第127話 開き直ったアホの恐ろしさ
事務長との話し合いは交渉というより、すり合わせに近い内容だった。
俺が条件を付け足したり提案をしても、事務長は「私には決定権がありません」と突っぱねる。
ギルドマスターと俺との間に交わされた約束をそのままなぞり、正式な書類を作成する。それだけに注力しており、余計なことは一切しない。そんな感じだった。
薬師ギルド側からも要望がでたが、あまりにも常識的な内容のため、ゴネて自分に有利な条件を引き出すことも難しい。
俺は深く考えず7日に一度、ファモル草を納品していた。
7日区切り。一週間という概念がこの世界にはなかったのだ。前世ではあまりにも違和感なく生活に溶け込んでいたため、深く考えたことがなかった。
地球での一週間が7日とされている理由は諸説あるが、一番メジャーな説はキリスト教の影響でそうなったという説だ。
神は6日で世界を作り、7日目に休息した。そんな聖書の一説が広まり、一週間=7日が定着したわけだ。
しかし、こちらの世界にはキリスト教が存在しない。
当然、宗教がらみのめんどくさい年号の換算、日付の特殊な呼び方などはこちらの世界にも存在している。
ただ、一般人には馴染みがない。
生活に溶け込んでいることもなく、一部の宗教関係者か熱心な信徒以外は気にもしないはずだ。
こちらの世界では、単純に指の数。つまり『5』か『10』がひとつの単位として使用されることが多い。
4日働いて1日休む。もしくは、9日働いて1日休む。指の数である『5』単位が基本となっている。
働いている人のシフトも、5日単位をベースに組んでいる訳だ。
俺は7日に1回という、異世界人には訳の分からないペースでファモル草を納品する。シフトに対して中途半端なため、うまくスケジュールが組めないのだ。
事務長から遠回しにやんわりと「訳の分からねぇ間隔で納品するんじゃねぇよ。シフトが組みにくいだろうが、嫌がらせしてんのか?」というご指摘を頂いてしまった。
確かに、現場で働く人間にはたまったものじゃない。
異世界に多少馴染んできたかな? そう思っていたが、まだまだ地球の感覚が抜けていなかった。
非常識なことをやっているのは俺の方なので、ここでゴネると心象は最悪になる。10日に一度の納品に変更しますと伝えたいところだが、品不足なのに納品ペースを下げるとか喧嘩を売っていると思われても仕方がない。
少しペースがキツくなるが、5日に一度の納品という形になった。スケジュールの余裕は減るが、その分収入は増える。痛し痒しといったところか。
本来なら「仕方ないなぁ、そこまで言うなら納品ペースを上げますよ。これは貸しひとつですからね」そんな感じで勿体つけたかったが、非常識な納品ペースは困るという、至極まっとうな注意だった。
ここで『その通りだよな』などと、納得してしまう俺は交渉に向かない性格だとつくづく思う。
図々しく要求しつつ、相手が怒らないギリギリの線を攻める。そういった行為ができない。頭の中で納得してしまうと、それが態度に出てしまうようだ。
地球にいたときは表情が読めない。いつも怒っているような印象を受ける。そんな、ジャパニーズポーカーフェイスの典型みたいな人間だと言われていた。
しかし、交渉がダイレクトに命に関わる可能性があるこちらの世界では、交渉を担当する人間の洞察力が桁違いだ。
俺が自覚していない僅かな表情の変化から、こちらの心を見透かしたような発言をしてくる。
バチバチに交渉したらぁ! と考えていたが、気合や努力でどうこうできる差じゃなかった。
リトルリーグの子供が、メジャーリーガに戦いを挑むようなものだ。
そこで俺は方針を転換することにした。表情が読まれるなら、素直に考えていることをダイレクトに伝えようと思った。
日本人特有の『空気を読む』『和を以て貴しと為す』という考え方ではなく、欧米人のようにはっきり自分の主張を相手に伝えることにしたのだ。
もちろん、相手を怒らせるような非常識な発言はしない。
一見、交渉を捨てた馬鹿な行為だが、アホの俺が小難しい交渉などやっても勝てるわけがない。
なら、全てをさらけ出す。そして、解決策を相手に考えてもらえばいいのだ。こんな組織で事務方のトップをやっているんだ。
俺よりも遥かに頭がよく、この世界のことをよく知っているはずだ。だから、俺の問題点を伝えて相談に乗ってもらうことにした。
発想の転換ってやつだ。どうやっても相手にコントロールされるなら、俺にとってより良い方向にコントロールして貰えばいい。
小難しい小技の応酬ではなく、真正面からドンと全てをぶつける。策士の罠を打ち破るのは、相手の策士を超えた天才策士の罠か、圧倒的な脳筋による突破のみ。
『虚仮(こけ)の一念岩をも通す』開き直ったアホの恐ろしさを、事務長に思い知らせてくれるわ!
