第129話 新装備は男のロマン

 俺が死んだ目で二人を見ていることに気付いたエマさんは、俺に謝ってくれた。


 軽く心に傷を負ったが、俺はモテない男のメンタルコントロールが完璧なのだ。


 心の涙は見せず、エマさんに気にしないでくださいと笑顔で答えた。



 ようやく話が本題に移り、防具の話になる。


 まずは、色の話になった。


 装備の外見や機能も大事だが、色も非常に重要な要素だ。


 色は見る人間に様々な印象を与える。


 また、環境に溶け込んだり、逆に目立ったりもできる。


 防具は染料である程度色が変えられるらしい。だけど、極端に元の色と違う色にはできないのだとか。


 俺は森での活動が多いため、できれば緑系にしたかった。


 しかし、海牛セレニアの革は薄灰色。流石に、緑色に染めるのは無理だと言われてしまった。


 それならばと、元の色に近い赤黒系にしてもらう。


 なぜ、黒ではなく赤黒なのか? 暗がりの中だと、黒一色は逆に目立つからだ。詳しいことは分からないが、赤外線の関係だった気がする。


 どのくらい赤を混ぜればいいのか分からないので、エマさんに丸投げしてしまった。


 闇に紛れやすい配色をお願いしますと伝えると、慣れた様子で気軽に受けてくれた。


 スニーキングスーツに、闇に溶け込む配色。完全に暗殺者仕様だ。流石に怪しいと思われるか? そう思ったが、特に何も言われなかった。


 エマさんのプロ意識なのか、俺以外にも暗殺者が着るような防具を依頼したヤツがいたのか……。


 どちらにせよ、不審がられるよりはよっぽどいい。


 後は、脇腹の部分に棒手裏剣を二本ずつ。肋の隙間を埋めるように配置して貰う。立体加工に紛れて、暗器だとは気付かれにくいはずだ。


 他にも、体正面の強化装甲だけではなく、膝も装甲を厚くすることにした。膝パットのような物を、なるべく動きを阻害しない形でつけることになった。


 肩と肘は迷ったが、なるべく今の感覚で動かしたかったので強化はしなかった。ナイフを使っての受け流しや、空手の受けの感覚が狂うのを恐れたためだ。


 ナイフの受け流しは非常に繊細な操作が求められる。失敗したときのリスクも大きい。


 なるべく、感覚を変えたくなかった。


 グローブも、手の甲と拳の部分を切り抜き、海牛セレニアの革を貼り付けて強化することにした。


 指の後ろ側の部分まで海牛セレニアの革にしようとすると、接着面積が増え強度に不安が出るそうだ。


 追加で海牛セレニアの革を貼り付けるのではなく、切り取って付け替えるのはグローブの厚さを極端に変えないためだ。


 手の重量バランスがおかしくなると、感覚が狂ってしまう。


 こちらの世界の人間は、スキルで体を動かすことが多い。そのため、重量バランスをそこまで気にしなくてもいい。スキルが最適な動きを取ってくれるからだ。


 野人流小刀格闘術は、(笑)がついているせいか、スキルとして処理してくれない動きが多い。


 今は体を動かしながら、この動きもスキルとして認識してくれ。そう思い動くことで、徐々にスキルを拡張している状態だ。なんとなく、AIに学習させているような感覚に近い気がする。


 そのため、スキルなしで体を動かすことが多い。

 

