第152話 自白剤

「ハッパ漬けにすりゃ口は軽くなるかもしれねぇが、何を口走るかわかったもんじゃねぇからなぁ……」


 心の中で頭を抱えている俺をよそに、ポツリとドミニクが言った。


 薬漬けにして情報を吐かせる。この手法も聞いたことがある。


 ただ、ドミニクの言う通りラリったやつの発言は信頼性が低い。かなりリスクの高い行為だ。


 そもそも、映画などでよく見かける『自白剤』なんかも似たようなものである。




 とある作家が、自白剤と言われている薬物を自分に注入して書いたレポートがある。


 それによると、まず強烈な眠気が襲ってくるそうだ。


 とても起きていられないほどの眠気らしい。


 映画などをみると、自白剤を使った尋問シーンで尋問官がぐったりした尋問対象のほっぺをペチペチしながら話しかけているのを見たことがある。


 アレは、薬の効果で眠らせないために行っていたのだろう。


 強烈な眠気の後は、心の壁が壊れる感覚がしたそうだ。喋っちゃダメだとわかっていても、つい口から出てしまう。


 強い酩酊状態に似た感覚なんだとか。


 ここで重要になってくるのが、質問者の技量である。


 心の壁は壊れているが、意識は混濁しているのだ。喋っている本人も何を口走っているのか良く理解できていない状態。


 つまり、尋問官はベロベロに酔っ払って今にも寝そうな相手から自分の聞きたい情報をピンポイントで聞き出す必要があるのだ。


 しかも、それが正しい情報を話しているのか判断しながらである。


 こんな作業、素人にできるはずがない。まさに、その道のプロにしかできない行為なのだ。


 そしておそらく、その道のプロですら抜き出した情報の精度は低い。


 自白剤は何でも情報を聞き出せる魔法の薬ではなく、使用者を特定の状態にさせ正しい情報を聞き出せる『可能性』を上げるだけの薬なのだ。


 自白剤で簡単に正しい情報が抜き出せるなら、情報機関は対テロ戦争にここまで苦戦しなかっただろう。


 情報機関の人間が、ありもしない夢の尋問技術に踊らされる訳である。


 正しい情報を引き出す方法は、今のところ第三者を買収するしかないといったありさまなのだから……。




 もちろん、すべての情報が第三者からの密告とは限らない。


 尋問された側が口を割ることもあるのだ。


 それは、どのような状況か? ズバリ、相手の信頼を勝ち取ったときである。


 長い対話の末でもいい。ストックホルム症候群の影響でもいい。


 どんな理由にしろ、相手との信頼関係が築けてようやく次の段階へ移れるのだ。


 相手の信頼を勝ち取ることで、敵対した状態から味方側。もしくは、中立へと立場が変わる。


 その状態で初めて相手への『買収』が成功するのだ。


 生きてここから出してやる。家族の安全は保証する。我が国に亡命させてやる。こういった甘言は、相手がこちらを信用して初めて効果が出るのだ。


 こちらを信頼していない状態でどれだけ甘い言葉を囁いても、どうせ情報を喋った後で殺される。そう思っている人間には効果がない。


 結局のところ、丁寧に時間をかけて信頼関係を作っていくしかないのである。


 敵対している組織の人間と相手を監禁した状態で信頼関係を築く。


 これもハードルが非常に高く、また時間も掛かる。急がば回れとは言うが、情報は鮮度が命。時間的制約から、こちらもまた難しい方法なのだ。



 顔を腫らしながらギラついた目で俺を睨む男。この男と短時間で信頼関係を築く? 無理に決まっている。


 こんなの、人たらしと言われた豊臣秀吉公でも厳しいだろ。


 凡人の俺と、歴史に名を残した偉人を比べている時点で絶望感が半端ない。



 買収、自白剤、信頼関係。正攻法から薬物を使った裏ルートまで、すべての道が塞がれている。


 こんな状態でどうしろと? もう、適当にぶん殴ってやっぱり駄目でしたわ! で終わらせるか? いや、駄目だ。


 失敗するにしても、適当にやるのはまずい。


 ドミニクが俺の試験を任されているということは、人を見る目が確かなのだろう。


 後ろ向きで適当な仕事などしようものなら即座に見抜かれる。


 そんな人間をグリューンが重用するはずがない。重用されないということは、利用価値がないということだ。


 信頼の軽さは、俺の命の軽さへと繋がっている。


 駄目なら駄目なりに、精一杯頑張る必要があるのだ。


 前回の見せしめでも思ったことだが、俺の人生でここまで仕事に真剣に向き合ったことはあっただろうか? それが、今回はおっさんを拷問することに対してだ。


 あまりにもイカれたシチュエーションに思わず笑みが溢れる。


「クックック」


 とっさに笑いを噛み殺そうとして、チンケな悪役みたいな笑い声が出てしまった。


 その笑い声を聞いたドミニク以外の人間が、ギョッとした顔で俺を見ている。


 そりゃたしかにまぁ、こんな状況で急に笑うやつは意味不明だわな。


 そんな風に思っていると、俺を睨みつけていた男の視線が少し弱まった気がした。


 瞳に感じる、微かな恐怖。


 その瞬間、俺の頭にビシャリと電気が走った。


 突破口を見つけたかもしれない。


 俺はニィと口角を上げると、ナイフを抜きながら男へ近付いていく。

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