俺の雰囲気が変わったことを察した事務長が警戒したように顔をしかめたが、すぐ呆れ顔になった。
わざわざ表情に出して俺を牽制したのに、俺はアホ面下げて思っていることをペラペラと話しだしたからだ。
お貴族様、ギルドマスターに圧力を掛けられて了承した。しかし、採取方法を他人に教えてしまうと困る。
流通量が増えると単価が下がるし、自分しか採取できないという優位性が失われて薬師ギルドへの影響力が下がる。
たかが一冒険者に供給を左右されるのは、薬師ギルドとして良くないことは理解している。
だけど、こっちも困るんです。
俺は馬鹿正直にそう伝えた。
自分の弱みを全開でさらけ出す俺に、事務長は困惑気味だった。最初から道理の分からない馬鹿なら理解できる。
しかし、さっきまで拙いながらも交渉事をやっていた人物である。なにか裏があるのではないか? そう警戒心を
事務長は、あらゆる角度から俺を責めた。
口約束とはいえ、ギルドマスターほど社会的地位のある人間と交わした約束を曲げることはできない。
そういった正論から、契約が不成立になった場合俺が被る不利益。影響力のある薬師ギルドを敵に回すことになり、間接的に冒険者ギルドの心証も悪くなる。
ギルドへの影響力が抑止力になっていた、俺への直接的な妨害行為や殺害計画。その他諸々の不利益が俺に降りかかる。
事実を淡々と伝えながら、馬鹿に道理を教えるように丁寧に話してくれた。
俺は、そんなこと分かっている。分かっているけど、困るんです。お金がないと生活できないし、影響力が下がると命の危険があるんです。
採取方法を教えてから口封じのために、薬師ギルドに消されても困るし、なんとか収入を維持しつつ影響力を保持したいんです。
俺はバカ正直に、ストレートに事務長に『困っている』と伝えた。
事務長も、ここまでぶっちゃける相手と交渉を行ったことはなかったのかもしれない。仮面が崩れ、少し驚いているようだった。
しかも、話し合っている場所も個室ではなく事務室で、周りには一般の事務員達がいる。『薬師ギルドに消されても困る』などという物騒なワードが俺の口からでたときは、事務員たちの動きが一瞬だけ止まった。
一般職員たちにも守秘義務はあるが、人の口から秘密は簡単に漏れる。用済みになった俺を消すのが、ほんの少しだけ厄介になったはずだ。
それなら、俺をうまく利用する方法を考えた方が建設的だ。
事務長は少し思案した後、ひとつの提案をしてきた。
俺が採取に行っている森の奥には、ファモル草以外の薬草も多数存在している。ファモル草を原料に作られる10日熱ほど発生頻度は高くないが、健康を気遣う貴族なら常備しておきたい薬の原材料がまだまだ、あの森には自生している。
現状、薬の原材料は多くが輸入によって賄われている。乾燥した原材料でも効果を発揮するが、新鮮な生薬の方が効能が高い薬なども存在する。
薬師ギルドにある、それらの薬草が自生している場所を俺に教えてくれるそうだ。
そういった秘匿情報を聞くのは死にフラグなので、そのことについて尋ねると苦笑いを浮かべながら事務長は言った。
「採算が取れないからね。情報が漏れてしまっても、誰も寄り付かないと思うよ」
事務長によると、昔は冒険者たちも薬草の自生している場所は知っていたそうだ。
ところが、他にもっと安全な仕事や、報酬の高い仕事が増えた。
薬師ギルドも輸入品の乾燥した材料とはいえ、薬はちゃんと作れる。無理をしてまで薬草を採取してもらう必要がなかった。
ただ、薬師ギルドの想像以上に冒険者たちの『採取離れ』が深刻になってしまったのだ。
