第153話 美しい花

「花は好きかい?」


 俺は男に問いかけた。


 あまりにも突拍子のない質問だったからだろうか、男は少し混乱しているように見える。


「私はねぇ、体に花を咲かせるのが好きなんだ」


 男を見ているようで見ていない、そんな目線を飛ばしながら声を作る。


 つややかで、それでいて狂気を孕んだねちっこい声だ。


 男のリアクションを待たず、俺は男の手を掴む。手首の部分が椅子に縛られているので少しやりづらいが、まぁなんとかなるだろう。


 男の人差し指にナイフで切れ目を入れる。縦と横にスーッと。


 男が痛みで暴れだす。俺はドミニクに視線をやると、ドミニクが顎で合図をした。


 周囲に控えていた構成員たちが、男を押さえつける。


 指に切れ目を入れると、今度は肉を骨から引きはがす。グラバースの解体所で働いていたおかげで、この作業はスムーズに行った。


 骨には薄い肉の膜ひとつ残っていない。


 白い骨とバナナのようにペロンと剥かれた肉。この状態でも、花に見えなくもない。


 しかし、これだけでは不完全だ。俺はぺろんと剥けた肉を骨に巻き付けていく。


 再び痛みで男が暴れる。それでも、悲鳴は上げない。歯を食いしばり、体を震わせながら耐えている。


 大した男だ。


 感心している場合じゃないな。俺は手早くこの男の『心を折る』必要がある。



 しばらくすると、肉で作られた花が出来上がった。俺の技量がひくいため、花と言うより肉の手巻き寿司のようになっているが。


 趣味の悪い芸術作品。


 苦痛を与えるだけなら、もっと効率的な方法はある。


 ただ、俺の狙いは激しい苦痛による精神の摩耗ではない。


 理解不能な行為に対する恐怖。恐怖でこの男の心を折るために行動しているのだ。



 恐怖は人の持つ優れた防衛機能であり、弱点でもある。人はありもしないモノに怯える。


 それは危険予知にもつながるし、無駄なストレスにもつながる。


 危険の多い原始的な生活では、優秀な警報装置だった。


 夜目の利かない人間にとって闇は危険である。人間はいもしない化け物を闇の中に見出すことによって闇に対する警戒心を抱くことができた。


 人は闇を恐れることで、危険を自分から遠ざけていたのだ。


 しかし、起きてもいない現象やいもしない存在に怯えることはデメリットにもなる。


 とくに、怖がりと呼ばれている人種。想像力が豊かで、恐怖心への耐性が低い人間にとってそれは顕著になる。


 荒事あらごとになれ肝の座った男らしいマッチョマンだが、実はホラーが苦手。現代でも、そういった人間は存在していた。


 この男は直接的な苦痛や精神的な圧迫には強いのだろう。


 しかし、自分の中で膨らんだ想像。いもしない『ナニカ』を自分で作り出すことで感じる恐怖に弱い可能性が高い。


 俺の場違いな笑い声に反応した男が見せた微かな怯え。あれは、理解できないモノへの恐れだ。



 俺の容姿は少国家群ここでは異質。アジア系の人種を俺以外みたことがない。


 そして、男が捕まったのはドミニク。殺戮部隊のエースなんていう恐ろしい肩書を持った人間だ。


 その人間がわざわざ呼び出した、見たこともない得体のしれない存在。


 それが俺なのだ。


 情報が溢れ、知識を多く蓄えた現代人とは違う。


 少国家群ここの人間は持っている情報の総量が少ないのだ。


 情報を持っていないということは知らないということ。そして、人は未知を恐れる生き物なのだ。


 男にとって、俺はホラー映画にでてくる理解不能なクリーチャーのようなもの。


 俺は自分の外見というストロングポイントを活かして、この男に恐怖を与えることにした。


 理解できない行動。理解できない価値観。


 男が理解しているのは、目の前にいる怪物に自分が玩具にされることだけ。


 これで心が折れないなら、もうどうしようもない。


 大人しく負けを認めて、ドミニクに役立たずの烙印を押されることにしよう。



「ほら、君に美しい花が咲いたよ」


 俺はうっすら口を開け、恍惚とした表情を浮かべる。


 ソレをみた男の体がブルブルと震えている。


「もっと君を花で飾ってあげよう。なに、心配はいらない。指はまだ十九本もある。それに、男性は特別だ。二十一本目の大輪を咲かすことができるんだ」


 俺はそう言うと、男の股間に目をやった。


 男の震えはもはや痙攣と言っていいほど激しくなり、椅子がガタガタと音を立てる。


「綺麗に飾った後は、君を美味しく食べてあげるからね♡」


 満面の笑みでそう告げると、男のズボンにシミが広がる。椅子を伝って、男の漏らした小便が床を濡らす。


「話す! 何でも話すから、そいつを俺に近付けないでくれ!!」


 男は必死の形相でそう叫んだ。




 男は女の居場所を吐いた。


 俺たちは見張りをひとり残して、女の居場所へと向かう。


 たどり着いたのは、東門からほど近い一軒家。


 正しい情報を吐いたとは思うが、罠の可能性もある。俺たちは緊張感を持ったまま、一軒家の扉をノックする。


 コンコンコン、コンコン。


 男が吐いた合図。ノックを三回した後、少し時間を置いて二回。


 合図が終わった数秒後、中からかんぬきを外す音と、女の声が聞こえた。


「あんたなのかい?」


 その瞬間、構成員が扉に体当たりを仕掛ける。


「きゃあ!」


 扉ごとふっとばされた女の悲鳴が聞こえた。


「このアマ! 大人しくしやがれ!!」

「ぎゃああああ」


 慌てて逃げようとした女の髪を、構成員が思い切り引っ張っている。


「おい、放してやれ」


 見ていられず、思わず声を掛けてしまった。


「その女も商品だ。傷が付くと困る」

「チッ」


 構成員は、舌打ちをすると乱暴に髪の毛を放した。とっさに取り繕った言葉とは言え、我ながら腐っている。


「ふふふ」


 自然と乾いた笑い声が漏れてしまう。


 すると、構成員の男がビック! っとなってこちらを見る。


 いたずらごころが芽生えた俺は、歯をガチンとやって小さくつぶやいた。


「君も食べてあげようか?」


 それを聞いた構成員の体が微かに震えている。


 サイコホラーが苦手なヤツが、ここにもひとりいたらしい。

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