第148話 冒険なんてくそくらえ

 深森狼フォレスト・ウルフに警戒しつつ、草原地帯を抜けていく。


 草原といえば、どこまでも続く大地。そんなイメージを持っていたが、草原地帯はかなり規模が小さくて驚いた。


 草原地帯を抜けると、再び森へとたどり着く。


 しかし、さっきまでいた森とは植生が違うようだ。この森を抜けると湿原地帯になってるらしく、その影響かもしれない。


 毒蟻の姿は見えないが、警戒を怠らず慎重に移動する。


 方向感覚を見失わないよう気をつけながら進んでいくと、特徴的な木を発見した。


 薬師ギルドでの『小遣い稼ぎ』に使える最終目標のひとつかもしれない。


 気配察知で周囲を警戒しながら、ナイフで樹皮を剥がし傷を付ける。すると、木から赤い樹液がだらりとたれてきた。


 おぉ、結構な勢いで出てくるな。


 俺は清潔な布に樹液を染み込ませる。


 ベストの採取方法は、ガラス瓶なんかに樹液をそのまま保存するやり方らしい。


 しかし、モンスターの徘徊する危険地帯で割れ物や荷物になる容器を持ち運ぶのは現実的じゃない。


 そのため、布に染み込ませて採取するのが一般的な方法なのだ。


 この布を水で浸して薬効成分を溶け出させる。その後、色々な作業をして成分を抽出して薬を作るのだとか。


 この方法だとあまり量は持ち帰れないが、大量に持ち込んでも値崩れするだけ。


 割の良い『小遣い稼ぎ』としては、このぐらいがちょうどいいのかもしれない。


 その他にも、下痢止めのドーク草や滋養強壮に良いとされるアーナの鱗茎りんけいも発見。


 取りすぎないよう気をつけながら、慎重に採取した。


 これらの薬草はファモル草とは違い、そこらじゅうの森で見かけることができるありふれた薬草ではある。


 ただ、人里に近い森では取り尽くされて見つけるのが大変なのだ。


 ここらへんの森は人里から離れているため、薬草が手付かずのまま群生している。


 その中から状態の良いものだけを少量採取すれば、それなりの金額を稼ぐことができそうだ。


 パピーはめちゃくちゃ鼻がいいので、サンプルをひとつ採取できれば後は匂いを頼りに別の群生地を発見することも容易。


 欲張って取り尽くさない限り、しばらくは継続的に採取ができそうである。



「パピー、グッガール、グッガール」


 ドーク草の群生地を発見してくれたパピーを褒めながら撫でる。


「わふわふ、ひゃんひゃん」


 パピーは嬉しそうに尻尾をブンブン振りながらご機嫌になっていた。


 俺の役に立てて嬉しい。そんな感情が回路パスから伝わってくる。そのいじらしさに胸が一杯になり、精一杯の愛情を込めてパピーを撫でた。


 そうやってイチャイチャしていると、パピーが急にキリッと表情を引き締める。


 数秒経って、俺も気配に気が付いた。


 深森狼フォレスト・ウルフの集団が、近くを移動している。


 俺たちの居場所に向かっているわけではなさそうなので、縄張りの巡回かなにかだろう。


 俺たちは木の上に素早く移動すると、生い茂る葉に姿を隠し気配を消した。


 しばらく隠れていると、深森狼フォレスト・ウルフが気配察知の範囲外まで移動したのを確認。


 パピーも緊張を解いてキリッモードから通常モードに移行している。


 ふぅと息を吐くと、深森狼フォレスト・ウルフの巡回ルートや範囲を頭に叩き込んでおく。


 この場所にはこれからも来る予定なので、モンスターの分布や活動範囲を記憶しておくことでリスクを抑えることができる。


 ここらへんで帰ろうかとも思ったが、太陽の位置から判断して時間的にまだ余裕がありそうだった。


 せっかくなので湿地帯まで足を伸ばしてみよう。





 しばらく進むと、パピーの表情が歪む。


 俺も異変に気付いた。


 危険なモンスターの気配だとか、大自然の脅威を感じた訳じゃない。


 シンプルに臭いのだ。


 腐ったドブの匂いがする。


