第123話 やっていることはヤ◯ザと何ら変わらない
ギルドマスターに勧められるまま、俺は椅子に座った。
「ヤジンさん。ご挨拶が遅れました。薬師ギルドのギルドマスター、エドワード・アスターと申します」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。5級冒険者の野人と申します」
日本でよく見かけるような挨拶のやり取りだが、受ける重圧は比べようもない。すでに胃が痛てぇ。
「早速、本題に入らせて頂きます。ヤジンさん、もう少しファモル草の供給を増やせませんか?」
「ギルドに指名依頼を出して頂ければ、可能な限り善処します」
「可能な限り善処……ですか」
俺の答えがお気に召さなかったらしい。『私は不快に感じています』という感情をうっすら滲ませている。
厄介なのは、この分かりやすい表情の変化。そこに込められた意味を、俺は正確に読み取れない。
この評定の変化は交渉を有利に進めるための演技なのか? それとも、
少しでも交渉を有利に進めるため、五感強化を使いギルドマスターの一挙手一投足を観察している。
しかし、さっぱり分からない。貴族とは、ここまで『人間らしさ』を消せる生き物なのか……。
怒らせるのは下策。だけど、引いた分相手が出てくるのが交渉だ。相手が貴族だからと、一方的に譲歩すればケツの毛までむしられる。
じっくり考えたいところだが、貴族を待たせすぎるのも無礼になる。
ええい、馬鹿の考え休むに似たり。一番大事なのは命だ。俺だけじゃない、パピーの安全にも関わってくる。
ケツの毛までむしられてやろうじゃねぇか。ただし、むしったケツ毛が綺麗だと思うなよ!
「もちろん、最優先で採取させて頂きます。ただ……」
「どうしました?」
「採取を邪魔してくる人間がいるのです。最近では、森に行くたび誰かが私の後をつけてきます」
俺がそう言うと、ギルドマスターは意外そうな顔をした。
「薬師ギルドの依頼を受けている貴方の邪魔をすると? その人たちは私たちを敵に回すつもりでしょうか? それとも、どこかのギルドに依頼されて妨害行為をしていると?」
「私にはわかりかねます。ただ、私も冒険者の端くれです。嫉妬や恨みに晒されることはあるでしょう。外見から、私を見下す者も多い。どこかのギルドが妨害を依頼しているのではなく、私個人への攻撃も考えられます。なぜなら、私に後ろ盾がないからです」
俺の発言を聞いたギルドマスターは、今の一言で全てを理解したらしい。
採取依頼は最優先で行うけど、邪魔する奴がいるんだよね。だから、後ろ盾になってそういう奴らを防いでよ。俺は被害者のフリをしながら、厚顔無恥にお願いした訳だ。薬草が欲しけりゃ、俺の後ろ盾になれってね。
「後ろ盾ですか……」
ギルドマスターは腕を組み、右手を顎に当て『思案しています』といったポーズを取る。
わずか数秒で考えがまとまったのか、ギルドマスターはポーズを解く。そして、笑顔で俺に言った。
「ヤジンさん。薬師ギルドで働く気はありませんか?」
「へ?」
ギルドマスターに言われた言葉が予想外過ぎた。俺は間抜けな声を出してしまう。
「し、失礼しました」
「いえいえ、お気になさらず」
「薬師ギルドで働くというのは、ギルドでの依頼を通さずに直接取り引きをしたいということでしょうか?」
「違います。正式に、薬師ギルドの一員として迎え入れたいと思います。もちろん、現在稼いでいる金額以上の給料もお約束します」
引き抜きか……。この展開は想定外だった。薬師ギルドは、薬師しか在籍できないと思いこんでいた。
冷静に考えれば、自分たちでも材料の採取ぐらいするよな。
全てが冒険者ギルド頼みなんてのは考えられない。供給の根っこを掴まれるのもそうだし、供給も安定しない。薬師ギルドにも、素材を調達する人員がいるはずだ。
自分のアホさが嫌になる……少し考えれば分かることだった。想定外の事態だが、慌てずに考えてみよう。
薬師ギルドの一員になれば、ある程度の社会的な信用度は上がる。薬師ギルドという後ろ盾も手に入り、生活は安定する。
治安の悪い地区とは壁で区切られているし、少国家群の中では文明が発達している。
幸い、稼ぎは悪くない。ギルド員になれば、今と同等かそれ以上の収入が保証されている。物価の高い
以前にも似たような勧誘があったが、あのときは相手がゲイリーだった。今回は、薬師ギルドのギルドマスターが相手だ。ゲイリーとは信用度が違う。
もっと上に行きたい気持ちはあるが、正直疲れた。この町で、パピーとイチャイチャしながら幸せに暮らすのもありじゃないか? そんな気持ちが大きくなる。
いや、待てよ。ギルドマスターが信用できる?
