第122話 ギルドマスター
「エドワード様、どうしてここに? 今日は視察の予定では……」
ギョームがうろたえながら話す。
最初はマッチポンプを疑った。ギョームが脅し、ギルドマスターが助ける。そうやって恩を感じさせて俺を操る。
テンプレだが、それだけに有効的だ。
一般人にとって貴族は神の使い。ひたすら仰ぎ見て尊ぶ存在である。そのお貴族様が平民に慈悲を掛けてくれる。
それだけで、簡単な奴ならコロッと騙される。恩義を感じ、必死に恩を返そうとするだろう。
まぁ、冒険者は犯罪者崩れが多いため、一般市民のようにそこまでピュアな反応はしないだろうが。
しかし、粗暴な冒険者でさえ貴族の強さや権力は嫌というほど知っている。みえみえのマッチポンプだろうが、形的に『借り』を貴族に作ったことになる。
そんな相手からの『借り』は踏み倒せない。
そういった、分かりやすい方法で俺から利益を吸い取るつもりだと思っていた。
だが、ギョームのリアクションを見ている限り違うようだ。
額から汗が吹き出しており、目がせわしなく泳ぐ。あれが演技なら、アカデミー賞を受賞できるレベルでうろたえている。
ギョームも影の黒幕とまで呼ばれた男だ。多少のことではあそこまで醜態を晒しはしないはず。
あれほどうろたえるということは、今回はかなりやばい橋を渡ったのだろう。
「確かに、今日は視察の予定でした。だけど、予定にないお客さんを君が呼ぶと聞いてね。彼には私も挨拶をしたいと思っていました。それで、予定を変更することにしたのです」
貴族、怖い。
優雅ささえ感じる口調だった。何の嫌味も、攻撃性も感じない穏やかな口調。そこから発せられた言葉は、お前の企みなど全てお見通しだという強烈なメッセージ。
怒鳴られ、詰め寄られるよりもよっぽど怖い。
「ギョーム、君にはギルドの運営に関して、多くの権限を与えています。だけど、私の名前を騙るのは良くない」
ギョームが小刻みに震えている。
「申し訳あり」
「無駄なことはしなくていい」
ギョームが地面に這いつくばり、謝罪を述べようとした。
しかし、ギルドマスターが冷たい声でそれを遮る。
「君の謝罪には、なんの価値もない。時間の無駄だ」
うわぁ……強烈だな。確かに、頭ってのは立場が上の人間が下げるからこそ効果がある。
平社員が社長に頭を下げても、社長は何も思わないだろう。だけど、社長が平社員に頭を下げれば効果は抜群だ。
平社員は、慌てて「頭を上げてください!」そんな感じのリアクションを取る。同じ謝罪という行動でも、立場が違うだけで意味は大きく異なる。
生粋の貴族であるギルドマスターからすると、格下のギョームの謝罪など取るに足らない出来事だ。時間の無駄といいきってしまうのも理解できる。
「理解に苦しみます。君は最近増長気味ではあった。しかし、ここまで強引な手段をとる必要があったのですか?」
ギルドマスターがギョームを冷たい目で見つめながら話す。
「薬の需要に、薬草が追いついていないのです。しかも、入手経路は冒険者ギルドのみ。それも、
演技なのか、本気なのか。
俺には判断できないが、現場の板挟みで苦労している。焦って行動したが全てはギルドのため。そう感じられる発言だった。
自分の手柄も欲していたとは思う。ただ、ギョームの言葉に嘘は感じなかった。
もっとも、それで強引に情報を吐かされる俺はたまったもんじゃない。大変なのは分かるけど、俺には関係ない。
舐めたマネしやがって、いつか報いを受けさせてやる。俺には、そんな黒い感情しか湧いてこなかった。
「供給が不安定だという問題点は私も気になっていました。しかし、私の名前を出して強引に聞き出すというのはいただけない」
「確かに、ギルドマスターの名前を出したのは良くないことでした。ですが、コイツは町の嫌われ者です。多少強引な手段に出ても、薬師ギルドの印象は悪くならないでしょう。冒険者ギルドにはそれなりに配慮しなければいけませんが、所詮
本人を前に町の嫌われ者とか言うんじゃねぇよ。自覚はあるけど、心に刺さるだろうが。
「ギョーム。貴方は薬師ギルドでの長年の働きが認められて貴族になりました。しかし、元は市井の人間。その貴方が、市井の人々がどう感じるのか理解できないのですか?」
「多少反発はあるかもしれません。しかし、評判の悪い私と違いギルドマスターのご高名は市井の人々に知れ渡っております。町の嫌われ者一人、多少無下に扱おうが市井の人々は嫌われ者が悪いと判断するはずです」
