第121話 囲まれた野人

 案内人の後ろを歩く。案内人の横には、護衛の男が一人。


 しかし、この男は囮だ。周囲を取り囲むように、4人の男が一定の距離を空けて俺を追跡している。


 俺を包囲する間隔が常に一定だ。高い技量がうかがえる。その高い技量が仇になった。


 常に自分から一定の距離を置いて追跡してくる気配。ターゲットが俺と教えているようなものだ。


 気配系のスキルは希少らしい。俺が気配察知を習得しているなど、想定していないのだろうか? いや、敢えてやっている可能性もある。


 練度が高いことを見せつけ、こちらにプレッシャーを掛ける。ヘタな真似はするな……と。


 流石に深読みし過ぎだろうか。


 しかし、敵の力量は高めに換算しておく方がベターだ。もちろん、正確な力量が分かるのが一番いい。


 ただ、気配察知から分かる限定的な情報では、相手の力量を正確に測れない。楽観視するよりは、厳しい想定でプランを立てた方がいい。


 まぁ、現状詰んでいるのだが……。


 プランもクソもない状態。今まで殺してきた『モンスター退治の専門家』である冒険者と違い、対人技術に秀でた護衛たちだ。


 複数人に囲まれた時点で終わっている。


 案内人を人質に取る方法もあるが、案内人は人質としての価値がない。案内人を護衛するためではなく、俺を逃さないような配置で動いている。


 最初から、案内人の安全は考慮されていない。


 一応、囮に一人護衛が付けられているが、明らかに技量が低い。歩き方、目線の飛ばし方、姿勢、どれをとっても並だ。


 俺がその気になれば、護衛が反応するより早く案内人を人質に取れる。案内人の方も、全く警戒していない。


 護衛がいるから大丈夫だと思っているのだろうか? それとも『薬師ギルド』という権力のある組織に所属している自分は、危害が加えられないと思っているのだろうか? どちらにしても隙だらけだ。


 技量の低い護衛と、隙だらけの護衛対象。両方セットで囮になっている。そして、案内人の緊張感のなさから、そのことを告げられていない可能性が高い。


 なぁ、案内人。アンタは気付いていないだろうが、囮にされているぜ。アンタの安全性は考慮されていない。いつの時代も下っ端ってのは辛いよな。


 案内人の後を歩きながら、少し案内人に同情してしまった。




 しかし、このガチな配置は何だ。たかが5級冒険者相手にやり過ぎじゃないか? 力量を評価されているということだろうが、勘弁して欲しい。


 今までは侮られることが多かった。舐められて、嫌な思いや危険な目にあったことも多い。


 ただ、油断した相手と戦うと不意打ちのような効果が期待できた。相手の想定が俺の実力とかけ離れているほど、楽に相手を殺せた。


 今回は逆だ。俺の実力を大きく見積もり、しっかり対策を練り、戦力を整えている。なるほど、これが一目置かれる、注目されるということか。


 勉強になるね……。


 これなら、侮られる方が遥かに楽だ。実力者で包囲しつつ、人質は最初から見捨てる想定をしている。


 うん、詰んでいる。何度考えても詰んでいる。


 この作戦を考えた人間は優秀だ。いや、すごいな。それに性格が悪い。庶民の味方、薬師ギルドがとった作戦がこれとはね。


 ギルドマスターは貴族でありながら、庶民に優しい慈愛の人という評判だった。そのギルドマスターの呼び出しでこれだ。全く嫌になるぜ。




 話し合いに応じるのもやぶさかじゃないけど、ここまであからさまに『逃さねぇぞ』というシフトを敷かれると嫌な予感しかしない。


 最悪のパターンは、そのまま監禁されて拷問パターン。拷問されて、素材の採取の仕方を吐かされることになる。


 ただ、これだと冒険者ギルドに対して完全に喧嘩を売ることになる。


 白昼堂々俺を連行しているので、目撃者が多数いる状態だ。薬師ギルドが関わっているのが明らかな状態で、俺が行方不明になる。


 その後、薬師ギルドは自力で薬草の採取に成功。流石にあからさま過ぎる。薬師ギルドも、流石にそこまでアホじゃないだろう。


 拷問などの非合法な手段で情報を得るなら、もっと人目につかない方法で俺を攫うはず。


 そう考えると、監禁からの拷問コンボは確率が低いと予測できる。


 あからさまな力を見せつけ、交渉を有利に進めるため? いや、今更アピールする必要などないほど、薬師ギルドの権力は強大だ。


 レア素材を採取できるとは言え、木っ端冒険者の俺にここまで実力をアピールする必要はない。


 残された理由を考えると、一番シンプルな理由にたどり着く。単純に俺を逃したくなかった。今すぐ薬師ギルドに連れて行く必要があった。


 そうまでして急いでいる理由は分からないが、問答無用で拷問されることはないはずだ。


 もちろん、監禁からの拷問コンボもあり得る話だ。最大限の警戒をしておく。


 散々考えたが、今のところ警戒して出たとこ勝負という結論に達した。相変わらず、俺の脳はまともな作戦や対策を立てれない。


 頭が良くなるスキルが欲しい、心からそう思う。




 薬師ギルドの本部に近付くと、俺を囲んでいた護衛が徐々に包囲の輪を狭める。まるで追い込み漁だな。


 薬師ギルドの本部は、建物自体は大きくない3階建ての白を基調とした建物がひとつあるだけだ。


 ただ、敷地面積は広く、高い壁がぐるりと周囲を囲んでいる。風に運ばれた薬草の匂いが、鼻腔を刺激する。薬に使う薬草を栽培しているようだ。


 面積が広いのは薬草畑があるからか……逃亡ルートに使えるだろうか? 