 それに、俺は自分の感覚をとても大事にしている。そのため、装備によって感覚が大きく狂うのは好きじゃない。


 体の末端であり、よく動かす手の重量が増えすぎることを俺は避けたいって訳だ。


 俺の特殊なオーダーを聞いて、二人は不思議に思っていた。詳しく話すと、すぐに面白いという表情に変化する。


 ベンは子供のように目を輝かせ、色々とアイディアを出してエマさんと話し込んでいた。


 二人が若くして町一番の職人へと成長できたのは、この柔軟な思考と好奇心も影響しているのではないだろうか。


 昔気質の頑固職人にこんなオーダーをしたら、店を追い出されていたかもしれない。


 二人と出会えて、俺は本当にラッキーだった。




 防具の全体像が固まり、後は調整を繰り返しながら仕上げるだけになった。


 初めての試みが多い作品のため、こまめに工房に来てその都度つど修正することになった。


 より良い防具を完成させるためだ。そのぐらいの労力は惜しまない。




 防具の話は終わったが、細々とした物を揃える必要がある。海牛セレニアの革は、内側の汗などはこもらないようになっている。


 だけど、それにも限界がある。


 金属の鎧を着るときに使用する鎧下のようなゴツい服は必要ないが、汗を吸ってくれるシャツが必要になる。


 そこでエマさんにおすすめされたのが、スパイダーシルクを使ったシャツだ。


 名前がめっちゃラノベっぽい、ちょっとテンションが上った。


 スパイダーシルクは肌触りが良く、吸水性優れ、防刃性が高い素材。下着にするには理想の素材だと言われた。


 ダンジョンで採取が可能なため、素材の数自体は出回っている。


 ただ、小国家群だとメガド帝国からの輸入になってしまう。加工出来る職人も少ないため、高価になってしまうそうだ。


 エマさんに生地を触らせてもらったが、とてもなめらかな肌触りだった。


 元現代日本人として、腰蓑やらゴワゴワの麻のパンツを履くことが辛いと感じている。そのため、多少高価でも買う価値はある。


 スパイダーシルク、もっと早く知りたかったぜ……。


 シャツとパンツを二枚ずつ注文した。本当はもっと欲しいが、あまり多いと荷物になってしまう。


 前世のシルクとは違い頑丈なので、こまめに洗濯することにしよう。

 



