第141話 回収は諦めます

 おっさんの命を金に変える覚悟は決めた。


 しかし、具体的なプランが全く浮かばない。


 こんな冴えないおっさんにどんな魔法を掛けたら金貨百枚に変換できるのだろうか……。


「おっさん、金を隠しているなら今のうちに吐いた方がいいぞ。アンタも拷問されるのは嫌だろ?」


 とりあえず、様子見のジャブとばかりに軽く脅しておく。


 おっさんの反応を逃さないよう、気配察知を集中させ反応を見る。


 おっさんは『拷問』の単語に酷く反応して、冷や汗をダラダラ掻きながら震えていた。


 商人ってのは総じてしたたか。これが演技の可能性もあるが、これが演技ならアカデミー賞モノである。


 油断はしないが、脅しは効果があると考えていい。


「黙ってねぇでなんとか言えよ」


 俺は冷たい目でおっさんを見つめながら、ズイッと前に出る。


「ひぃぃ、隠している金なんてありません。本当です! もうすっからかんなんです!」


 おっさんは腰砕けになり、尻もちをついて座り込む。そして、首をブンブン振りながら金はないと必死に訴える。


「いざというときに備えて、少しぐらい金を隠したりするだろ? 正直に言わねぇなら……」


 俺はこれ見よがしに黒鋼のナイフを抜くと、おっさんに圧を掛けながら再びズイッと前に出る。


「ひぃぃぃ、ないんです。本当にお金はないんです。緊急時に使うための備えも使っちゃったんですぅぅ」


 おっさんは小便でも漏らしそうな勢いでビビり散らす。


「そんなこと言って、本当は隠してんじゃねぇだろうな? 使ったって何に使ったんだよ。商売の仕入れにでも使ったのか? 調べりゃ分かんだぞ、正直に言えや」


 チンピラのように怒鳴り散らすのではなく、冷たい目でおっさんを見ながら淡々と攻める。


「えっと、あのその」


 おっさんが急に言い淀んだ。


 怪しい……。


 こいつ、本当はどこかに金を隠しているのでは。


 らちが明かない、指の一本でもへし折るか。そう思っていると……。


「少しだけお返ししても意味がないと思ったので、あの一発当てて全額返そうとしてですね、へへへ」


 おっさんが卑しい顔で笑う。


 一発当てて返す? まさかこいつ……。


「てめぇ、金を返済しねぇでギャンブルに突っ込んだってことか!」


 俺が思わず怒鳴ると、おっさんは面目ないとばかりに頭を掻きながらへへへと笑う。


 こいつ、クズだわ。典型的なクズ。


 こりゃひでぇ。俺は頭を抱えたくなった。


 娼館に売られることが決まった母娘に同情的な目線を送っていた野次馬たちも、このおっさんには厳しい目線を向けている。


 こんなやつからどうやって金を回収すりゃいいんだ。


 無理だろ、こんなの……。




 おそらく、商人なので読み書きはできる。学のない平民よりは高く売れるかもしれない。


 しかし、こんなクズを雇いたいと思う人間はいない。


 裏ギルドから金を借り、返済できずに焦げ付く。残った金をできる限り返済に当てるでもなく、母娘と一か八か逃げるでもない。


 最後の備えをギャンブルに突っ込んで文無しに成るクズ。


 元商人とは言え、こんなやつに重要な帳簿やら書類やらを触れさせる人間はいないだろう。


 こいつの価値は一山いくらの奴隷と変わらないってことだ。


 どんな魔法を掛けたって、こいつの命は金貨百枚にはならない。


 俺はすべてを諦めて、ドミニクにたずねた。


「ドミニク兄貴、債権が回収できなかったときのペナルティって何かあるんですか?」

「いや、とくにはねぇよ。ただよぉ、失敗ばっかりしてっと仕事を振って貰えなくなるぜ」


 ドミニクの答えを聞いて俺は覚悟を決めた。


「分かりました。回収は諦めます」


 俺がそう言うと、おっさんは安心したようにホッと息を吐いた。


「その代わり、このおっさんぶっ殺しますわ」


 俺はそう言うと、おっさんの太腿にナイフを突き立てた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る