第124話 君の温もり

 屋台に行く前に、冒険者ギルドに寄ることにした。ナール草の採取依頼を受け、木札を受け取る。


 『依頼を受けました』という証明の木札が無いと、一般用の入り口で待たされることになる。別に予定は無いが、無駄に時間を消費するのは得策じゃない。


 冒険者ギルドを出て、屋台へと改めて向かった。


 昼のピークを過ぎ、少し暇そうにしていた串焼きの親父に大量注文をする。ここの串焼きは割高だが、味は間違いない。


 大きめの肉が3つ刺さった串焼きを30本受け取ると、門へと向かう。門にたどり着くと、冒険者用の出入り口へと向かった。


「よぉ、ヤジン! 今頃町を出るのか?」

「アルフォンスさん、お疲れ様です」


 冒険者用の出入り口をチェックしている衛兵が話しかけてきた。


「感覚が鈍らないよう、軽い採取依頼だけでもと思いましてね」

「ヤジンは見かけによらず真面目だな!」

「見かけによらないってひどいですね」

「「はっはっは」」


 昔の俺が見たら、反吐が出るようなやり取りだと思う。しかし、こういうくだらないコミュニケーションが大事なのだ。



 このアルフォンスさんは、衛兵の中では珍しく話せる・・・人だ。露骨な差別もしないし、搾取してやろうとギラついた目で見てくることもない。


 俺に対してキツイ態度を取る衛兵をたしなめてくれたりもする。


 階級は平だが、古株で周りから信頼されている。腹の底では何を考えているか分からないが、こういう人と仲良くしておくに越したことはない。


 それに、M字ハゲが進行している部分もポイントが高い。謎の共感というか、仲間意識がある。


 取り締まられる側の冒険者と、取り締まる側の衛兵。搾取される冒険者と、搾取する衛兵。


 社会的には反目し合うお互いの立ち位置だが、お互いの生え際を見ればわだかまりはすぐに消える。


 悲しき宿命を背負う二人、立場は違えど通じるものがあるのだ。



 アルフォンスさんを見て、まだまだ大丈夫だと安心する俺。徐々に進行する俺の生え際を見て『こちら側にようこそ』と言わんばかりに笑顔を浮かべるアルフォンスさん。


 共感し合いながらも、お互いが相手に対して失礼な感覚を持っている。


 そして、お互いがそれを隠そうともしない。Mの悲劇を見るお互いの視線だけは、打算や嘘などが一切ない正直な目線と表情になっている。


 お互い本心を隠して接する間柄だ。何かトラブルがあれば、即座に敵対関係になる。だけど、ほんの一部分とは言え、お互いの正直な部分を見せあえる。


 それだけで、相手を信用できてしまう。


 こんなクソッタレな世界では、話が分かり通じ合える部分がある。そういった人間はとても貴重だ。


 それが、権力者側となればなおさらのこと。



「これ、良かったら食べて下さい」


 俺はそう言うと、串焼きを20本アルフォンスさんに渡した。


「いつも悪いな。さっきからいい匂いがしていると思ったんだよ」


 賄賂を受け取れない代わりに、門番の給金は普通の衛兵より高い。それでも、稼げる冒険者ほど高給取りって訳じゃない。


 みんなお肉は大好きだし、タダ飯も大好きだ。露骨な賄賂は嫌われるが、差し入れという形なら歓迎される。


「おい、お前ら。ヤジンがまた差し入れしてくれたぞ! 礼を言っとけ!」

「「「あざーっす!」」」


 衛兵たちは体育会系のお礼を雑に言った後、肉に群がった。


「おい、せめて裏で食え! 隊長にどやされても知らんぞ」


 若い衛兵はもうたまらないといった感じで、その場で串焼きに齧り付いていた。アルフォンスさんに注意され、気まずそうに裏へと移動する。


 こういった、『素の部分』を衛兵たちが見せてくれるようになったのはごく最近のことだ。


 最初はひどく警戒されていたし、形だけでも俺に礼を言う衛兵などいなかった。


 俺はこまめに差し入れを届けた。肌寒い夜には香辛料の入ったホットワインを差し入れるなどして、コミュニケーションを取り続けた。


 そして、敬意を示した。誰だって敬われたいし、褒められたい。褒められることのない現場の人間は特にそうだ。


 そうやって、少しずつ関係を築いていった。


「まったく、若い奴はだらしなくていけねぇ」

「ははは……」


『最近の若いもんは』というテンプレを聞きながら、俺は苦笑いを浮かべる。


 俺の木札を確認したアルフォンスさんは、通ってよしとジェスチャーで示した。


「軽い採取依頼とはいえ、森は危険だ。気をつけろよ、ヤジン」

「ありがとうございます。アルフォンスさんたちが、しっかり町を守ってくれるから俺も安心して働けます」

「ミエミエのおべっかなんぞ使いやがって、もういいから行け」


 そういったアルフォンスさんは、照れながら鼻を指で掻いていた。




 門を出ると、串焼きが冷めないように素早く移動する。


 しばらく街道を進むと、脇にそれ森へと入った。気配察知の範囲を拡大、周囲の状況を確認する。


 警戒を続けながらも、急ぎ足で移動する。しばらく進むと、目的の場所へとたどり着いた。


 この場所は小高い丘になっており、この場所周辺にはなぜか高い木が存在していない。近くには綺麗な湧水も存在している。


 ここからは、トゥロンの町が一望できる。森の浅い部分のため、モンスターも少ない。ハイキングをするにはもってこいの場所だ。


 パピーはすでにフードから飛び出しており、楽しそうに森を駆け回っている。


