第119話 モテない男のメンタルコントロール

 町一番の鍛冶師、どんな奴が出てくるのだろう。


 ゴンズのようなデカマッチョか? ドワーフのように肉がミッシリ詰まった肉達磨か? 俺はドキドキしながら鍛冶師を待った。


「エマごめーん。ちょっとキリのいいところまで待ってー」


 工房の奥から、間の抜けた声が聞こえてきた。あれ? なんか想像と違う。いや、ボエーっとしているけど、力のリミッターぶっ壊れ系男子か! 『あれー? こいつすぐ壊れちゃったよ』とか笑顔でいう系のやべぇ奴か! おっかねぇ……。


「ヤジンさんすまないねぇ。ちょっとまってくれるかい?」

「はい、わかりました」


 俺は笑顔で答えるが、さっきから汗が止まらねぇ。悪さがばれた子供のように、俺はドキドキしながらエマさんの兄貴を待った。


「おまたせー。どうしたんだい、エマ」


 そう言って奥から現れたのは、デカマッチョでも肉達磨でもなく、ごく普通の男性だった。


 エマさんと同じ金髪碧眼。エマさんはキリリとした眉尻の上がっている感じだが、兄貴の方はへにょっと眉尻が下がっていて温和な印象を感じる。


「もう、兄さん遅いよ」

「仕事中だったんだから仕方ないだろ? エマは相変わらずせっかちだなぁ」

「兄さんは要領が悪いのよ」


 ビビっている俺を他所よそに、二人でいちゃこら始めだした。


 君たちは禁断の関係かね? それとも、血の繋がらない妹という幻創種ファンタジーかね? どちらにしても嫉妬ジェラシーが止まらねぇ。


 セクハラで断罪されるという恐怖心から、鍛冶師の兄貴を恐ろしい存在だと妄想してしまった。


 しかし、実物を見た感じほんわかした普通の兄ちゃんだった。


「エマ、お客さんを待たせているよ」

「あっ」


 エマさんが、今存在を思い出した。といった感じでこちらを見る。ハイハイ、アウトオブ眼中ね。変な勘違いしなくてよかったわ。


 エマさんは俺に気があるんじゃ? なんて考えた後、この扱いだと心がポッキリ折れていた気がする。


 そうなると、俺はますます童貞をこじらせて、童貞力が測定不能をマークするほどの怪物になっていたに違いない。


 いつだって自分の心を守るのは、冷静な判断と少しの諦念だ。


「大丈夫です。それで、どうしてお兄さんを呼んだのでしょうか?」

「ヤジンさんのアイディアが素晴らしいから、ちょっと兄さんにも聞いてほしかったんだ。いいかな?」


 どうやら興奮してしまい、俺の確認も取らず兄貴を呼んでしまったみたいだ。


 慌てているからなのか、口調が兄貴と話しているときと同じになっている。こちらの方が『素』なのかもしれない。


 アカン、こんなん惚れてまうやろー! そんな魂の叫びを頭の中で叫びつつ、笑顔を心がけて返事をする。


「ええ、こちらからお願いしたいくらいです。ぜひ、知恵をお貸しください。ええっと……」


 エマさんの兄貴の名前が分からず困っていると、エマさんが紹介してくれた。


「兄さん、冒険者のヤジンさん。冒険者ギルドの紹介状を持ってきた、優秀な冒険者なんだ。ヤジンさん、この人がアタシの兄のベン。頼りない見かけだけど、これでも町一番の鍛冶師なんだ」


「エマ、頼りない見かけはないだろ」そんなことをいいながらエマさんといちゃこらするベン。ぐぬぬ、客をほっぽっていちゃこらすんな! 俺はなんとか笑顔を取り繕い、ベンさんに右手を差し出す。


「ヤジン、5級冒険者です。よろしくお願いします」

「ベン、鍛冶師だよ。よろしくね」


 握手の握力が思ったより強い。天然なのかわざとなのか? どちらにせよ、鍛冶師のイメージ通り力強い握力だった。


 手もエマさん以上にゴツゴツしていて、職人の手といった感じだ。


 職人は、手を見れば分かるなんて言葉を聞いたことがある。ベンの手は、信頼できる職人の手だと俺は感じた。


 町一番の鍛冶師。その看板に偽りはないのかもしれない。




 俺のアイディアが良かったから、兄貴にも聞いて欲しかったってことね。俺はホッと息を吐く。


 セクハラで断罪されれば、最悪町を捨てる必要があった。影響力の強いであろう女性に、不埒な妄想をするのは止めよう。俺はそう心に誓った。



 その後、三人で話し合う。


 話し合いといっても、俺が一方的にアイディアを言って、エマさんとベンさんが実現可能か話し合う。そんな感じだ。


 町でトップの職人らしく、二人は新しいアイディアや知識に貪欲で、俺が思いつきで適当に話したことも詳しい説明を求めてくる。


 俺はその熱量に押されながら、なんとか答えを返していく。


 まずはスニーキングスーツ風防具について。エマさんの想定では、ガ◯ツスーツのようなシンプルなスーツを想定していた。


 しかし、俺がそれに異を唱えた。


 正直、森での隠密度をMAXにしようと思ったら、裸に泥が一番隠密性が高い。


 集団戦闘を避け、不意打ちを行い一撃で仕留めるスタイル。それを追求するなら防具などいらない。


 俺が防具を求めるのは、深森狼フォレスト・ウルフのように集団で襲ってくる相手に対する防御のためだ。


 斥候職という役割と森を歩くという性質上、ある程度の隠密性を防具に求めることになる。


 ただ、俺はそれ以上に防御力を求めているのだ。


 それに、外見がシンプル過ぎて弱そうに見える。見る人が見れば高級素材だと分かるが、チンピラに毛が生えたような冒険者も多い。


 地味な見た目では、見る目のない馬鹿が絡んでくる可能性がある。


 俺は5級になり高級装備を手にすることで、方向転換をすることに決めた。もう、コソコソ暮らすのは御免だ。舐められるわけにはいかない。実力を隠すより、アピールする方向で行く。


