第150話 地下室

 伝言で急ぎではないと言われたが、上役であるドミニクを必要以上に待たせるのはまずい。


 コンシェルジュさんにお湯と体を拭く布を頼むと、俺は足早に部屋へと向かった。


 装備のメンテナンスを済ますと、運ばれたお湯で体を清める。


 綺麗な服に着替えると、腰に黒鋼のナイフを差して準備完了。


 桶のお湯に浸かりながら桶風呂を満喫しているパピーを軽くひと撫で。


 桶のそばにいくつか布を敷いて、後ろ髪を引かれながら部屋を出る。


 帰ってきたら、ゆっくり休みながらパピーをブラッシングしてあげよう。


 そして、つやつやになったもふもふの毛並みを撫でるのだ。


 あぁ、楽しみだなぁ。


 くっそ、めちゃくちゃ行きたくねぇ。


 一泊二日、ファモル草採取弾丸ツアーは結構体に負担が掛かる。疲れて帰ってきてそうそう、裏ギルド案件とかゲロ吐きそうだ。このままパピーとゆったり過ごしたい……。


 すべてを忘れてベッドにダイブしたいが、そんなことできるはずがない。


 俺はパンと顔を叩くと、意識を切り替えるために集中する。


 今から俺は冒険者のヤジンではなく、虐殺チーム所属のやべぇ裏ギルド構成員だ。


 人々に恐怖を撒き散らし、他人の苦痛を金に変えるサイコ野郎。何をするかわからない未知の蛮族。


 スッと自分の中にあるスイッチが切り替わる。


 暴力性と狂気を全面に押し出した俺は今、どんな顔をしているだろう。きっとろくでもないツラをしているに違いない。


 だが、ソレでいい。


 湧き上がってくる様々な思いを噛み殺し、俺は伝言にあった酒場を目指す。




 伝言にあった酒場は東地区のスラムよりにある場所に建っていた。


 中に入ると、顔に傷跡のある無愛想な男がカウンターの中に立っている。


 訝しげに俺を見ると、ポツリといった。


「店はまだ準備中だ」


 創面きずづらをしかめ、俺から視線を外す。面倒くさい、興味がない。そんな態度が透けて見えた。


 客商売としてありえない接客態度ではあるが、裏ギルドと関わりのある酒場と考えればむしろ自然に思えた。


「ドミニク兄貴の伝言を聞いた」


 俺がそう告げると、店主は無言でカウンターの端を上げる。


 そして、クイッと顎を店の奥へと向けた。


「地下だ」


 俺はカウンターに入り、奥へと向かう。


 少し道なりに歩くと、地下へと続く階段が見えた。


 俺は警戒しながら、階段を降りていく。


 階段を降りた先は長い廊下になっており、左右等間隔に扉が据え付けてある。


 扉は閉まっており、中の様子は伺えない。


 少し先に複数の人間がいる気配を察知した。


 ドミニクはおそらくあそこにいる。


 部屋から聞こえてくる打撃音。男のくぐもった悲鳴と血の匂い。間違いなく、あの中でえぐいことが行われている。


 俺は覚悟を決め、扉へと歩きだす。


 扉の前についた俺は、軽く深呼吸すると強めに扉をノックした。


「誰だ!」


 中から、ドミニクの声が聞こえてくる。


「ドミニク兄貴、俺です。ヤジンです」

「おう、ヤジンか。中にはいれ!」


 ドミニクの許可がでたので、俺は扉を開けて中に入った。


 中には顔を腫らした男が椅子に縛られている。


 なんだ、思ったよりマシな光景だな。


 色々覚悟をしていたが、拍子抜けだった。


 いや、状況的に異常なのは理解している。今までが濃すぎて感覚が麻痺しているのだ。


 俺は最悪、中の男が原型を留めていないレベルの惨状を想像していた。


 尋問だか拷問だかが始まってからまだ時間が経っていないのかもしれない。


 耳や鼻など顔のパーツは揃っている。四肢の欠損も見られない。裏ギルドの構成員に監禁され痛めつけられている状況を思えば、かなりマシな姿と言っていいだろう。


 殴られている男の目は死んでいなかった。腫れ上がったまぶたの下で、ギラついた目で俺を睨みつけている。


「ヤジン、丁度いいところに来たな。こいつの尋問を手伝ってくれ」


 ドミニクはそう言うと、俺に詳しい状況を話してくれた。


 この男は裏ギルドから金を引っ張ると、その金を組織に返さず女と町を逃げようとしたようだ。


 こいつは口が異常にうまく、貸付担当を上手く騙して金を引き出したらしい。


 おそらく、騙された貸付担当はとんでもない目にあっているだろう。こんな世界だ、騙される方が悪い。


 だけど、同情を禁じえない。


 まさかこの町で、金貸しエムデンから金を持ち逃げしようと考えるヤツなんて普通は想像できないだろうからな……。


 裏ギルドの金に手を出すとか、マジでイカれてやがる。


 金は女が持っているらしく、こいつが合流してから町を出る予定だったようだ。


 こいつに女の居場所、つまり金の在り処を吐かせるのが今回の『お仕事』みたいだな。


 俺は改めて男を見る。


 相当殴られているにもかかわらず、男はふてぶてしい態度を隠しもしない。


 なるほど、こいつは一筋縄では行かない。ある種、覚悟が決まった人間だ。


 裏ギルドの金を持ち逃げしようってんだ、そりゃ覚悟も決まってるわな。


 こういうタイプは非常に厄介だ。


 頑固で反骨心旺盛。一緒に逃げようとした女以外失うものがなく、俺たちに協力する理由がない。


 口を割るのは容易じゃなさそうだ。


 おそらく、これも俺へのテスト。


 この『お仕事』の成否で俺の組織内の立場も変わってくるに違いない。


 まったく、次から次へと難問がやってきやがる。


 俺は男を睨みつけると、口を割らせる方法へと思考を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る