第140話 命を糧に
ドミニクに借りができてしまったのは痛いが、エムデンの紹介してくれた『美味しい仕事』とやらも気になる。
思考の渦から抜け出し、俺はドミニクに話しかけた。
「ドミニク兄貴、紹介して頂ける仕事ってのはいったい……」
「おっと、そうだったな。ヤジン、お前今日暇か?」
まるで遊びにでも誘うように、ドミニクは気軽に聞いてくる。
「はい、特に用事はありません」
「んじゃ、一緒に来てくれ」
なぜか内容を伝えず、ドミニクが歩きだす。
「あの、ドミニク兄貴。装備はこのままでも大丈夫なんですか? なにか準備が必要なものとか……」
俺が慌てて声を掛けると、ドミニクは立ち止まり上から下まで俺を眺めて言った。
「ん~大丈夫だろ。それじゃ、行くぞ」
適当な返事を返して、ドミニクはどんどん先へと進んでいく。詳しい話を聞くのは無理そうだ。
俺は溢れそうになるため息を抑え、ドミニクの後ろに付いていった。
スラム街へ向かうのかと思っていたが、ドミニクの向かっている方向から東地区の市場へ向かっているようだ。
市場にほど近い商店が立ち並ぶ場所に人だかりができている。
ドミニクはその人だかりへ近付いていくと、人々がドミニクの通る道を開けていく。
モーゼが海を割るように人だかりが割れていく。
ドミニクは軽い足取りでその道を進んでいった。
道が閉じる前に通らないと。俺は慌ててドミニクの後に続く。
人だかりを抜け、視界がひらける。
人だかりの中心地にいたのは、お互い抱き合って震えている母娘と人の良さそうな小太りのおっさん。
そして、そのおっさんたちを囲む強面のヤカラたちだった。
強面の男たちとは別の、運送業者らしき男たちが荷車に荷物を乗せている。
荷物を運び出している建物を見ると、商店のようだ。
おそらく、エムデンから借りた金が返せず店の商品を回収されているのだろう。
なるほど、俺の仕事はこれか。
焦げ付いた債務者から債権を回収すること。
まぁ、あれだ。平たく言うと借金取りってヤツだ。
『金貸し』から依頼される仕事として、これほど分かりやすいモノもない。
「ドミニク兄貴、仕事ってのは借金の回収ですか?」
俺がそう
「おう、話が早くて助かるぜ。お前の取り分は回収できた金の一割だ。まぁ、取り分から上納金はいただくけどな」
こっちからも上納金取るのかよ! 表情には出さないように努めながら、俺は心のなかで叫ぶ。
回収した金額の七%って利益率低すぎやしませんかね? それだと全然儲からない気がするのだが……。
「それでドミニク兄貴、いくら回収すればいいんで?」
俺がちらりと債務者と思われる家族に目線をやりながら聞く。
「んー、いくらだっけ。おい、こいつらの返済額は?」
「はい、金貨百枚です」
ドミニクが債務者を囲んで睨みを利かしている組織の人間と思われる男に、金額を
金貨百枚か。なるほど、個人への貸付と違って商店への貸付なので規模が大きいのか。
金貨百枚の七%ってことは金貨七枚。かなりの大金だ。
最初はしょぼいと思ったが、扱う金額が大きいから俺個人の稼ぎとしては破格になる。
もっとも、借金が返せずにいる人間から全額回収できるとは思わない。
どこかに金を隠していて、それの在り処を吐かせればいくらかは回収できるってところだろうか。
この債務者が『万が一の備え』すら用意できないアホなら、債権がほとんど回収できない可能性もある。
そうなれば、骨折り損のくたびれ儲けってやつだ。
成果主義といえば聞こえはいいが、クソブラックな汚れ仕事なのは間違いない。
金が欲しかったら、どんな手を使ってでも債務者から金を回収しなければいけないからだ。
それに、『使える人間』だと組織の上層部に思われないと枕を高くして眠れない。
汚れ仕事だろうがなんだろうが、やるしかないってことだ。
人も殺したし、何なら拷問も経験済み。
俺の手はすでに血で真っ赤に汚れている。
俺が安全にこの町で暮らすためなら、いまさら手を汚すことは
俺は債務者の家族を見ながら言った。
「ドミニク兄貴。母娘は娼館か奴隷送りですか?」
「おう、もう娼館の方には話がついている。そいつらの分は回収分に入らねぇぞ」
ドミニクの話を聞いた母娘は、抱き合いながらさめざめと泣いている。
本当は大声を上げて泣きたいはず。しかし、周囲の『怖い人たち』の機嫌を損ねるのは恐ろしいのだ。
声を押し殺して泣く母娘の姿は、哀れを誘うには十分だった。
わかってはいたが、めちゃくちゃメンタルに来る。
泣き叫んで、こちらを
救いがあるとすれば、母娘は見た目がいい。娘さんも旦那ではなく、美人の奥さんに似たのは幸運だっただろう。
おそらく、商品価値が高いと判断されるはず。
そうなれば、扱いも丁重になる。
少なくとも一山いくらの奴隷として売り飛ばされ、過酷な労働で使い潰されたり、加虐趣味の変態に
運が良ければ、年季が明けて解放される未来もあるかもしれない。
しかし、母娘を金に変えられないとなると、この冴えない親父をなんとか金に変える必要がある。
母娘と違ってこのおっさんにはまったく同情の余地はない。
やべぇところから金を借りて、その金が返せなかったのだ。
人の命が軽い
このおっさんは選択を間違えたのだ。
そして、俺の仕事は選択を間違えたおっさんの命を金に変えること。
俺も決して他人事ではない。
ここで選択を間違えて『使えないヤツ』だと思われたら……。
自分の命を守るため、他人の命を消費して金銭に変えなければいけない。
あまりにも残酷な現実。
ただ、本質的には森で暮らすのと何も変わらない。
俺は森でモンスターを殺して食料にしていた。
別の命を糧に自分の命を繋いでいたのだ。
ときには『生活圏を安全にするため』なんて理由で肉も毛皮も利用せず命を奪っていた。
森でも
俺は何かを奪うことでしか生き続けられない。
それでも、二度目の人生を精一杯生きると誓ったのだ。
おっさん、アンタの命を糧に俺は生きて行くよ。
ありがとう、俺のために死んでくれ。
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