
「おいおい、なんて顔してんだよ」
俺の微妙な表情が面白かったのか、ドミニクが笑い声を上げる。周りの人たちが、なんだなんだと野次馬根性丸出しでこちらを見ている。
やめてー! 注目を集めないでー! ドミニク兄貴、マジ勘弁してください! 俺が心のなかでそう叫んでいるのを尻目に、ドミニクは続ける。
「イカれてるってのは、俺らの業界じゃ褒め言葉だ。この業界には凶暴なヤツも残忍なヤツも掃いて捨てるほどいる。だけどよ、そんな奴らをビビらせる『イカれてる』奴ってのは少ないんだ。ヤジン、おめぇは間違いなく『本物』だよ。誇っていいぜ」
ドミニクの発言を聞いて、野次馬たちが恐る恐る俺に視線を向ける。
ヤケになった俺は、野次馬たちにニッコリ微笑んだ。
その瞬間、野次馬たちが一斉に目をそらす。
あー、これあかんやつですわ。計算なのか天然なのかわからないけど、間違いなくやべぇやつとして噂が広まるやつですわ……。
会社の先輩が後輩に向けて実力を認める。映画とかでありそうな『いいシーン』みたいな空気だしてやがるけど、ドミニク兄貴……あんた反社の殺人鬼じゃないか! そんなやつに本物って言われても全然うれしくねぇよ!
心の葛藤は一旦置いておき、上役に褒められた新人君としてのリアクションを取らなければ……。
ぎこちない笑顔を浮かべた俺を見て、ドミニクはまた笑った後視線を前に向けた。
相変わらず人気者のドミニクは挨拶を返しながら歩き続ける。
ここだけ見ると、マジで一端の侠客みたいな雰囲気なんだよな。
この姿に憧れるヤツも出てくるかもしれない。
巨大な裏ギルドの幹部でありながら、
常に堂々としていて太っ腹。粗にして野だが卑にあらずを体現したような男。
男が惚れる漢。そんな雰囲気はこの男の持つ側面のひとつに過ぎない。
『首切り』の二つ名を持つドミニクの本質は甘くないのだから……。
俺がこの町の情報屋から『この町で逆らってはいけない危険人物』の情報を集めたときのことだ。
貴族や衛兵。教会勢力や大商人。各ギルドのマスターなど、そういった当たり前の権力者ではなく、個人として危険な存在を話すときドミニクの名前はかならずと言っていいほど出てくる。
情報屋の中には、エムデンより先に名前を上げたヤツがいるほどの超危険人物だ。
俺が前世の知識で誤魔化している養殖物のサイコ野郎なら、ドミニクは純度百%天然物のサイコ野郎なのである。
首切りドミニク。その二つ名から連想すると、大量の生首をバックににっこりと笑っているドミニクを連想するかもしれない。
しかし、この『首切り』という二つ名はある種の皮肉やジョークが込められた二つ名なのだ。
ドミニクの二つ名を正確に表現するとこうなる。
『首から下を原型が留めないほど損壊させるドミニク』、だ。
被害者が誰だか分かるように、顔だけは綺麗なまま。
そのため、斬首刑に処された罪人のように顔だけは綺麗な状態を皮肉り『首切り』の二つ名がついた。
損壊した部分は、乱雑に引きちぎられていたりミンチになっていたり。中には、壁に潰れた状態で張り付いていることもあったという。
シリアルキラーのように一定の手順や作法といったこだわりはないが、被害者の遺体はかならず凄惨なことになっている。
そして、それらの破壊行動は『犠牲者が生きた状態のまま』行われるのだ。
損壊を免れた顔はみな、恐怖と苦痛で歪んでいる。
その表情を見て、恐怖を感じないものはいない。
そんな、本物中の本物であるドミニクが天下の往来で俺のことを『本物』だと発言したのだ。
おそらく、ものすごい速度で俺がやべぇやつという噂は広まるだろうな……。
はぁ……ますますベンやエマさんと顔を合わせづらい。
だけど、俺を侮るヤツも間違いなく減る。
今後は立ち回りも変化させる必要があるな。
今までは油断に付け込むスタイルの戦闘が多かった。これからは、自分を大きく見せて相手を躊躇させる方向にしなければいけない。
エマさんたちが縁を切らずにいてくれれば、ゴツい新装備がそれを後押ししてくれるはず。
想像とは随分違った形だけど、進む方向としては当初の想定通りなのかもしれない。
しばらく進むと、二階建での建物が見えてくる。
一見すると普通の建物だが、入り口の両脇を『どうみても堅気じゃない』男たちが固めている。
あそこが、ドミニクの言っている拠点のようだ。
入り口に居る見張りがドミニクの姿に気付く。
「「お疲れ様です!」」
「おう、ゴクローさん」
深々と頭を下げる見張りにドミニクは挨拶を返すと、建物へと入っていく。
ここが反社のアジトか。入り口から血の匂いは嗅ぎ取れないが、ろくでもない光景が広がっているに違いない。
一瞬だけ躊躇したが、俺は気合を入れて中に足を踏み入れた。
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