第133話 グリューン

 プロの接客にやられ、つい自分用のブラシも買ってしまった。


 しかし、当初の目的であるパピーのブラシは無事ゲット。後は、屋台で適当に食べ物を買って帰ろう。


 パピー、喜んでくれるかな?


 俺は浮かれ気分で宿へと向かった。



 宿につくと、俺は部屋に一直線。


「パピー、ただいま!」


 俺が勢いよく部屋のドアを空けると、パピーは真正面でおすわりをしている。


 パピーは俺の持っている綺麗に包装された包が珍しいのか、興味深げにくりくりのおめめを向けていた。


 これはパピーへのプレゼントだよ。


 俺が回路パスを通じてパピーに伝えると、綺麗に包装された包をクンクンと嗅ぎだした。


 キレイ、楽しみ、嬉しい。回路パスを通して、パピーの感情が伝わってくる。


 俺はパピーを撫でながら、まずはご飯にしようと言った。


 パピーは嬉しそうにご飯を食べながら、それでも包が気になるのかチラチラと落ち着かない様子で目線を送っている。


 その可愛さに心臓を撃ち抜かれながら、俺はパピーとの食事を楽しんだ。



 食事が終わり、パピーにプレゼントを渡す。


 丁寧に包装を剥がすと、ブラシをパピーに見せてあげる。


 ヤジン、これなに? 回路パスを通してパピーが聞いてきた。


 これは今まで使っていたブラシより、高級でいいものなんだよ。やってあげるからおいで?


 俺がそういうと、パピーが膝の上に乗ってくる。


 抜け毛でベッドがよごれないように、いくつか布をしいてパピーにブラシをかける。


 最初は落ち着かない感じでソワソワしていたが、慣れてきたのか目をつぶり気持ちよさそうにしている。


 俺はパピーの反応を見ながら、ブラシを走らせる強さを調節する。


 お、これか。この強さがお気に入りか。


 ほほう、この場所がいいんだな。


 ほれほれ、ここがええのんか!


 パピーのツボを押さえた俺は、ブラシの気持ちよさに目を細めるパピーを攻め続ける。


 ついでにマッサージもしてあげよう。


 ほらほら、これがええんやろ!


「わ、わふぅー」


 ブラシとマッサージの快楽にやられたパピーは、デロンと液体のように溶けた。


 