 俺は手早く火を熾すと、少し冷めた串焼きを温める。肉が焦げないよう、遠火でじっくり熱を加えるのがポイントだ。


 そうやって肉を温めていると、表面に脂が浮かびいい香りが周囲に漂ってくる。匂いに反応したパピーが、嬉しそうにこちらに走ってきた。


 群れのリーダーである俺がまず肉を一口食べる。俺と一緒のときは、こうしないとパピーが食べようとしないからだ。


 俺が食事を始めたのを見たパピーは、前足を器用に使い串から肉を抜くと嬉しそうにガフガフと串焼きを食べていた。


 回路パスからは、美味しいという感情が伝わってくる。


 パピーの嬉しそうな姿を見ていると、心が癒やされる。撫でくりまわしたい衝動に駆られたが、食事中に撫でるのは良くない。俺は衝動をグッと堪えた。


 肉の匂いに釣られた灰色狼グレイ・ウルフが襲撃してきたが、今の俺達には楽勝の相手だった。


 手早く灰色狼グレイ・ウルフを片付けると、食事を再開。


 幸運なことに、灰色狼グレイ・ウルフの血の匂いに誘われて別のモンスターが襲撃してくるといったこともなかった。


 おかげで、俺とパピーは二人でゆっくり串焼きを楽しむことができた。


 食後に少しまったりした後、慣れた手付きで灰色狼グレイ・ウルフを解体。いらない部分を穴に埋める。


 スコップがないと不便だな。折りたたみ式のスコップをベンに作ってもらった方がいいかもしれない。


 後処理を終え、灰色狼グレイ・ウルフから剥ぎ取った毛皮をリュックにしまう。


 少し食休みをしたあと、パピーと森を走り回る。


 自由に遊び回るパピーはとても楽しそうで、見ている俺まで楽しい気持ちになった。


 走り回っていたら喉が渇いたので湧き水を飲む。地下から湧き出た水は、冷えていてうまい。汗をかいた体に染み渡るようだった。



 パピーと戯れていると、いつの間にか日が沈みだしていた。パピーをモフりながら、俺は丘から夕日を眺める。


 門が閉まる前に帰らなければ。そう思ったが、夕日に照らされた町の城壁が、茜色に輝いているトゥロンの町が……その光景が、あまりにも綺麗で……。


 このままずっと眺めていたい。俺はそんなことを考えていた。




 これは、現実逃避だ。夕日に照らされたトゥロンはこんなにも美しいのに。あの美しい造形物は、あの町に住む人間が作り出したというのに……。


 そこに住む人の心は、あまりにも汚い。


 そして、その汚い町で暮らすことに喜びを覚えている俺もまた薄汚れている。


 自然が作り出した愛らしさと、無垢で純粋な精神を持つパピー。


 あまりにも綺麗なパピーを、薄汚れた俺が撫でていていいのか。不意に、そんなことを考えてしまう。


 すると、回路パスを通して、パピーが怒っていた。いつもの拗ねた怒りではない、煮えたぎるような強い怒りだ。


 俺が困惑していると、回路パスを通じて様々な感情が流れてくる。自分の気持をうまく伝えられないパピーの憤りが頂点に達した頃……。


 パピーの瞳から涙が零れ落ちた。


 狼も泣くんだな。そんな場違いなことを一瞬考えた後、俺は強くパピーを抱きしめる。優しく背中を撫でながら「大丈夫だよ」そういってパピーの気持ちを落ち着かせた。


 パピーが落ち着いた頃、周囲はすっかり暗くなっていた。


 俺は火を熾し、野営の準備をする。準備が完了した後、落ち着いたパピーと回路パスで話した。


 パピーは自分を卑下する俺に対して怒っていた。


 ヤジンはすごいんだ。なんでそんなことを考えるんだ! そう怒っていた。


 ギルドマスターとの交渉で好き勝手やられた俺がすごい? 自嘲気味に俺が笑うと、パピーが説明してくれた。


 恐怖や混乱から立て直せるのはすごいことだ、と。自分にはできなかったと。


 弱い状態で一人、パピーは生きてきた。群れを追い出された後、弱いパピーはすべてが恐ろしかった。


 見るものすべてが未知のもの。出会う生き物すべてが敵だった。


 恐怖に震え、未知に怯え、ひたすらじっと姿を隠していた。飢えと渇きに耐えかね、移動すれば襲われる。


 そんな状態から救ってくれたのは、ヤジンだった。弱い自分を鍛え、生きる術を教えてくれた人。


 恐怖に打ち勝つ、強い心を持った人。


 それが、ヤジンだと。今まで見てきた、どんなに強い生き物よりヤジンは頼りになると。


 そんな俺が、自分を卑下するのは許せない。パピーはそう言ってくれた。


 パピーは我慢強い。薬師ギルドで話し合っていたときも、気配を消して身動きひとつしなかった。


 じっとして動かない。というのは、想像以上に辛いことだ。


 深くは考えていなかったが、パピーの我慢強さは異常だ。その理由が分かった。パピーは耐えることを知っている。恐怖や混乱から立て直す大変さも知っている。


 だから、理不尽に耐え、混乱から立て直すことができる俺はすごい。そう言ってくれたのだ。


 違うんだ、パピー。俺が混乱から立て直せたのは……。


 俺が最後に自分を保てたのは、背中に伝わる君の温もりがあったからなんだ。


 目が潤み、焚き火が滲む。


 俺は涙を拭くと、顔を上げた。強くなる。こんな俺を、こんな俺なんかをここまで信頼してくれるパピーのために。


 冒険者ギルド、薬師ギルド、裏ギルド。俺個人など、簡単に潰せる権力者たち。俺は負けない。しぶとくしたたかに、そいつらと渡り合ってやる。


 もう迷いはなかった。焚き火より激しい炎が、俺の胸を熱くさせていた。

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