第147話 順調な行程
森の様子はいつもと変わらない。
自然は自然のあるがままに、鳥などの野生動物やモンスターたちは生態に則って動いている。
人のように欲で動いたりはしない。
食料として必要な分だけ、縄張りを守るため。余計な殺しはせず、生態系を形成している。
ゴブリンなどの亜人系モンスターが毛嫌いされるのは、嬲り殺すなど自然界で生きるには必要のない行為を行うからだ。
しかし、ゴブリンを毛嫌いしている人々は気付いているだろうか? その性質は『人間そっくり』だと言うことに。
いかんな、思考が町での出来事に引っ張られている。俺は軽く首を振ると、意識を森へと戻した。
いつもなら泥で体をコーティングするのだが、薬師ギルドの依頼である『採取のノウハウを伝える』というお仕事について考えなければいけない。
普通の冒険者に『全身に泥を塗りたくり、テナガザルのように木々を移動する』なんて方法を伝授するのは難しい。
一般的な方法で、採取依頼をこなせるように指導する必要がある。
当然、今まで通りの方法を教えることも考えた。
『できる』『できない』はそっちの問題であり、俺は自分のやり方を教えるだけだ。そう強く主張することも可能である。
ただ、それをやると薬師ギルドの心証が悪くなってしまう。
それに、俺の手の内がバレるのもあまりよろしくない。
そのため、特殊なことをせず目的のファモル草の採取が行えるように指導するのがベターだ。
今日はその予行演習。
特別なことはせず、普通に移動して普通に採取する。
少し面倒ではあるが仕方がない。
『俺にしか採取できない』というのは大きな利点だが、裏ギルドに所属した俺の影響力が強くなりすぎるのを薬師ギルドは望まないはず。
エムデンから見ると、そちらの方が都合がいいかも知れない。
しかし、薬師ギルドもまた強い権力や影響力を持ったギルドである。
ギルドマスターが名門貴族出身ということもあり、この世界で裏ギルドよりよっぽどやばいお貴族様を怒らせるのは恐ろしい。
影響力はほどほどでいいのだ。
足りなければ用無しとみなされ、多すぎれば危険人物とみなされる。
そのため、俺以外にファモル草を採取できる人間が現れても、そこまで悪いことではないのかもしれない。
バランス感覚を欠けば、トゥロンという利権渦巻く巨大都市に飲み込まれてしまう。
転生前はただの一般人だった俺にはハードルが高い。それでも、比喩でもなんでも無く文字通り命がかかっているのだ。
苦手だとか、嫌だなんて言っていられるほどの余裕はない。
危険度や規模感は違うが、前世でもおえらいさんや大企業に振り回されるなんてのは珍しい話でもなかった。
社会で生きて行くというのは、そういうことなのだ。
世界や文明レベルが変わっても、人の営みは変わらない。
川で体を綺麗に洗う。香りの付いていない食器洗い用の石鹸だが、効果はとくに変わらない。
余計な匂いがつかない分、俺の目的には合っている。
パピーは毛が多い分、俺より乾くのに時間が掛かるが今日は早めに町を出ているのだ。
のんびり待とう。
パピーの体が乾くと、自分とパピーによく生えているミントのような香りがする草を擦り付ける。
多すぎても、少なすぎてもいけない。
ここらへんのさじ加減は、ロック・クリフから逃亡して山に潜伏しているときに鍛えられた。
五感強化も使い、自分の匂いを押さえつつ森に溶け込めるような匂い付けを行う。
よし、いい感じだ。
もう何度か森に通い、ここに生息する
そうすれば、無理に泥を塗り込まなくても安全に移動ができるかもしれない。
泥は蟻などの毒虫避けにもなっているので、防御力は下がってしまうが……。
いつも森に入るとき追跡してきた四人組の気配は感じられない。
あいつらは
ずっと追跡されるのはプレッシャーだし、追跡を
あいつらを
最悪、モンスターと冒険者で挟み撃ちだ。
いくら森での活動が得意でも、厳しいことになっていたはず。
正直、裏ギルドの仕事は気持ちのいい仕事ではない。
それでも、加入したことの恩恵は確実に受けている。
厄介な仕事をこなすハメになったが、別のトラブルは遠ざかっていった。
殺されるリスクが減っただけ、こちらの方が幾分マシかも知れない。
そんなクソみたいな損得勘定を頭の隅に追いやると、地上ルートでの移動をシミュレーションすることにした。
地上での移動は思ったよりスムーズに行った。
森での移動には慣れているし、モンスターの襲撃もない安全な行程。
久しぶりに思い切り体を動かせるパピーは嬉しそうで、俺も町の『しがらみ』から開放されて気分がいい。
もともと、登山など自然の中で行動するのは好きだった。
危険地帯なので完全に油断することはできないが、いい気分転換になっているようだ。
少し気持ちが前向きになった。
蟻が生息する赤土地帯の少し前で一泊。木の上で取る睡眠は上等とは言えないものの、それなりに疲れは取れる。
転生前なら、こんな環境ではろくに眠れなかったに違いない。俺も図太くなったものだ。
川で再び体を洗い、ハーブをこすりつける。
いつもの作業を終えると、蟻の徘徊する赤土地帯へと侵入。
地面にいる蟻に気をつけながら、時折見かけるギーオを回収していく。
たまにポツンとはぐれた蟻を見かけるが、踏んづけて刺激しないよう細心の注意を払う。
蟻や蜂など、社会性のある昆虫は厄介だ。
人間のように音声でコミュニケーションを取ることはできないが、フェロモンなどで意思の疎通をする。
危険を感知すれば、警報フェロモンを分泌するのだ。
蜂や毒蟻など、攻撃手段を持つ昆虫はこのフェロモンを感知すると攻撃的になってしまう。
そして、恐ろしい数が押し寄せ体中を刺しまくる。たかが蟻一匹と軽視することはできない。
途中、運良くギーオの群生地を見つけた。脳内マップに位置を記しておく。
パピーも周囲の匂いを記憶してくれたようだ。
マーキングなどをすると、周囲を縄張りにしている
森の匂いなど環境でいくらでも変化するが、俺の脳内マップと組み合わせるとそれなりの精度で場所を把握できるはずだ。
取りすぎないよう、ギーオを十本だけ採取して移動する。
ファモル草の生えている平原へとたどり着いた。
相変わらず、甘い匂いが漂っている。ずっと嗅いでいたい気持ちにさせる匂いだ。
俺は五感強化の嗅覚を解除。なるべく影響を受けないよう素早くファモル草を回収した。
当初の予定とは違い、あっさり収集作業が完了してしまった。
このまま帰ってもいいのだが、少し寄り道することに。
薬師ギルドの副収入。ファモル草以外の薬草も回収しておきたい。
薬師ギルドの古い資料に記されていた場所を予め聞いていた。ファモル草の場所も正確だったので、何か大きな環境の変化がない限り薬草はまだ生えているだろう。
新しい場所へ向かうワクワクと、未知への恐怖を胸に俺は先へと進んだ。
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