 最初はトラブルも多いだろう。だが、数組の冒険者を血祭りに上げれば絡んでくるアホも減るはずだ。


 モンスターだけではなく、人間の冒険者と揉める対策として、体前面の防御力を高める必要を感じた。後は外見のイカツイ感じもだ。


 隠密性と相反する条件だが、その両方を満たしている装備を俺は知っている。もちろん、ゲームでの知識だが。


 メタ◯ギアのスニーキングスーツは色々種類があるが、その中でバキバキボデイっぽいデザインのやつがある。


 盛り上がった大胸筋と、バキバキに割れた腹筋のような立体加工がスーツにしてあるのだ。スーツの前面に強化装甲をくっつけるイメージだろうか。


 このアイディアを話したとき、二人はインスピレーションを刺激されたようで、色々と話し合っていた。


 立体的に服を加工する裁縫技術を、二人で色々と模索している。


 しかし、糸での裁縫だと糸の強度が尋常じゃないほど必要で現実的ではない。裁縫技術を使わず革を立体的に加工する。

 

 そのアイディアを実行するのは難しい。


 立体加工のアイディアが不採用になりそうだったので、俺はなんとなくアイディアを言った。


 それなら、立体的な型に最初から素材をプレスして、元のスーツに追加装甲としてくっつけてしまえばいい。


 二人がしばらく黙った後、ベンが錬金素材を使えばできるかもしれない。ポツリとそう言った。


 錬金素材ですと! 急にファンタジーな感じになってきよった。俺がテンションを上げていると、ベンは考えがまとまったらしく、エマさんと色々と話していた。


 その後、靴についても話し合った。靴は滑り止めに鋲を打ち込む予定だったが、それだと足音が出てしまう。


 海牛セレニアの内側の素材は吸着力があるので、それを上手く靴底に利用できないか? そういったアイディアもでた。靴底に内側を下にして靴底に縫い付ければ地面に吸い付き、滑り止めになるのではないかと考えたのだ。


 これは試してみると失敗で、摩擦力が足りず足が滑る感じだった。さらに色々な状況を想定し、油の上にのると、裸足より滑り大変なことになった。


 新しい遊びとして利用できるかもしれないが、希少素材なので一般的なアトラクションにするのは厳しそうだ。


 そういった失敗を繰り返しながら、徐々に装備を形にして行く。


 結局、靴底に砂蜥蜴サンド・リザードと呼ばれるモンスターの革を錬金素材で貼り付けることになった。


 海牛セレニアほどの強度はないが、ある程度水を弾き、摩擦力がある。


 加工次第である程度、摩擦力をコントロールできるため、あらゆる道具の素材として利用されているようだ。


 海牛セレニアの革ほど希少素材ではないが、剣の柄に巻く革として人気で常に品薄状態のため、それなりにいいお値段がする。


 この砂蜥蜴サンド・リザードの革を靴底と手袋に採用することになった。


 海牛セレニアの革は表面がすべすべしていて、手袋にするとナイフが掴みにくい。手袋には向かない素材だと言われた。


 このカチカチの表皮でぶん殴ったら威力抜群だろうになぁ。少し残念に思ったが、砂蜥蜴サンド・リザードの摩擦力をコントロールできるという素材はかなり優秀だと思う。


 俺はエマさんに、なるべく素手や素足に近い感覚で使えるようにお願いした。無茶な注文だとは思ったが、相手は町一番の職人だ。できるだけ要望を伝えておくことにした。


 さすがに、完璧に素足や素手に近い感覚は無理だと言われたので、俺も了承しておく。


 ファンタジー素材といえども、素手と同じ使用感というのは難しかったようだ。


 エマさんは、何度も俺の感覚を確認してくれた。


 砂蜥蜴砂蜥蜴サンド・リザードの革は、一度加工してしまうと摩擦力はコントロール出来ない。やり直しはきかないので、ここの確認は綿密に行った。


 俺たちは夢中で話し合い、気が付くとすっかり夜遅くになっていた。工房地区の出入り口はすでに閉められていて俺は帰れない。


 エマさんとベンは俺に夕食を御馳走してくれ、俺を泊めてくれた。エマさん特製のスープはとても美味しくて、危うく惚れてしまうところだった。


 兄貴といい空気さえ出さなきゃ、最高の女性なのになぁ。彼女と結婚したら、毎日のように兄貴とイチャイチャするのを見せられそう。


 流石にそれはないね。エマさんほどの女性が俺を選ぶはずがないという当然の事実に目を背け、まるで自分が振ったかのように脳内処理する。


 これがモテない男のメンタルコントロールだ! キリッ。そんな虚しいことを考えながら、今日も一人枕を濡らすのだった。


 パピーを連れてくれば良かった。一人寝は寂しい……グスン。

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