 後は頭の防具だ。強度を求めるなら金属製だが、俺のスタイルは回避重視。


 気配察知と五感強化を融合させたことで、空間把握とも言える能力が使える俺には、重い防具で攻撃を耐えるスタイルが合わない。


 防御より回避を優先した装備が必要だ。



 固く強化した革の頬面と革の帽子。エマさんのようなペストマスク。色々試したが、最終的にはスパイダーシルクでバラクラバを作ってもらうことにした。


 バラクラバは『目出し帽』と呼ばれている防寒具で、銀行強盗が装備しているのでおなじみのマスクだ。


 鼻と口を出すタイプのやつではなく、目元だけ出ているタイプのやつにした。サバゲーなどでよく見る、特殊部隊っぽいやつだ。


 シャツより生地を厚めにして、ベン特製の金属糸を少量編み込むことになった。普通のやじりぐらいは弾き返してくれるそうだ。


 スパイダーシルクは白色で染めやすい。バラクラバは防具の色と合わせてくれるみたいだ。


 色による隠密効果は頭装備をつけて継続できる。




 これで防具が揃った。いったん頭の中で、すべての装備品を装備した状態を想像してみた。黒いバラクラバとバキバキボデイーのスニーキングスーツ。


 完全にメタル◯アのモブ兵士だな。いいね、中二心がうずくぜ。


 すべての注文を終えた後、エマさんは少し気まずそうに言った。


「代金は金貨五十枚って話だったけど、流石にこの注文は五十枚じゃ受けられない。悪いね。極端に安くすると、組合ギルドが色々と言ってくるからさ……」


 ヤジンさんにはいいアイディアをもらったから、個人的にはタダでもいいぐらいなんだけどね。エマさんはそう言いながら頬を掻いた。


「おいくらになりますか?」

「そうだね、下着や顔の防具なんかの細々とした物を全部含めて金貨百枚でどうだい? 金貨五十枚は手付ってことで、残りは後でいいよ」


 一気に値段が倍になった。その金額は逆さに振っても出てこない。


 しかし、破格の条件であることは確かだ。


 下着や顔の防具などの小物だけで金貨二十枚は超えているはずだ。複雑な加工の代金が金貨三十枚となると、かなりお得になる。


 手付金が総額の半分なのも、日本で見ると高く思える。普通は一割から二割が相場だからだ。


 だけど、今回購入するのは俺専用の装備。


 転売できる家や宝飾品と違い、現金化できない。俺が残りの代金を払わず飛んだ場合、残りの半金は損をすることになる。


 そのため、オーダーメイドで注文するときは全額先払いが基本だ。それを後払いにしてくれるだけでも、かなりの譲歩だと言える。


 貴族とも取引があるエマさんたちの工房。その収益からしたら、金貨五十枚などおそらく誤差の範囲だ。


 エマさんの言った通り、組合ギルドからのクレームがなければ、タダにしてもいいぐらいなのだろう。


 ただ、エマさんにとって大した金額でなくても俺には大金だ。


 ファモル草とギーオの採取。さらに猟での素材販売。それらをフルに回しても、数か月は掛かる。


 こんな好条件で装備を手にできる機会など今しかない。だけど、金貨五十枚はあまりにも高額過ぎる。


 俺が顔を歪ませ懊悩おうのうしていると、ベンがさらに悩みのタネを投下した。


「これだけいい装備なんだ。自己修復を付与した方がいいよ」


 ベンがつぶやいた言葉を聞き、様々な感情や思考が爆発した。


 自己修復! 付与魔法! 異世界なのに、ファンタジー要素が薄かった日常に放り込まれたパワーワード。


 自己修復とか便利そう。めちゃくちゃ料金高そう。魔法って貴族の領分だけど大丈夫なのか? 色々な思いが頭をぐるぐる駆け巡る。


 ただでさえ性能の悪い俺の頭が悲鳴を上げ、頭が真っ白になってしまった。


 ポカーンと間抜け面を晒す俺を見て、エマさんがベンに怒った。


「ちょっと、兄さん。付与魔法なんていくら掛かると思っているのよ!」

「金貨百~二百枚ぐらいだろ? その防具に普通の値段を付けるなら金貨五百~六百枚はするんだしさ、新しく作り直すより付与魔法の方がお得じゃない?」


 ベンは技術馬鹿で生活力が欠如している。金銭感覚がむちゃくちゃだ。エマさんが経理を担当していなかったら、この工房はとっくに潰れていたに違いない。


 あまりに浮世離れしたベンの感覚に突っ込むことを諦め、エマさんはため息をついた。


「すまないね、ヤジンさん。兄さんはちょっとアレなんだ」

「エマ、アレってなんだよ!」


 エマさんとベンが、また二人でイチャイチャしだした。普段なら、うへぇと口から砂糖でも吐き出すところだが、そんな余裕はなかった。


 俺は頭の中で、どうにか金を都合できないかと考えていた。



 防具に関して、最大の懸念はメンテナンスだった。


 トゥロンという巨大な町で一番の職人が作り上げた先進的な防具。そこら辺の職人では修理などできない。


 ずっとこの町に滞在するならいいが、俺にそのつもりはない。


 俺はもう三十五歳だ。この先、何年冒険者をやっていられるか分からない。ちょっと裕福なレベルの現状で満足していたら、老後は惨めなことになる。


 レベルの壁を超えるために、より強いモンスターの生息地域へ行かなければならない。この町の森でも、深部に行けば格の高いモンスターはいるかもしれないが、深部で戦うにはリスクが高すぎる。


 無傷ですまなかった場合、帰り道が遠いと危険だ。それに、深部の情報が乏しい。


 情報不足から、予想外の危険に晒される可能性もある。そういったリスクは避けるべきだ。


 この世界には、レベルの壁を越えやすい環境の場所がある。


 ダンジョンだとか、レベルの割に倒しやすいモンスターが生息している場所などだ。


 装備と資金が整ったら、そういった場所におもむく必要がある。


 なるべく安全な環境で壁を越え、大金を稼ぐ。


 高レベル高ランクに到達して、引退までには悠々自適なご隠居生活を送りたい。


 大豪邸に住んで奴隷ハーレムを築くのもいい。田舎でパピーと二人、まったりスローライフを楽しむのもいい。


 どちらにしても、武力と金がなければ不可能なことだ。


 ハイペースでレベルの壁を越えるため、あちこちに移動する必要がある。


 しかし、移動先に腕のいい職人が居るとは限らない。


 ベンがこぼした金貨五百~六百枚という言葉からも、制作される防具はかなりの品質のはずだ。


 その防具のメンテナンスがフリーになる。俺にはとても魅力的に思えた。


 しかし、値段が高すぎる。追加の金貨五十枚でもひぃひぃなのに、更に百~二百枚なんて到底無理だ。というか、金額の幅がおかしい。


 金貨百~二百枚ってなんだよ、倍じゃねぇか! どうなってんだよ、金持ちの感覚。頭おかしいぞ。


 最高金額で考えると金貨二百五十枚。そんな大金稼いでいる間にジジイになっちまう……。


 何か現代チートで大金を稼ぐ手段はないだろうか? 既存の商売と喧嘩せず、後ろ盾が無くても儲けられる商材。


 だめだ、思いつかねぇ。ねずみ講でもやって、大金稼いでトンズラするか? 危険なシステムを持ち込んだとして、国に命を狙われそうだ。


 欲をかき過ぎても良くないか……。


 諦めが肝心だな、断腸の思いで諦めよう。


 そう思ったとき、一つのアイディアが思い浮かんだ。


 この世界に来て初めて、知識チートが出来るかもしれない。


 昔テレビで見た、皮なめしの歴史。その映像が、頭の中で再生されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る