 パピーがブラシを気に入ってくれてよかった。昔買ったブラシも品質が悪いってわけじゃないが、やはり高級品は一味違う。パピーの毛並みのツヤが今まで以上だ。


 ブラシを通している感覚もかなり違うようで、とても心地よさそうにしていた。


 安くはない品物だったが、パピーの喜ぶ姿を見れたと思えば安いものだ。


 冷静に考えたら、幼気いたいけな幼女にへんなことをする変態のおっさんみたいになっていた気がするが……相手はもふもふ。


 俺にやましい気持ちもないし、完全にセーフだろう。


 セーフに違いない。





 次のファモル草採取に向け市場で保存食を購入していると、男に話しかけられた。


 「グリューンのモンだ。冒険者のヤジンだな。エムデンさんが呼んでいる、ついてこい」


 一方的な物言いに普通なら腹も立つ。


 だが、俺は相手の態度など気にならないぐらい驚いていた。


 裏ギルド『グリューン』のエムデン。


 随分と大物が出てきたものだ。


 通称『金貸しエムデン』。


 恐怖と暴力を標榜としている裏ギルドの幹部では異質な存在。


 裏ギルドの幹部は通常、『血斧』『首狩り』なんかの物騒な二つ名で呼ばれることがほとんどだ。


 その中で『金貸し』という二つ名は明らかに蔑称に当たる。


 エムデンは裏ギルドには珍しく、頭を使うタイプ。所謂いわゆるインテリや◯ざと呼ばれる存在に近い。


 暴力ではなく、金の力でのし上がった彼を馬鹿にする裏ギルドの幹部は多いと聞く。


 しかし、市井の人間で彼を馬鹿にする愚か者は一人もいない。


 その影響力はスラムに留まらず、裏ギルド『ロート』の影響が強い貴族街を除くすべての地域に及ぶ。


 彼に逆らえば、大商人といえども商売が成り立たなくなると言われるほどだ。そこら辺の冒険者や一般市民なら、あっという間に行方不明になるだろう。


 噂では、裏ギルド『グリューン』の利益の半分以上をエムデン一人で稼いでる。


 そのため、裏ギルドのギルドマスターでさえエムデンには一定の配慮をしていると言われているほどの大物だ。



 裏ギルドから何らかの接触はあるだろうと思っていが……まさかの大物登場である。


 俺を呼びに来たこいつが嘘を言っている場合もあるが、金貸しエムデンの名を騙るのはあまりにもリスクが大きすぎる。


 ましてや、人の多い市場で堂々とその名前を出すのだ。こいつがカタリ野郎の可能性は低い。


 一瞬、逃げるか? そう思ったが、大物とツテを作るチャンスとも言える。


 幸い、相手は暴力ではなく知恵でのし上がった人物。


 ゴンズのような即暴力! といった、話が通じない相手でもないはず。


 薬師ギルドの事務長のお陰で、最低限の影響力は残った。それでも、俺がファモル草の採取方法を教えれば、俺の影響力は確実に弱くなる。


 できれば、薬師ギルドとは別の後ろ盾が欲しい。


 後ろ盾にはなってくれなくとも、敵対が避けられればそれでもいい。


 裏ギルドに向ける意識を少し減らせるからだ。


 いつ反社会勢力と揉めるかわからない状況など、精神衛生上最悪である。


 この街の権力者たち。『貴族』『教会』『衛兵』『冒険者ギルド』『薬師ギルド』『海運、港湾ギルド』『緑と赤の裏ギルド』。


 この中のいくつかとツテを作れれば、俺の安全性はグッと増す。


『貴族』は正直、ほとんど関わりがない。目を付けられれば天災のようなもので、逃げ一択。


『教会』には目をつけられないよう、ギルドの狂信者を通してちょろちょろ寄付をしている。向こうも、俺にそこまで興味はなさそうだ。ここは現状のままで大丈夫だろう。


『海運、港湾ギルド』は、冒険者である俺はほとんど関わりがない。今後も関わることはないはず。


 裏ギルド『赤』は貴族街が主な活動地域で、俺と関わる可能性は低い。


 俺が関わる可能性があり、まだ接触してない勢力。裏ギルドのグリューン。ここと何らかのつながりが持てれば、安心してこの町で暮らせる。


 適当な下っ端に繋ぎを付けて、軽く繋がりでも持っておけばいい。そんな風に思っていたが、まさかこの町の商売を取り仕切る大物から直々のご指名とは。


 滅多にない機会だ。上昇志向の強い商人なら大喜びしたかもしれない。


 しかし、俺はそこまでの野心をもっていない。安全に死なずに暮らせればそれでいいのだ。


 エムデンの不興を買えば、俺は間違いなくスラムで肉料理だ。


 リスクを徹底的に回避するなら、俺を呼びに来たこいつをぶっ飛ばして今すぐ町を出るべきだ。


 だけど、すべてを捨てて逃げるのはあまりにもつらい。


 今まで積み上げてきたものをあきらめて、また一からやり直すのか? せっかく出会えたベンやエマさんたちをと別れ、楽しみにしていた装備も忘れて何事もなかったかのように別の町でまた同じように一から始めるのか?


 周りに馬鹿にされながら、衛兵にペコペコして。そんなのまっぴらゴメンだ。


 やってやろうじゃねぇか。


 相手は、この町の経済を牛耳る貴族以上の化け物。後ろ盾としては、これ以上ないぐらい頼りになる。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクは承知の上だ。


 裏ギルドがなんぼのもんじゃい! 俺は気合を入れると、裏ギルドの人間に言った。


「わかった。案内してくれ」


 スラム街の方へと歩く案内役の後を追う。


 目的地につく頃には、止まってくれているだろうか。


 俺は震える手を見ながら、ビビるなと自分に言い聞かせていた。

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