そりゃ、社会的な信用度は高いだろうさ。だけど、俺の目の前で笑顔を浮かべているこの男を信用する? ありえない。
この男ほど、貴族という生き物ほど信用できない存在はいない。
安定企業に就職。そんな美味しい提案に目が曇っていた。あぶねぇあぶねぇ。いったん落ち着こう、詳しい業務内容を聞いてからでも遅くはない。
「薬師ギルドに所属させて頂く場合、業務内容はどのような形になるのでしょうか?」
「ヤジンさんの今までの生活と変わりはありません。私たちが依頼する素材を期日までに納めて頂ければいいだけです。ただ、当ギルド専属となります。そのため、冒険者ギルドでの活動は許可できない形になります」
専属契約。冒険者の囲い込みといったところか。
冒険者を引き抜かれた冒険者ギルドは、薬師ギルドと裏切った人間に怒りを覚えるだろう。。
この話に乗り薬師ギルド所属になると、冒険者ギルドと軽い敵対関係になってしまうかもしれない。
「それと……。ヤジンさんには、他の当ギルド員にファモル草の採取方法を指導して頂きたいと思います」
なるほどね、こっちが本命か。やっぱり貴族は信用できねぇ。同じようなパターンを俺は知っている。
日本で働く優秀な技術者の給料は、欧米の水準に比べるとかなり安い。そのため、優秀な技術者が高給に釣られて海外企業で働くケースが増えた。
それだけなら問題はない。十分な給料を支払わなかった企業側にも責任があるからだ。
何が問題なのか? それは、技術を吸収した企業が技術者を用無しと判断して放り出すからだ。高給で釣って、技術だけ吸収してポイ! と放り出す。
捨てられた技術者は今更古巣には戻れず、自慢の技術も吸収され価値が無くなってしまう。日本側は技術の優位性を失い、優秀な技術者も失うことになる。
この申し出は、同じケースと見て間違いない。
安全にファモル草を採取できる方法、俺のノウハウを吸収する。吸収したノウハウを元に、安全にファモル草の採取ができる人材を増やす。
供給が安定したら、俺は用済みになる。適当な理由を付けて首にしてしまえば、高い給料を払い続ける必要もなくなる。
首にされた俺は、一度裏切った冒険者ギルドに戻れない。
自らの利益を確保しつつ、相手の戦力を削る。エゲツない、さすが貴族。似たようなケースを知らなければ、俺もあっさり騙されていたかもしれない。
ケツの毛までむしられる覚悟はしていた。だけど、これはケツの毛なんてレベルじゃねぇ。そこまでむしられてたまるか! 舐めんじゃねぇぞ、ギルドマスター。
「大変ありがたいお話なのですが、遠慮させて頂きます」
俺は目に力を込めながら、ハッキリと断った。
「貴様、ギルドマスターの申し出を……」
俺が断った瞬間、一言も発していなかった護衛の男が殺気全開でこちらを睨む。
言葉で駄目なら、今度は暴力を背景にした脅しか。
まったく異世界は最高だな。世間では聖人君子と呼ばれている薬師ギルドのギルドマスターも、一皮剥けばただの外道。
金で釣って駄目なら脅し。やっていることはヤ◯ザと何ら変わらない。
貴族の護衛だ。最低でもレベル25。下手したらレベル30を超えているかもしれない。腸が煮えくり返る思いだが、逆らうのは得策じゃない。
結局、力のある人間には逆らえない。どれだけ知恵を巡らそうと、言葉を尽くそうと『単純な暴力』に簡単に屈してしまう。
悔しい。感情を隠すことも忘れ、俺は拳を握りしめていた。