 俺より鼻のいいパピーは辛いらしく、タタっと素早く俺の体を登るとフードに収まってしまった。


 俺の服をフィルター代わりにしているのか、俺の体に鼻を押し付けて呼吸をしているようだ。


 変化は他にもある。


 蚊がすごいのだ。


 ブーンブーンと強烈な羽音を鳴らしながら、俺にまとわりついてくる。


 幸い血を吸うタイプの蚊ではないようだ。


 血を吸うタイプの蚊がこの量いたら、ここらへんの動物はすべてミイラになっているに違いない。


 進めば進むほど悪臭と蚊の量が増えていく。


 そこらじゅうに巨大な蚊柱が立っており、顔面に蚊がまとわりついてくる。


 呼吸するたび鼻の穴に蚊が侵入。


 鼻孔の奥で蚊のブーンという羽音を聞いたときはゾワッとした。


 木の上には今まであまり見かけなかった蛇。


 それと、かなりサイズのあるヤマビルが地面にびっしりと……。


 蛇の危険度は言うまでもなく、毒蛇なら噛まれるだけで大ダメージ。


 ヒルも厄介。ヒルはヒルジンという成分を注入して血液の凝固を阻害してから吸血する。


 血の匂いに敏感なモンスターが徘徊する森で、凝固作用を阻害された出血状態なんて考えたくもない。


 そんなことを考えていると、鼻の穴に侵入した蚊が鼻から口への小旅行を完了させたらしい。


 べっと蚊を吐き出す。


 だめだこりゃ、人間が活動できる環境じゃねぇ。


 周囲を飛び回る蚊で気配察知は乱され、蚊が入ってくるため呼吸もままならない状態だ。


 さらに、羽音がうるさ過ぎて周囲の音も拾えない。


 こんな状態でモンスターに襲われると思うと、ゾッとする。


 この先に貴重な薬草が生えていたとしても、採取は不可能。命懸けで頑張ればいけるかもしれないが、リスクとリターンが割に合わない。


 せっかくここまで来たが、大人しく諦めて帰るとしよう。



 


 あれから数時間移動して、いつもの中継地点。一泊する地点のひとつへと帰ってきた。


 毎回同じ場所で一泊していると痕跡が強く残ってしまう。


 そのため、毎回微妙に場所を変えているがトゥロンまでの距離は毎回同じぐらいの範囲で場所を決めている。


 この場所は深森狼フォレスト・ウルフの縄張りではなく、巡回ルートも遠い。


 近くに川がないのが不便だが、木の上で一晩明かすぐらいなら十分だ。


 その場所でようやく一息つくことができた。


 今回の冒険はおおむね成功と言っていい。


 本来の依頼をこなし、小遣い稼ぎの薬草などもゲットできた。


 いい感じの群生地も見つけたし、しばらくは経済的に余裕がでそうだ。


 薬師ギルドにも多少は貢献できる。


 俺の優先度が少しでも上がればいいのだが……。



 それにしても、湿地帯はヤバかった。


 冒険者は冒険しないのが仕事。なんてのはよく聞くが、やはり未知の場所へおもむくドキドキ感はたまらない。


 ファモル草の群生地より先に進んだときは楽しかった。


 短い間に森→草原→森と植生がコロコロかわり、脳が刺激されて最高の経験ができたように思う。


 しかし、湿地帯。オメーはダメだ。


 環境がキツすぎる。


 巨大な湿地帯ということで、エバーグレーズ国立公園のような雄大な自然を想像していたのだ。


 大きな川がいくつも流れ、ワニなどの危険生物を含めた特有の生態系を内包した独自の環境。自然の厳しさと雄大な自然が織りなす特別な景色。そこに侵入して、環境の一部として溶け込みながら活動する。


 そういったものを想像していたが、実物はまったく違っていた。


 腐ったドブの臭いと大量の蚊。気配察知でも感知しづらい蛇やヤマビル。


 あんなの、フ○ムゲーの腐れ谷じゃねぇか! 正直、もう二度と行きたくねぇ。

 

 冒険なんてのは響きはいいが、現実はこんなものだ。


 やはり、歩き慣れた森が一番。


 冒険なんてくそくらえである。

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