第149話 俺もモテモテになったもんだ

 浅い眠りから目を覚ます。狭い木の上で眠っていたので、体がバキバキだ。


 周囲を警戒しつつ、ストレッチで体をほぐす。


 その後、レンガのように硬い保存食をレベル補正で強化された咬合力こうごうりょくで噛み砕く。


 パピーとふたり、微妙な顔になりながらガジガジとレンガの化身を食べ続けた。


 川へ向かい、歯を磨き体を洗う。


 体を洗うときは装備を外すため戦闘のリスクが跳ね上がる。そのため、パピーに見張りに立ってもらい安全を確保。


 ついでにトイレも済ませておく。


 川の流れを利用したワイルドウォシュレットじゃい! そんな感じで豪快にぶっ放す。




 いろいろと朝の支度を終え、出発の準備をする。


 装備の軽いメンテナンス、所持品の確認。昨日採取した薬草のチェック。やることはたくさんある。


 装備のメンテナンスをしながらふと思った。


 装備にも匂いは付く。丁寧にメンテナンスはしているが、前世と違って消臭剤なんて便利なものはない。


 そろそろ、ハーブで誤魔化すのもきつくなってきた。


 新しい装備の完成はまだだろうか? 進捗が気になるところである。


 時間に余裕があれば、ベンたちの工房を訪ねて見るのもいいかもしれない。




 帰路も順調でモンスターの襲撃やトラブルには遭遇しなかった。


 冒険者ギルドに納品を済ませ、薬師ギルドに『小遣い稼ぎ』の薬草を持っていく。


 素材を渡すついでに、暇そうな職員さんが色々と話してくれた。


 彼らは治療院での治療ではなく、研究の専門家らしい。


 薬効を増す効果的な処理の仕方。成分を日持ちさせる加工法。適切な用量。そういった研究を主に行っているそうだ。



 ファモル草がメガド帝国から乾燥状態で入るようになり、採算が取れなくなった冒険者が生の状態でファモル草を持ち込むことがなくなった。


 そのため、生の状態から実際に薬として加工するノウハウが失われつつあったのだという。


 一応記録は残っているらしいが、実際に作業しないとわからないこともある。生の状態から加工する作業は『技術の継承』として必要なことだったらしい。


 それに、薬の材料をすべて輸入に頼っていると、入荷が止まったときに困ってしまうことも理由のひとつだ。


 それに、ファモル草から作られる薬は生の状態から作った方が薬効が高くなるタイプの薬なのだとか。


 十日熱は意外と致死率が高い。とくに、子供が掛かると死んでしまうことがままあるそうだ。


 貴族や大商人などが大事な跡取りを守るため、薬効の高い薬を求めるのは当然とも言える。


 そういった需要もあり、ファモル草の供給は薬師ギルドにとっても大歓迎だったみたいだ。


 ギルドマスターがかなり強引に『採取方法』の伝授を迫ったのは、俺が死ぬと供給が途絶えるからだろうな。


 材料を輸入に頼っている状態と同じで、自前で材料を揃えられない状態はとても不安定だ。


 俺ひとりしか供給できない状態では、材料を輸入に頼っている状態と変わらない。


 もっとも、メガド帝国と俺個人。取引相手の安定感や信頼度は桁違いだろうが。


 

 職員さんとの会話を終えると、木札を渡された。


 これを後日指定の商人に持っていくと、さっき納入した薬草がお小遣いに化けるって寸法らしい。


 パチンコの景品交換っぽいなぁ。


 そんなことを考えながら、職員さんに挨拶をして薬師ギルドを出る。


 太陽を見ると、日はまだ高い。


 装備の進捗状況を聞きに、ベンたちの工房へ行こうかな。


 そう思ったが、急に足取りが重くなる。


 ベンやエマさんは俺が裏ギルドに加入したことをどう思うのだろうか? 彼らの人間性は間違いなく善性。俺と違い、真っ当に生きてきた人たちだ。


 そんな彼らが、犯罪組織に加入した俺を受け入れてくれるだろうか……。


 受け入れてくれたとしても、俺と親しくすることで彼らに悪影響はでないだろうか? 反社と付き合いのある武器工房。


 言葉の響きだけでも、めちゃくちゃイメージが悪い。


 彼らのことを思うなら、俺はふたりと距離を置くべきでは……。


 そんな考えがぐるぐると頭を巡る。


 そして、それが正解だとわかっていても俺の中の『エゴ』がソレを認めることを拒否している。


 せっかく出会えたふたりと別れるのは寂しい。新装備もゲットしたい。


 そうした欲が俺の『真っ当な考え』を否定する。


 頭の中の天使と悪魔ではないが、理性と欲が頭の中で激しく入れ替わるのだ。


 だめだな、いったん落ち着こう。


 装備の進展があれば、ホテルに知らせてくれるのだ。


 無理してこちらからたずねる必要はない。


 俺は自分にそう言い訳をして、目的地をホテルへと変更した。



 ホテルに入ると、客や従業員の空気が変わる。


 商人の護衛たちは一層するどく俺をにらみ、商人たちは目を合わせないように下を向く。


 いつも俺を嫌そうに見ていた従業員は、能面のように感情をなくした顔で仕事を続けていた。 


 コンシェルジュさんだけが、いつもと変わらない態度で俺を出迎えてくれる。


 この人は本物のプロだな。


 そんな風に思っていると、ドミニクから伝言があると伝えられた。


 次の『仕事がある』そうだ。


 急ぎではないので、ギルドの依頼が終わったら指定の酒場へ来てくれとのことだった。


 今度はいったい何をさせられるのやら……。


 こっちの用件はベンたちのように後回しにはできない。


 帰ってきてそうそうにこれか……。


 俺もモテモテになったもんだ。そこらじゅうから求められて体を休める暇もねぇぜ。


 俺はふぅとため息を吐くと、荷物を置くため部屋へと向かった。

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