自信満々に答えるギョームを、ギルドマスターは冷たい目で見つめ続けていた。ふぅ、と小さくため息をつくと、側にいた護衛に目線を送る。
すると護衛は、ギョームを乱暴に地面に引き倒し拘束した。
直接の雇い主はギョームのはずだが、護衛たちはわずかな迷いすら見せずギルドマスターに従った。
場を支配する力が尋常じゃない。これが本物の貴族ってやつか。
乱暴に拘束されるギョームを見て、少しすっきりした。このまま俺は帰してくれるといいんだけど、そんな訳ないよなぁ……。
俺が黄昏れていると、拘束されたギョームが目を血走らせて叫ぶ。
「なぜですかエドワード様! なぜこのような!」
「ギョーム。確かに彼は嫌われているかもしれません。しかし、彼は弱者です」
「弱者? 確かに取るに足らない者ですが、市井の人々から見れば5級冒険者は十分な脅威ではないですか」
「なら、なぜ彼は蔑まれているのですか?」
「え?」
「彼が弱者でないのなら、貴方は堂々と彼を批判したりしません。もし彼が裏社会の大物なら、貴方は彼に向かってそんな口をきけましたか? 市井の人々は彼を蔑みましたか?」
「それは……」
「市井の人々は理解している。彼は自分たちを簡単に殺せる力がありながら、それを自分たちに振るうことはできないと。だから、彼を蔑み堂々と態度で示す。つまり、市井の人々から見ても彼は弱者です。その弱者を、弱者の味方と言われている薬師ギルドが害する。市井の人々はどう思うでしょうか?」
ギルドマスターはギョームではなく、一瞬俺を見た。何を確認した? なぜ分かりやすく俺に視線を飛ばした。分からない。分からないことが恐ろしい。
「ギョーム。貴方の言った通り気にも留めない人もいるでしょう。しかし、恐れを感じる人もいるはず。次は弱者である自分たちも攻撃されるのではないかと。私個人は信頼していても、薬師ギルドへの信頼は損なわれる。市井の人々は弱者です。弱者は猜疑心が強く臆病。そうした人々の警戒を解くのに、私がどれだけ苦労したか分かりますか?」
ギルドマスターはギョームに顔を近付けて言った。
「それが理解できない。いや、理解できなくなった貴方に価値はありません。今までご苦労さまでした」
ギルドマスターはそう告げると、興味を失ったと言わんばかりにギョームから視線を外した。
「エドワード様! エドワード様! 何卒御慈悲を! エドワード様ああぁぁぁ」
部屋から引きずり出されたギョームの悲痛な叫び声が、少しずつ遠のいて行く。
目の前で起きたドラマのような出来事に少し呆気にとられたが、俺の危機は去っていない。むしろ、さっきより危険度を増したと考えたほうがいい。
単純な暴力には対処ができる。だけど、目の前のこのお貴族様がどんな手を使ってくるか想像もつかない。
俺が警戒していると、ギルドマスターは予想外の行動にでた。
「ヤジンさん。当ギルドが迷惑をおかけしました。本当に申し訳ない」
ギルドマスターはそう言うと、軽く頭を下げた。俺は一瞬フリーズ仕掛けたが、慌てて声を掛ける。
「いえ、気にしておりません。顔を上げてください」
「そうですか。ありがとうございます」
ギルドマスターはそう言うと、男の俺でも見惚れるような笑顔で言った。
やられた! 立場が上の人間が頭を下げる。己のプライドさえ気にしなければ、これほど費用対効果が抜群な行為もない。
金も時間も掛けず、一発でチャラだ。しかも、頭を下げられた方はなぜか軽い罪悪感すら感じる。
平民相手に頭を下げたとなれば、貴族社会で下に見られる可能性もある。しかし、平民に慈悲深いと評判のギルドマスターならどうだろうか?
一般市民には美談として伝わり、貴族社会では建国以来の貴族であるアスター伯爵家を表立って馬鹿にはできない。
俺が、お貴族様が俺ごときに頭を下げたぜ! なんて言いふらすアホではないと判断した部分もあるはずだ。
平民に対して頭を下げる。そういった事実が広まらない限り、それはなかったことと同じ。だけど、頭を下げた効果は俺に対して残る。
こんな人間とのやり取りなんて恐ろしくてできない。『このままお帰りください』、なんてことにならないかな……。
俺の願いも虚しく、ギルドマスターが話しかけてきた。
「ヤジンさん、貴方に頼みたいことがあります。まずはお掛けください」
笑顔で俺に椅子を進めてくるギルドマスター。俺には、目の前の美しく優雅な男が得体のしれない怪物のように映っていた。
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