第143話 コロンビアンネクタイ

 コロンビアンネクタイ。


 ブラジリアン柔術の技である、ジャパニーズネクタイやペルビアンネクタイのような、国の名前を冠した絞め技の名称ではない。


 また、コロンビアの国旗を基調としたおしゃれアイテムでもない。


 コロンビアの過激な武力闘争で使用されたとされる残酷な処刑法。もしくは、死体に行われた残虐な『見せしめ行為』の名称である。




 おっさんを処刑するのはいいが、流石に家族の前はえぐい。


 母娘に目線をやった後、ドミニクを見たが首を横に振った。


 そのままやれってことね。


 PTSDとかになったら、商品の価値が下がるのではなかろうか? 借金で売られた女性は遅かれ早かれ心を壊す。それなら、最初に心を折って従順にした方がいい。そう判断したのだろうか? 


 理由は分からないが『専門家』であるドミニクが判断したのだ。ならば、俺は自分の仕事をこなすのみ。




 勢いに任せて両足をぶっ刺してしまったので、おっさんは動けない。


 俺はグリューンの構成員の力を借りることにした。


「ドミニク兄貴、ちょっと人手が欲しいのでお願いしてもいいですか?」

「ん? あぁ、おい。ヤジンを手伝ってやれ!」


 ドミニクの許可が出たので、いかつい男二人におっさんを抱えてもらう。


 両脇を屈強な男に抱えられたおっさんは少しコミカルに見えた。


 俺が近付いていくとおっさんはあらん限りの罵声を俺に浴びせ、泣きわめく。


 無言でおっさんの顎を頬ごと掴むと、かなり強く握った。


 うまく声を出せなくなったおっさんが、微かなうめき声を上げる。


 俺は動きの止まったおっさんの喉を切り裂いた。



 

 

 人間の舌というのは、自分が思っているより長い。


 歯磨きのときなんかに見る舌はほんの一部であり、普段目にしない舌の付け根部分を入れた長さは思った以上なのだ。


 切り裂いた喉から、その長い舌を引っ張り出す。


 すると、ネクタイのように舌がペロンと胸元を飾る。


 これが、コロンビアンネクタイと呼ばれる処刑法である。


 まぁ、胸元を飾ると言ってもそこまで長いわけじゃない。


 ほんの少し、ベロンと首の下に舌先が出るぐらいのものだ。




 死が近いこの世界では、モンスターにやられてぐちゃぐちゃになった死体や路上で放置され腐った死体など目にすることもある。


 そんな、死が身近な世界でもこの姿は異質だ。


 なぜなら、人為的にやらないとこうはならない『異質な姿』だからである。


 普段目にする『不幸にも訪れた死』や『死後になる自然な姿』ではない。


 人間が悪意を持って作り出さないと、この吐き気を催す姿にはならないのだ。




 周囲を見ると、野次馬たちはすっかり黙ってしまい俺を怯えた目で見ている。


 おっさんの切り裂かれた喉からは、空気が漏れ血の泡が吹き出していた。


 ガフガフと血まみれの空気を吸い込み、必死に呼吸している。


 幸か不幸か。頸動脈へのダメージはそれほどでもないようで、おっさんは失血で死ぬこともできず自分の血で溺れていた。


 苦悶の表情を浮かべて暴れるおっさん。


 喉から舌がでているという異様な状況も重なり、その姿は恐怖心を煽るには十分であった。




 喉から舌を出したおっさんが徐々に弱っていく様子を無言で眺める。当事者や野次馬を含め、謎の空間が形成されていた。


 その空間を壊すように、カチャカチャと鎧の音を立てながら五人ほどの集団がこちらへ向かってきた。


「何の騒ぎだ! 道を開けろ!」


 大声を上げながら民衆をかき分けやってきたのは衛兵たち。


 衛兵たちは野次馬の囲む円の中心にいる俺たちに目をやる。


 部隊長らしき男が、俺たちの中からドミニクを見つけて顔をしかめた。


「おう、お仕事ご苦労さん!」


 緊張感を高める衛兵たちを意に介さず、ドミニクは気軽に声を掛けた。


「この騒ぎはお前が?」

「おう、うちの仕事だ」


 衛兵が来たか……。


 借金の回収でコレ・・は流石にやりすぎている。


 しかし、エムデンの権力を考えると『衛兵のお偉いさん』ともズブズブなはず。


 おそらくお咎めなしのハズだが、どうなるか……。

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