 いや、広い敷地を横断するより民衆に紛れ込んだ方がいい。大通りへのルートをいくつか頭に浮かべながら、薬師ギルドへと近付いていく。


 薬師ギルドの門についたとき、護衛の4人は素知らぬ顔で俺の後ろに陣取った。お互い挨拶はかわさない。


 俺は護衛の4人にちらりと目線をやり、体格や武器を確認しておく。


 全員装備は統一されている。バックラーと呼ばれる小型の盾にブロードソード。盾と片手剣というオーソドックスな構成だ。


 小型の盾と刃渡りが短いブロードソード。明らかに狭いところで戦うことを想定している。


 市街戦だけでなく、室内戦も想定した装備に思える。あくまでも念の為の装備なのか、それとも室内で何か仕掛けてくるつもりなのか。


 どちらにせよ、覚悟を決めるしかない。




 どのような事態になっても、パピーだけは逃がす。方法も考えてある。


 一人だけ逃げることにパピーは難色を示したが、最終的には了承してくれた。自分の存在が足手まといになると思ったようだ。


 実際、護衛の4人と戦えば、パピーに気を使う余裕がなくなる。いざ逃げるとなっても、パピーの安全が確認されていれば俺は遠慮なく逃走できる。


 一緒に戦いたいというパピーの気持ちは嬉しいが、パピーがこのレベルの相手と戦うにはまだ早い。




 案内人が門番に一言二言話してから、薬師ギルドへと入っていた。


 その後を警戒しながら付いて行く。


 俺の後ろに陣取った4人組は、がっちりポジションをキープしながら、俺に無言の圧力を掛けてくる。


 気配察知で後ろを警戒しつつ、建物の形状を確認していく。


 階段の位置。人の気配。部屋の数。俺の残念な脳みそに情報を押し込んでいく。


 逃走経路のシミュレーションを頭で行い、4人組の歩き方の癖や怪我の有無などを確認する。


 階段を登り二階へ上がり、暫く進むと案内人が扉の前で立ち止まった。案内人が扉をノックする。この部屋にギルドマスターがいるようだ。


「入れ!」


 部屋の中から偉そうな声が聞こえる。


 案内人に続き部屋にはいる。そこには護衛と思われる男二人と、俺より背が低いスキンヘッドでギョロ目の小男がいた。

 

 コイツはギルドマスターじゃない。副ギルドマスターのギョームだ。


 薬師ギルドの黒幕。影の権力者。薬師ギルドにまつわる黒い噂の影には、いつもこの男の名前がある。


 最悪だ。


 薬師ギルドのギルドマスターはタダの神輿。組織の運営はギョームが取り仕切っており、ギルドマスターに実権はない。


 そういう噂も流れていたが、まさか上級貴族の血族であるギルドマスターの名前を騙ってまで俺を呼び寄せるなんて……。


 勝手に貴族であるギルドマスターの名前を騙れるほど、コイツには権力があるのだろうか? 流石に想定外だった。


 俺が部屋に入った後、出口を塞ぐように4人組が扉の前に立つ。完全に囲まれた。嫌な汗が流れる。


「貴様が冒険者のヤジンか……」


 俺を値踏みするように、ギョームがジロリと俺を睨む。


「貴様にはファモル草とギーオの採取の仕方を教えてもらう。嫌とは言わせんぞ」


 ギョームがそう言うと、護衛たちがズイッと前に出て俺に圧力を掛ける。


 安い脅しだが効果的だ。人数を相手に勝つのは絶望的。ギョームを人質に取ることすら難しい。


 それにしても強制か。こんなことをして冒険者ギルドと揉めないのだろうか。それとも、とっくに話は付いていて、俺は冒険者ギルドに売られたのだろうか。


 喋れば、情報を守るために消される。喋らなくても、しゃべるまで拷問される。


 全く、ろくな未来にならねぇな。俺は覚悟を決め、逃亡することにした。


 一か八か、床をぶち抜いて下の階に逃げる。その後、壁をぶっ壊し外に逃走。渾身の力でパピーをぶん投げて安全圏へ送る。


 その後、人混みに紛れて逃走する。


 冒険者ギルドも信用できない。ベンたちのいる工房地区へ逃げ込むか、そのまま町から逃亡するしかない。


 せっかくいい感じで生活できていたのに……。


 いつか力を付けて戻ってきたら、必ず報いを受けさせてやるギョーム。必ずだ。


 俺が床をぶち抜こうとした、そのときだった。


「騒がしいですね、どうしました?」

「いえ、あの、その」

「ちょっと失礼するよ」


 そう言うと、ひとりの男が入ってきた。


 入り口を塞いでいた護衛たちは、その男が現れた瞬間、緊張感を漂わせ道を空けた。


 艷やかな金色の髪。透き通るような青い瞳。長い髪を後ろに束ね、高そうな服を完璧に着こなしている。


 誰もが想像するような貴族。テンプレから抜け出してきたような、美しい容姿をした貴族の男だった。


 アスラート王国建国から続く名門。アスター伯爵家の三男エドワード。


「ギョーム、この集まりはなんですか?」


 薬師ギルドのギルドマスターが、俺の前に姿を現していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る