「ランスロット、控えなさい! ヤジンさん、護衛の者が失礼しました」
急にギルドマスターが謝罪してくる。俺は怒りや悔しさのやり場を失い、感情がぐちゃぐちゃにかき回される。
「今までお世話になった冒険者ギルドを裏切れない。ヤジンさんの気持ちは分かります。だからこそ、貴方を信頼できる」
ぐちゃぐちゃになった俺の心の隙間にスルリと入り込むように、ギルドマスターが優しく俺を肯定する。
「分かりました。残念ですが、当ギルドへの勧誘は諦めます。しかし、供給元が『ヤジンさんだけ』という現状は看過できません。当ギルドの採取を担当しているギルド員に、ファモル草を安全に採取する方法をお教え願えませんでしょうか?」
『お断りします』そう口を動かそうとしたが、うまく口が動かない。飯の種である、ファモル草採取のノウハウを奪われる。
冒険者として死活問題だ。断って当然の申し出。
しかし、断ってもいいのだろうか? ギルドマスターは止めたが、本心ではどう思っているか分からない。
こっそり誘拐されて、拷問されるかもしれない。
平民相手に謝罪までしたギルドマスターの申し出を断ったら、メンツを潰されたと攻撃してくるかもしれない。
悪い想像ばかり浮かぶ。この申し出を断ってはいけない、なぜかそう思った。
「了解しました。ギルドに指名依頼を出して頂ければ……」
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、予定が詰まっておりまして……。細かい条件はまた後日」
ギルドマスターはそう告げると、部屋を出ていってしまった。
別ギルド員から、詳細な条件は後日。期日が決まり次第宿に伝言を残すので、改めて来てくれと言われた。
追い出されるようにギルド本部から出された俺は、混乱した頭のまま『やっちまった』ことだけは理解していた。
なぜか分からないが了承してしまった。
ノウハウを伝え終わったら、俺は用済みになる。首になるぐらいならまだマシだ。最悪、秘密を守るために消されるかもしれない。
新装備が完成するまでなんとか引き伸ばし、新装備をゲットしたら町を離れることにしよう。
はぁ……死ぬほど疲れた。異様に長く感じたが、太陽の角度から判断すると一時間ぐらいしか経っていないようだ。
恐ろしく濃密な時間だった。
半ば強制的にギルドに連行され、貴族と対峙するハメになるとは。マジでしんどい。ゴリゴリに精神が削られた。
詳細を詰めるため、もう一度ギルドマスターと対峙しなければならない。めちゃくちゃ憂鬱だ……。
貴族と対峙して、命があるだけでマシか。今は辛い現実を忘れ、パピーをモフって癒やされよう。
俺は宿に帰ろうと歩きだす。
「いて、いてててて、パピーさん。マジで痛てぇっす」
パピーさんはお怒りのようで、俺の背中をガフガフ噛んでいた。
そうだった! 屋台で買い食いして、パピーと森で遊ぶ予定だったんだ。約束を忘れた俺にぶんむくれるパピーを必死になだめる。
交渉にはボロ負けするし、パピーを怒らせちゃうし。今日は厄日だ。
全部、ギョームの野郎が悪い。アイツのせいだ。せいぜい悲惨な目にあって、地獄を見るがいい。
八つ当たり気味にギョームに恨みをぶつけ、俺はパピーがお気に入りの屋台へと歩き出した。
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