採取のノウハウを失った冒険者たちは危険度の割に報酬の安い薬草採取に手を出さなくなり、薬師ギルドも輸入品で妥協するようになった。
そういった事情があるため、かつては知られていた薬草の自生している場所の情報は秘匿情報でもなんでもないそうだ。
誰も必要としない情報だが、薬師ギルドとして薬草の採取場所は後世に残す必要がある。何かの理由で、薬の原材料が輸入できなくなるかもしれないためだ。
そのため代々伝えられてきた、誰も必要としない情報。それを俺に教えてくれるそうだ。
俺は採取できる種類や量が増えるため、手間は増えるが収入はキープできる。うまくやれば増収するかもしれない。
そして、様々な生薬を納品する俺は、最低限の影響力は薬師ギルドで保持することができる。
当然、ファモル草を独占していたときよりは低下するだろうが。
積極的に保護するほどではないが、死ぬとギルドの利益が減る。そのぐらいの影響力で落ち着くのではないか。事務長はそう語ってくれた。
口封じに消したり、積極的排除しようとはせず、気が向けば助ける。その程度でも、薬師ギルドが気にかけてくれるだけでぜんぜん違うはず。
ファモル草以外の薬草を納品するにあたっての、冒険者ギルドとの利益調整などは事務長がやってくれるそうだ。
ファモル草は今まで通り、冒険者ギルドの依頼としてこなす。それ以外の納品は、薬師ギルドへ『俺個人のお土産』という形で渡され、お土産のお返しとして薬師ギルドから薬品が渡される。
それを指定の商人へ届けると、商人から金が渡される。そのような流れになる。事務長はそう語ってくれた。
おそらく、頭の中ではすでに絵図が出来上がっているに違いない。
パチ◯コの景品交換みたいな、面倒くさいやり取りだと思った。まぁ、地球の景品交換システムも、体裁を整えるためにやっていた。
こちらの世界でも、冒険者ギルドの領分を犯していない体裁を整える必要があるのだろう。
さすが事務長。あっさり解決策を考え出してくれた。やはり、頭のいい人は俺なんかとはモノが違う。
改めて、先程話し合った内容で契約書を作成する。冒険者ギルドとの調整が必要になったため、正式な契約は後日になった。
しかし、条件面では固まっており次回はスムーズに契約をかわせるはずだ。俺と事務長は握手を交わし、後日正式に契約をかわそうと笑顔で別れた。
薬師ギルドを離れ、少し歩いてから俺は大きく息を吐いた。
「ふぅ~。あー、くっそ疲れた」
手も背中も汗でびっしゃびしゃだ。今すぐ風呂に入りてぇ。
やっぱり、事務長も油断ならない人間だった。最初は自分に『決定権がない』。なんて言ってた癖によ、冒険者ギルドとの利益調整を独断で決定できるほど権力があるじゃねぇか。
怖い怖い。全く、権力者たちは恐ろしい。これなら、森で
精神的に疲れた俺は、ぐったりしながら宿に帰った。
宿に着くと、コンシェルジュから「伝言を預かっております」そう告げられた。またかよ! 俺は憂鬱になりながら伝言を聞く。
「試作が成功したから、朝一で工房へ来ておくれ」と、エマ様より伝言を預かりました。
まじか! 試作の成功早すぎねぇ? もっと時間が掛かると思っていた。
コンセルジュからの伝言は毎回ろくでもなかったが、今回は予想外のグッドニュースじゃねぇか。
現金なもので、先程までヘロヘロだったのにめちゃくちゃ元気が出た。だって仕方ない、男はいくつになってもロマン装備が好きな生き物なのだ。
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